第6節「これが俺のファンタジーだ!/その1」
「お久しぶりですわ、みなさん」
そんな声が聞こえてきたのは、友紘がエターナルファンタズムⅡにログインした直後だった。
どうやら、コミュニティバッジを介して、颯夏が全員に挨拶をしているところらしい。
オフ会における突然の離別宣言から約2週間。コミュニティメンバーの誰もがオリエの唐突の引退宣言に戸惑い、「もう来ないのか」と心配している最中のログインだった。
それだけにうれしさもひとしお。
友紘も全員の喜びの声をパスチャット越しに聞き入っていた。
そんなとき、後ろから誰かに肩を掴まれる。
振り返ってみると、祐鶴が笑みを浮かべて立っていた。
「ああ、夕凪さん」
「上手く仲直りできたみたいだな」
「おかげさまでね」
「ならば、地図を書いた甲斐があったというものだ」
「ありがとね。なんか余計な心配掛けさせちゃったみたいで」
「気にするようなことでもあるまい。オリエ君は、私たち風雷房のメンバーでもあり、リアルでの友人でもある――君との喧嘩も友人として気遣ったまでだ」
「うん、まあそうだね」
そう言って、感傷に浸る友紘。
しかし、その胸の内には『颯夏がユアたんだった』という事実をひた隠しにしようという思いがあった。なぜなら、ここでその話をすれば、きっと祐鶴は激怒して颯夏といざこざを起こすに違いない。
そんな心苦しさから言うに言えず、とっさに黙り込んでしまう。
「――どうかしたか?」
けれども、そんな変化に気付かれたのだろう。
突然、祐鶴に声を掛けられた。友紘は祐鶴の顔をわずかに見つめると、作り笑いを浮かべて胸の内にあるモノをしまい込んだ。
「ううん、なんでもないよ。それよりさ、これから一緒に行って欲しい場所があるんだけど……この後、なんか予定ある?」
「いや、今日は特になにかしようというアレはないぞ」
「じゃあ一緒に来てよ」
「なんだ、クエストか?」
「違うよ、『最初に現れたユアたん』のところだよ」
その言葉に祐鶴の眉がピクリと動く。
友紘もその動きを見逃さなかった。いや、そう反応するだろうと思っていたからこそ、逃すことができなかったのである。
「……わかったのか?」
と祐鶴が問いかけてくる。
友紘は無言で頷くと、把握している事柄をゆっくりと語り始めた。
「ある筋からの情報で、誰がなのかはわかった――だから、これからその人物のところへ行く」
「それで私に付いてきて欲しいと……?」
「まあね。でも、ホントは大人数で押しかけてやりたい気分だけど」
友紘も最初はそのつもりでいた。
しかし、大勢で押しかけるということは、多種多様な意見の応酬、罵詈雑言が飛び交い、その場を混乱しかねなかった。
故に本物のユアたんの関係者である祐鶴が適任だと考えたのである。
「それで、君はいったいどうするつもりだ?」
「……どうって?」
「無論、偽物のユアたんに会ってからに決まってるではないか。まさか決闘を申し込む気じゃないだろうな?」
「そんなことしないよ。まずは話し合ってみてからだよ」
「その『まずは』っていうのは、ダメだったら決闘するということか」
「いやぁ~。だって、話を聞いてくれる相手とも限らないじゃない? だから、話し合ってダメならそうしようかなぁ~とは思ってるんだ」
「なんて行き当たりばったりな話だ……」
「アハハハ、ゴメン。それしか思いつかなくてさ」
と、苦笑いながら答える友紘。
それは相手がどう出るか考えも付かなかった故の笑いだった。
「わかった。私も行こう」
そのうち、祐鶴の口から同行するという言葉が出る。友紘は一言、「ありがとう」と礼を言って、行き先を祐鶴に伝えた。
「とりあえず、相手にはポラン聖公国で待ってくれるように言ってあるから」
「そうか。しかし、『ユアたんの件で』とかうかつなことは言ってはいまいな?」
「その辺は心配ないよ。できるだけ本題をごまかせるように別件で呼び出したから」
「では、善は急げだ。待ち合わせ場所まで案内してくれ」
「オッケー。じゃあ行こうか」
そう言うと、友紘は祐鶴を連れてポラン聖公国へと向かった。
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ポランの首都にたどり着くなり、友紘は待ち合わせ場所へと向かった。ブランデュール王国の首都ローレンツェア同様にゲーム内における重要な都市であるポランは活況に満ちあふれている。
