第3節「ねんがんのアイメットをてにいれたぞ!/その3」
後頭部の上面で結ばれたサンディブロンドの髪。
顔はやや面長で日本人と言うより西洋人のような特徴があり、真ん中より少し上の部分には大きな瞳がアクアマリンの宝玉となって輝いている。さらに差し込む残光の演出もあってか、女子生徒の美麗さは恋愛映画のヒロインのように際立って見えた。
そんな窓際にいた女子生徒はクラスで一番の金持ちと称されるあの山吹颯夏だった。友紘は下校時刻からずいぶん過ぎているのにもかかわらず、たった1人居残っている颯夏に違和感を覚えた。
しかし、そんなことよりも気になったのは颯夏がなにかを手にしていたことだ。
じっと手元を見つめ、「いったいこれはなんだろう?」といった表情で不思議そうに眺めている。室内の明暗差がくっきり分かたれているためか、この位置からではなにを手にしているのかはわからない。
友紘は颯夏が持っているモノの正体を確かめようとその目を凝らした。
ゆっくりと室内の明るさに目が順応し始める。やがて、ハッキリと見えた物体は既視感があり、同時に友紘が驚かせるには十分すぎる代物となった。
友紘が見たモノ――それはなくしたはずのログイントークンだったのである。
すぐさま女子生徒に駆け寄っていく。
そして、颯夏が向かっている机の右側に立ち、
「山吹さん!!」
と大声でその名を叫び、天板を叩いてみせた。
すると、ビックリした颯夏から「ひゃっ、ひゃい!?」という気の抜けた返事がなされた。しかも、自分が「なにかしたのかも」と誤解しているらしく、顔を強張らせてイスから腰を浮かせた状態で身体を斜めに反らしている。
明らかに警戒してる――そう感じた友紘は一言「ゴメン」と平謝り、改めて颯夏に質問した。
「それ、どこで拾ったの?」
「……あ、あの……移動教室の際にそこの出入口に落ちてましたの……それでどなたのモノかわからなくて……」
「ってことは間違いない。視聴覚室に移動するときに落ちたんだ」
やはり、颯夏が手にしているモノはなくしたはずのログイントークンだ。友紘はその確信を得て、とてつもなくラッキーな出来事に遭遇したと喜んだ。
「やったぁーっ!! これで帰ってエタファンができる!!」
おもわずその場で両手を挙げて万歳――
その姿はまるで超能力を獲得した主人公が初めて空間移動に成功したときのような喜びようである。それだけに友紘はワケがわからず不思議そうに見る颯夏から喜ぶ理由を尋ねられた。
「え~っと……。この板ガムみたいなのは槻谷君の大事な持ち物ですの?」
「うん、そうなんだ。実は移動時間になくしちゃってさ、今日1日ずっと探してたんだ」
「まあそうでしたの。わたくしが誰にも相談せずに持っていたばかりに申し訳ないことをしましたわ」
「いや、無くした俺が悪いんだからいいよ――とりあえず、返してもらってもいいかな?」
「ええ。では、どうぞ」
「ありがとう」
と御礼を言ってログイントークンを受け取る。
それから、友紘はログイントークンをズボンのポケットにしまい込むと自分の席に行って机の脇に掛けておいた鞄を手にした。
「じゃあ捜し物も見つかったし、お先に失礼するね」
見つかったことに安堵し、颯夏に挨拶をして帰宅の途に就くことにする――が、教室を出ようとしたところで、突然後ろから「待って」と呼び止められた。
何事かと思い、後ろを振り返る。
すると、颯夏がまごまごした様子で友紘を見ていた。
「なに?」
「あ、いえ……」
「用がないなら早く帰りたいんだけど――いいかな?」
「いえ、決して用事が無いわけではないのですが」
「ん? なに?」
「あ、あの槻谷君は……昔わたくしと会ったことありませんか?」
「へ?」
突拍子もない発言だった。
昔わたくしと会ったことありませんか……? それはまるでメロドラマにあるような展開だ。
友紘は自らの耳を疑いつつも颯夏に返事をした。
「い、いやないけど……」
「あ……ですよわね」
「なにか重要なこと?」
「いえ、どうやらわたくしの勘違いみたいですわ……ゴメンナサイ」
「あ、うん。解決できたならいいんだ」
と微妙な雰囲気が流れる。
(なんでそんなこと聞くんだ?)
さすがの友紘も困惑したのだろう。
気のまずさから一刻も早く脱するべきだと思った。そして、もう一度颯夏に挨拶をかわすと再び教室を出ようとした。
ところがまたまた呼び止められてしまう。
友紘は溜息をつき、苦笑いをしながら颯夏に問いかけた。
「あのさ……本当に帰りたいんだけど」
「ゴ、ゴメンナサイ。どうしてもあと1つだけ質問があって」
「今度はなに?」
「槻谷君が探していたその板ガムみたいなのは結局どういった代物でしたの?」
「ログイントークンのこと?」
とポケットからログイントークンを取り出し、手に持って顔の前あたりで掲げて見せる。
すると、颯夏が同意するように反応を示した。
「ええ、それですわ。その……ログイントークンというのはなにに使うモノなんですの?」
「ゲームだよ。具体的には『エターナルファンタズムⅡ』っていうVRMMOというジャンルのゲームなんだけど」
「ぶ、ぶいあーるえむえむおー? それはいったいなんですの?」
「簡単に言うとコンピュータを介してインターネット上に集まった大勢の人と冒険したり、会話したり……とにかくいろんなことをして楽しむゲームなんだよ」
「なるほど……。それは楽しそうですわね」
「山吹さんもゲームとかやったりするの――って、ゴメンね。普段話したことないのに」
「いえ、お引き留めしたわたくしが悪いですわ。どうぞお気になさらず」
「あ、うん……えっと、それでゲームはやったりするのかな?」
「わたくしは槻谷君がおっしゃってるゲームというモノがどういうモノか存じ上げませんのでよくわかりませんわ」
「だよね……」
「でも、なんとなく興味はありますの」
「えっ、興味あるの?」
「はい」
「そうなんだ……」
意外だった。
まさか颯夏が庶民の遊びに興味を持つとは。
友紘はもっとお茶会とかピアノとか上流階級がいかにもしてそうなことにしか興味が無いのだと思っていた。それだけに颯夏が興味を持ったことにずいぶんと驚かされたのである。
恐る恐る興味を持った部分について聞いてみる。
「あのさ、具体的にどの辺に興味を持ったのかな?」
「え? あ、そうですわね。みんなと一緒に色々楽しむってところかしら?」
「は、はあ……」
それならば他の遊びだっていいだろう――おもわず友紘はそう考えてしまった。
けれども、案外庶民の遊びをしてみたいのかもしれない。考えを改め、友紘は少し颯夏のことを試してみることにした。
「山吹さん、もしバーチャルな世界で現実と同じような風景が見れたらどう思う?」
「バーチャルな世界というと……仮想空間のことでいいのかしら?」
「うん、それであってるよ」
「そうですわね。わたくしなら、ヨーロッパの田舎町の景色を見てみたり、あまり人が踏みいらない古い遺跡巡りなどをしてみたいですわ」
「なるほど。じゃあそれに近いことをVRMMOというジャンルのゲームは体感できると言ったら?」
「え? できますの?」
「あくまでもしもの話だけど、それに近い体験ができるよ」
「まあっ、それはとても素晴らしいですわね」
「もちろん、ゲームだからそれだけじゃなくて冒険したりすることがメインなんだけど――それでもプレイしたい?」
と相手を逡巡させるようなことを言う。
別に嫌がらせをするつもりはなかった。
それでもきっとお嬢様の気まぐれなのだから、興味を持ったと言ってもすぐに冷めてしまう。そう思ったからこそ、友紘はあえて迷わせるようなことを言ってみたのである。
だが、思惑通りにはいかなかった。
「ええ、やってみたいですわ!」
ためらいのない答えが返ってくる。
驚いた友紘はすぐさま颯夏に聞き返した。
「……え? 本当にプレイしてみたいの?」
「もちろんですわ。槻谷君が丸1日探してでもやってみたかったゲームなのでしょ」
「そりゃまあそうだけど……」
「でしたら、面白くないはずがありませんわ」
「だけど、その言い方だとただの興味本位にしか聞こえないんだけど」
「確かに興味本位ではありますわ。でも、物事はそこから面白いか面白くないかを判別するモノではなくて?」
「まあそうだね」
「だからこそ、なにもしないうちから面白い面白くないを判断していては仕方が無いと思いますの」