その一角にある大聖堂はゲーム内における結婚式場として利用される場所だった。
しかし、それ以外の利用というのは特になく、ルーチンワークを与えられた司祭と思われるNPCがポツンと立っているだけだった。
そんな場所に相手を呼び寄せた。
友紘は婚式イベントがないことを確かめ、ここで打ち明かそうと思ったのである。
けれども、やってきたのはユアたんを名乗った人物だけではなかった。なぜかそこには、ロイ、ミカリン、ソニア、祐鶴とこの前のイベントの面々が含まれている。
先刻、祐鶴に告げたように別件で本題を誤魔化すためである。
本人に「犯人はオマエだ」と伝えても良かったが、それでは逃亡されるのがオチ。直接決着を付けたかった友紘は、そうしたことを鑑みて、「先日のイベントの反省会」と称して呼び寄せたのだった。
「わざわざ呼び出したと思えば、またアタシに小言でも言う気?」
などと、最初に口を開いたのはミカリンだった。
もちろん、ミカリンとはあれ以来、顔も口も利いていない。それどころか、友紘も会った途端に喧嘩になるだろうと思っていた。
だが、今日はそんなことで目くじらを立ている場合ではない。
「俺だって、オマエみたいなクソ野郎になんか会いたくねえよ」
「なによ? またやるって言うの?」
「……んなんじゃねえよ。今日は大事な話があって読んだんだ」
「大事な話……? なによ、それ?」
「いいから黙って聞いてやがれ」
「なによ、その言い方。アンタ、私に喧嘩売ってんの?」
「本来ならそうしたい気分だよ。だけど、今日はなにがなんでも話さなきゃいけないことがあるんだ」
一色触発の様相を見せる友紘とミカリン。
そんな様子を見かねてか、唐突に「よさないか」という声が上がる。振り返ってみると、祐鶴が眉間にしわを寄せて見ていた。
「クルト君、そんなことをするためにここへ集めたわけではなかろう」
「わかってるよ。でも、コイツが――」
「頼むから、少しは堪えてくれ。いま必要なのは、話し合うってことではないのか」
「う、うん……そうだね」
すっかり冷静さを失っていた友紘だったが、祐鶴の言葉にようやく落ち着きを取り戻した。それから、軽く深呼吸をして、集まった面々に語りかけた。
「みんな、わざわざ集まってもらってゴメン。今日は、どうしてもみんなに話さなきゃならないことがあるんだ」
友紘の話に横並びになった一同が騒ぎ立てる。
いったいなんの話か――それは誰もが思ったことだろう。
それだけに友紘は誤魔化すことなく、話を切り出した。
「――みんなは、先日現れたユアたんのことをどう思いました?」
「ユアたん? イベントの話をするはずだったんじゃないんですか、クルトさん」
「ロイさん、ゴメンナサイ。それは口実で、ホントはこの話をしたくて集まってもらったんです」
「ユアたんの話を? どうしてまた?」
「単刀直入に言います――実は、俺たちの周りにユアたんを称したプレイヤーがいるんです」
と言った途端、どよめきが走った。
それだけ驚くべきことだったのだろう。
集まった面々は、互いに顔を見合わせ、「本当にそうなのか?」と勘繰っている。ただし、一緒に来た祐鶴だけは、ある程度のことを予想していたのか、落ち着いた様子で聞き入ってる様子を見せていた。
「そんなこと言うけど、もし仮にユアたんがいたとして、アンタ証拠はあるの?」
「そうですよ! いくらなんでも、いちユーザーがPKプレイヤーの偽装を特定するなんて、無理がありすぎです」
責め立てるようにソノエとロイが詰問してくる。
確かに2人の言うことは、最もだろう――だが、颯夏の執事である渡辺から確たる情報を得ている。そのことを説明しようと、友紘はゆっくりと語り出した。
「そもそもなぜユアたんなんて、1st時代の違反ユーザーと同名のアバターが現れたのか? 俺の見立てでは、おそらく犯人は1stのときのユアたんとはまったく別人」
「どうして、言い切れるのよ?」
「名前は出せないけど、ある筋から1stのときに現れたユアたんを名乗っていたプレイヤーがもうゲームをやっていないことを教えてもらったからだよ」
「それにしても、おかしいじゃない。仮にそうだとして、ソイツはどうして新規も多いエタファンⅡのオープンベータ版に『ユアたんになりすました』のよ?」
「……そりゃあ楽しいからじゃないか?」
「はぁ~っ!? 楽しいから……?」