「うん、まあ……」
「それでもわたくしはそのゲームには参加する資格がないとおっしゃりますか?」
「いや、そこまで言われて、さすがに『違う』なんて言うつもりはないけど……」
「言わないけど?」
「ぶっちゃけ。山吹さんって、もっとお高くとまったお嬢様なんだと思ってたから」
友紘がそう言うと、示し合わせたかのように颯夏が怒り出す。
その表情は気に入らないことがあった子供みたいでちょっと笑いたくなった。
「まあっ! わたくしそんなにお高くとまってるつもりはありませんわ!」
「い、いやあんまり話す機会無かったし。それに俺の周りって小市民ばっかりで金持ちなんかいないからさ」
「そうですの?」
「そうだよ。ウチなんかボロ臭い団地住まいだし、同じクラスの竹中ってヤツの家なんか小っちゃなクリーニングやだぜ? 他のヤツに至っても金持ちらしい金持ちなんかいなかったから、ある意味山吹さんって漫画やアニメに出てくる大豪邸に住むセレブっていう種類の人間だと思ってたんだもん」
「わたくしの家はそんなにお金持ちじゃありませんわ」
「山吹さんがそう思っても世間じゃそうは思わないよ。現に学校は送り向かいしてもらってるんでしょ?」
「あれは子供の頃からそうするのが当たり前だったからで――」
「じゃあ仮に送り向かいされてなかったら、いったいどうしたの……?」
「もちろんご学友の皆さんと一緒に登校してみたかったですわ――でも、現実には父から『身の安全が第一だから』と教えられておりましたので」
「山吹さんも色々大変なんだね」
「ええ。ですから、槻谷君が思っているような生活は送っておりませんの――ご期待に添えず申し訳ありませんわ」
「あっ、いや……。俺が勝手に想像してただけで、なんかゴメン」
どうやら、勘ぐったのは間違いだったようだ。
勝手なイメージとは違い、颯夏は口調の割に庶民的なのかもしれない。そう考えると、庶民の遊びなどに興味を持つこともちゃんと意味があってやっているのだと友紘は思った。
女神のような微笑みで颯夏が語りかけてくる。
「フフッ、お気になさらず。お互いのことをよく知らなければ、どうしてもそういう風に思ってしまうモノですわ」
「んあぁ~なんかやっぱり山吹ってお嬢様だよな?」
「そうですか? 先ほどは勝手な想像をしたと謝っておられたのに」
「いや、そこは俺が間違ってたよ。でも、そういう大人みたいな考えができるってのは、ある意味上等教育のなせる技だなぁ~と思ったんだよ」
「そうでもないと思いますけど……。そんなことより、槻谷君のプレイしてらっしゃるゲームについて教えてくださいませんか?」
「ああ、そうだった……」
そう言って、すぐにゲームについて説明しようとする。ところが颯夏が鞄からメモを取り出そうとしていたため、友紘は少しだけ待つことにした。
わずかして、颯夏の準備が整う。
友紘は咳払いをして、ゲームについての説明を始めることにした。
「じゃあ始めていい……?」
「ええ、お願いしますわ」
「あ、えっと……。まず俺がプレイするエターナルファンタズムⅡはパイナップル社のアイメット……って、わかる?」
「そのあたりはあとで調べますわ。どうぞご遠慮なくご説明くださいまし」
「んじゃあ、続きを……」
「はい」
「そのアイメットを使ってプレイするのがエターナルファンタズムⅡね。他にもいろんなゲームがあるんだけど、おれがいまやりたいのはコレ」
「なるほど。でも、そのアイメット……でしたっけ? それを使ってどのようにプレイするなさるの?」
「ん~まあそのあたりの説明が難しいんだけどね……でも、そのアイメットを介してプレイできるってことだけでも覚えておいてよ」
「わかりましたわ。じゃあそのアイメットとやらを購入すればいいんですのね?」
「――だね。まずはそれを買って、一緒にエターナルファンタズムⅡを買うのが一番かな」
「わかりましたわ。では、さっそく執事の渡辺に購入するよう伝えておかなくては」
と颯夏が目の前でケータイを取り出す。
颯夏がケータイを持っていたことが意外に思ったが、それよりあっさり執事に買わせようとすることの方が驚きだった。
ふとあることを説明していないことに気付く。
友紘はすぐさま「もしもし」と渡辺という名前の執事に連絡を取る颯夏を引き留めた。そして、一度電話を切らせて他にもう1つ細くすることあると説明した。
「あのさ、1つ補足があるんだけど……」
「なんですの?」
「山吹さんはこれを買ったとして、どうやってゲーム内容を覚えるわけ?」
「それは渡部に色々調べさせた上で教わりますわ」
「そうは言ったって、ゲーム中は1人なんだよ?」
「まあそうなんですの?」
「このゲームはアイメットで顔半分を覆われることになるから、会話をすることが難しくなるんだ。だから、いちいち執事さんに聞いたりできなくなるよ?」
「でしたら、渡辺にもプレイさせますわ」
「いやいや、それこそブルジョワプレイだから」
「ブルジョワプレイ?」
「あ、いや……なんでもないよ」
と苦笑してみせる。
やはり、颯夏はお嬢様だ。
先ほどの印象を覆すように一般人が語らないことを常識のように語る――
友紘にはとても普通の暮らしをしている人間には見えなかった。しかし、当の本人はそんななど気することなく、むしろ当たり前のようにゲームについて尋ねてくる。
「では、どうすればよろしいんですの?」
「えっと、そうだな……誰かに教わるのがいいんじゃないかな?」
「誰かにですか?」
「そう。たとえば、クラスでプレイしてそうな仲のいい友達とか」
「――それなら、1人だけ心当たりがありますわ」
「え? クラスでプレイしてるヤツいるの?」
「はい、目の前に」
「……え……俺……?」
突然の指名――
友紘は口をあんぐりと開けて驚いた。
「ちょっと待って。仲のいい友達って、俺は山吹さんと話したことないし」
「槻谷君はこうやって仲良くお話ししてくれる方なのに、わたくしのお友達という解釈はご迷惑でしょうか……?」
「いや、迷惑とかそういうんじゃなくて。どこをどう解釈したらそんな風になるの?」
「もちろん、わたくしがアナタを信頼しているという意味でですわ」
「信頼って……。俺たち今日やっとまともな話をしたばかりだよ?」
「それでもわたくしは槻谷君を信頼してます――それでは駄目ですの?」
「そういうワケじゃないけど……」
「もしかして、なにか不都合なでもおありですか?」
「……いや……ないよ……ないけど……」
困った――むしろ、よくわからない。
(どうして俺に教えて欲しいんだろう?)
友紘はわずかに思い悩んだ。
けれども、颯夏は悪意を持って友紘に教えを請いたいと言っているわけでもない。そのことは向けられているまっすぐな眼差しが物語っている。
一瞬だけ目線をそらし、再度颯夏と顔を合わせると友紘は口を開いた。
「わかった。俺が山吹さんにゲームを教えるよ」
「ホントですのっ!?」
「うん、でも今日からプレイしたいからこの後すぐにでも買ってくれるとうれしいんだけど……」
「え? この後ですか……?」
「無理そう?」
「い、いえ……。時間外取引でなんとかして見せますわ」
「時間外取引……?」
「はい。ですから準備が整ったらご連絡差し上げますわ」
「……よくわからないけど、まあいいや。とにかくアイメットとエターナルファンタズムⅡを購入してね。それから、俺らがプレイするサーバーはサラマンダーサーバなんだけど――言ってる意味わかる?」
「あ~えっと……それも渡辺にやらせますので、必要なことをメモさせていただけませんか?」
「オッケー。じゃあもう一度言うね」
と友紘はいま話した内容を復唱してみせた。
そして、連絡先を颯夏を教えてメモを取らせ、20時にログインすることを伝えて帰宅の途に就いた。ところが帰宅後に颯夏からの連絡は一切なかった。
(――やっぱり、お嬢様の気まぐれだったのかな……?)
2時間ほど待ち続け、友紘はその結論に至った。
やはり、庶民とお嬢様ではなにをして過ごすのにも差異がある――友紘はからかわれたのだと思って諦め、レベル上げに専念することにした。
ところが三日後。
なんとかは忘れた頃にやってくると言わんばかりに颯夏からの連絡が入ったのである。
……空間移動……ヒロ・ナカムラ……うっ……頭が……