「そもそも、ユアたんっていうプレイヤーは前時代の遺物のようなモノ。それを掘り出してきて、覚えている人間とそうでない人間の記憶に刻み込むってのは、もう何年も発症していなかった風邪のような病気が突然変異で進化して、世界的に大流行させるようなモノなんじゃないのか」
「……で? それがなんだっていうの」
「つまり、昔の人にとっても、いまの人にとっても、どちらにしても怖い病気として記憶に刻まれるってことを意識して、『ユアたん』なんて悪質なユーザーのプレイヤーネームを拝借したと考えられるね」
「バカバカしい。そんなんで、トラウマみたいなもん刻まれてたら、いちいちゲームなんてやってられないわよ」
「そりゃそうだな……。だけど、オマエみたいな図太い正確の持ち主ばっかりじゃない。俺みたいに気にしまくって、一矢報いたいと思ってるヤツやできるだけ出会いたくないなんて思いながら、このゲームをプレイしてるヤツだっているんだ」
「じゃあどうするって言うのよ?」
「もちろん、片を付けるさ。だから、ソニア――テメエに一言言わなくちゃならねえんだ!」
友紘の口から衝撃の言葉が飛び出る。
まるで推理小説に出てきそうなセリフだったが、ソニア1人だけは驚かずに不敵な笑みを浮かべ続けていた。そんな表情を見てのことだろう。
目の前でミカリンが「ホントなの?」という言葉を投げかけていた。
しかし、ソニアの返答はなかった。答えられなかったのか、あえて答えなかったのかはわからなかったが、いずれにしてもソニアの仕業であることは間違いない。
友紘はその確信にソニアの顔を覗き込んだ。
「……それだけでお疑いなんですか、クルト君は」
「レイドダンジョンでミカリンが暴走したとき、オマエ笑ってたよな?」
「ええ、それがなにか……?」
「あの笑いは、ミカリンを煽って暴走させた状況を楽しむのモノだ。だから、オマエは俺とミカリンが対立していたとき、止めに入るフリをしながら楽しんでたんじゃないのか」
「必死に止めてたじゃないですか。なのに、笑い1つで人を犯人扱いだなんてヒドすぎです!」
「いい加減諦めろよ。どっちみち、オマエのアカBANは確定なんだ」
「ですから、それは濡れ衣です。それにレイドイベントのとき、『ボクを見て』のメッセージが誰が流したんですかっ!? アレは、1stのときにも流れたメッセージですよ? しかも、私もメッセージが不正アクセスによって流れた際に一緒にいた……」
「どうして、運営が『予期せぬメッセージが流れた』としか通達していないモノを不正アクセスだってわかったんだ?」
刹那、ソニアの表情が強張る。
友紘のおもわぬ指摘にハッとなったのだろう。自分の言葉の危うさに気付き、口を閉ざさざるえなかったらしかった。
さらに友紘が追及する。
「それにメッセージの件は、1stをプレイしてた人間ぐらいしか知らないはずだ」
「調べれば、そんなのわかるでしょ! だいたい私だっていう証拠はどこにあるんですかっ!?」
「ああ、1つ言い忘れたことがある」
「な、な、なんですか……」
「このゲームがまだオープンベータ版で、配られたログイントークンの数に限りがあるうえにシリアルナンバーが付いてるってことだ」
「あっ……」
「IPアドレスを巧妙に偽装すれば、なんとかなると思って気付かなかっただろ? 俺はリアルで1回なくしちまったから、ソイツの重要性を認識してたけどさ」
友紘がそう告げると、ソニアが突如として笑い出した。
高らかで不気味な笑い――
その笑いは、明らかに悪人のような笑い方だった。それだけに友紘を含めたその場にいた全員が青ざめたような顔をして、ソニアを見ていた。
「そうよ! 私がユアたんよ」
「やっと本性を現したか……」
「ふんっ、まったくアンタみたいなしつこい男がいなければ、正規版でも暴れてやれたんだけどなぁ~」
「ソイツが困るから、こうして追及してんだろがっ! テメエには、少しぐらい反省するという気はねえのかよ」
「ないね……。というか、ネカマプレイでこうして遊んでるワケだし、そういうのわかるでしょ? バーチャルの女なのに鼻の下伸ばしてプレイしてるバカとかさ」
「そういう他人を馬鹿にして、ゲームをプレイしてるヤツが俺は一番腹が立つぜ」
「プークスクスッ、悔しいのう! 悔しいのう!」
「このゲス野郎が……」
「……だったら、どうするつもりなの?」
「もちろん、決まってる――俺たちと勝負しろ!」
と、発破を掛けるように言う。
けれども、当然のことながらソニアからは笑い声が上がる。それは、いわばチートプレイヤーに対して、一般プレイヤーが無謀にも挑もうと思っているからだ。
そのことを承知で友紘は宣言したつもりだったが、ソニアには笑い事のように思えたのだろう。
しかし、友紘に勝算がないワケではなかった。
「もちろん、チートプレイヤーに勝てるとは思ってねえよ――だから、あえてハンデをくれ」
「はぁ~? ハンデですって?」
「そうだ。ダメージ係数をイジったりだとか、不正蘇生回復ツールを使わないだとか、そういう類いのモノだ」
「それで勝ててなにがうれしいのよ……って、まあそれでも一般プレイヤーが挑もうってのが、そもそも間違いなんだけど」
「ああ、間違ってるだろうさ。だけど、俺にも意地がある」
「意地っていうより、アンタのは意地汚いだけじゃないの? それでも勝てると思ってるワケ?」
「思ってもねえよ。だが、やってみなきゃわかんねえことだってあんだろ」
「はいはい、屁理屈おつ……んじゃあ、アンタのいう絶対防御と蘇生と回復の類いは使わないであげる。でも、通常の回復とかは別ってことでいいわよね?」
「ああ、それで構わねえよ」
これで段取りは決まった。
すぐさま場所と日時について、ソニアに確認を取ろうとする。
「ちょっとどういうことよっ!?」
ところが、荒々しい声と共にミカリンが割って入ってくる。しかも、次の瞬間には胸ぐらを掴んで凄んでおり、この前までの仲の良さがウソのように見えた。
「アンタ、私を騙してたのね!」
「ミカリンさん、正直騙される方が悪いと思いますけど?」
「なっ、なんですって!!」
「それと掲示板にいろいろ書き込んだ件、アレって全部私がやったんで……」
「最低だわ、このクズ野郎っ!」
そう言って、目の前でミカリンがソニアを殴り飛ばそうとする。
当然、2人の様子を友紘が放っておくワケがなかった。ロイや祐鶴と共に止めに入り、2人を一定の距離まで遠ざけた。
このままではラチが開かなくなる――
友紘はことが荒れる前に時間と場所を問い質すことにした。
「――で、時間と日時は?」
「アンタが決めていいわ。どうせ地形マップの不具合を利用して勝利したなんて言い出すに決まってるし」
「話が早くて助かる。じゃあ後で場所と日時を伝えるメールを送っておく」
「ええ、待ってるわ。せいぜい足掻くだけの作戦でも練っておく事ね」
「それは、こっちのセリフだ――テメエに吠え面書かせてやるからな?」
友紘がそう言うと、ソニアはロイの手を振り解いて去って行った。
「クルト君、いったいどうする気だ?」
直後に祐鶴が語りかけてくる。
それに対して、友紘は「ん? なにが?」と呑気な表情で答えた。
「あのな、私は真剣な話をしているんだ」
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと作戦は考えてあるって」
「その返事は、いまいち信用におけないぞ……」
「だったら、1つ頼まれてくれないかな?」
友紘はそう言うと、顔を祐鶴の耳元に近づけた。
なにやら、あまり人には聞かせられない話らしい。耳元でゴニョゴニョとつぶやき、祐鶴に自分の中にある考えを述べた。
とっさに祐鶴の驚きの声が上がる。
「き、き、君はバカなのか……?」
「いやぁ~夕凪さんだったら、なんとかできるでしょ?」
「し、しかし、そんなに集められるとは思えないが」
「だから、頼んでるんじゃないか」
友紘の考えは、途方もないモノらしい。
祐鶴の驚き方も尋常ではなく、本当に「非常識だ」と思っているように見受けられた。それを見てか、途端にロイとミカリンが呼び掛けてきた。
「クルトさん、いったいどんな作戦でアイツを倒すって言うんです?」
「そうよ。私たちにも教えなさいよ!」
「2人とも手伝ってくれるの?」
「私だって、アンタと組むなんてのはまっぴらゴメンよ――でも、アイツにあれだけコケにされた後じゃ虫の胃泥頃が収まらないんですもの」
「ボクも有志としてお手伝いします。やっぱり、ああいうプレイヤーを頬って置くワケにはいきませんし」
「ありがとう、2人とも……じゃあ作戦を言うから、ちょっと耳を貸してくれる?」
その指示に聞き耳を立てようと、2人が身体を寄せてくる。友紘はそれに合わせて、2人の耳元で作戦内容を小さな声で囁いた。
とっさに驚愕の声が叫ばれる。
2人とも祐鶴同様にありえないという表情を浮かべており、その非常識な作戦を「呆れて物も言えない」と言った様子で考えているようだった。




