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GLOBAL SHOUT!  作者: 丸尾累児
Chapter4「お嬢様、冒険はまだまだこれからでございます」/「お嬢様のMMO戦記」(前編終章)
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第5節「明かされた真実とその思い/その3」


 その言葉を口にした途端、颯夏が眉がピクリと動いた。


 もちろん、友紘がそうした反応を逃すはずがない。確信した気持ちを心底に沈めながら、颯夏自身が真相を話してくれるのを待ち続けた。



「……わたくしがユアたんだなんて、なにかの冗談ですの?」



 ところが颯夏は言わなかった。

 それどころか、とぼけたような顔つきで友紘を見ている。

 あくまでもシラを切り続けるつもりなのだろう。友紘はそうした言動に不快感を覚えながらも、自らが知り得る証拠を突きつけた。



「違わないとは言わせないぜ――なにせ俺と差しで戦ったときにヤツは、俺の名前を覚えてやがったんだからな」


「偶然ではないのですか? 槻谷君がユアたんに立ち向かっていって、それでたまたま覚えていたとか?」


「……ああ、それだけならオマエだなんて言い出さなかったさ。でも、『2度目』に現れたユアたんは、なぜか俺ことを『さん付け』で呼んでやがったんだぜ?」


「そ、そんなの……初対面であれば、誰でも『さん付け』で呼びますわ!」


「オマエも遭遇したユアたんが『さん付け』ねぇ……?」


「――槻谷君。これ以上、わたくしのことを悪く言うおつもりなら……」


「最初にオマエが作ったキャラクターのレベルはいくつだった?」


「えっ!? そ、それは、その……」


「レベル99だったよな。まさか俺も開発・運営会社がオーナーの娘のためにチートキャラを作るなんて思わなかった。だから、ついオマエがユアたんだったなんてことも考えも付かなかったよ」



 友紘の指摘に颯夏が口籠もる。

 しかし、すぐに反論せねばと思ったのか、慌てた様子で言葉を返してきた。



「で、ですが、最初にユアたんに倒された現場にはわたくしもおりましたわ!」


「そのことなら心配いらねえよ――なにせ、『1人目のユアたん』はオマエじゃないしな」



 と友紘が告げる。

 その途端にまた颯夏が黙り込んだ。今度は慌てた様子はなく、むしろ気まずそうな顔つきで友紘の顔を見ている。さすがの友紘もそうした表情の変化を見逃さなかった。



「颯夏さ、思いっきり顔に出てるぞ」



 すかさず指摘して、口を割るのを煽る。

 ところが颯夏の口から出たのは、「ひゃんっ!」というヘンテコな驚き方だった。それがあまりにも面白かったため、友紘はつい吹き出してしまった。


「……ひゃ、ひゃんって……」



 当然、颯夏は顔を真っ赤にしながら恥ずかしがっている。

 しかし、すぐに咳を払って深呼吸をすると、真剣な眼差しで颯夏に問いかけた。



「もういいだろ? オマエが『2人目』のユアたんだってバレてるんだ」


「し、知りませんわ……」


「あのなぁ~」



 それでも、本人はシラを切り通すつもりらしい。

 オドオドしくしながらも、強気な態度を見せる颯夏の姿がそこにはあった。そんな中、背後から「申し訳ございません」という年老いた声が聞こえてくる。

 振り返ると、あの老齢の男性が深々と頭を下げていた。



「――申し訳ございません。アレはわたくしが準備したモノにございます」



 その言葉を聞き、友紘の口から「やっぱり……」という言葉が漏れる。


 ある程度予想をしていたのだろう。

 ここに来る前、友紘が老齢の男性に問いかけていたのはそういう意味だった。それだけに向けられる眼差しは、ウソ偽りなく話そうとしているように思える。



「渡辺っ!? アレはわたくしが指示したから、アナタはそうしただけで……」



 ところがそんな男性の言動を制するような言葉が背後から飛んでくる。



 発現したのは言うまでもない――颯夏だ。



 自分がかばわれたとを知ってか、無用な気遣いだと思ったのだろう。そのことは2人の間に挟まれた友紘でも、容易に理解することができた。

 だが、視線の先の男性は首を横に振って答えていた。



「颯夏お嬢様、もはや隠す必要などございませぬ」


「だ、だって、この問題は本来わたくしが取るべき責任ですわ!」


「いいえ、颯夏お嬢様。この件はわたくしが勝手に発案したモノにございます――お嬢様に責任など、いっさいございません」


「……渡辺……」



 どうやら、2人の間でくだん問題を話しているらしい。

 当然、内幕がわからない以上、友紘が介入する余地などない。ともあれ、老齢の男性は秘密にしていた開かずの間の扉を開けるが如く、真相を明かそうとしているのは事実。

 友紘はそうした気持ちを感じ取り、老齢の男性が説明に耳を傾けた。



「確かに槻谷様が『2度目』遭遇なされたユアたんは、わたくしがお嬢様のために用意したモノでございます」


「やっぱり、そうですよね」


「……ですが、1つだけ言い訳をさせてください。あのユアたんは、アナタ様の為を思ってのことなのです」


「俺のため? いったいどういうことですか?」


「颯夏お嬢様はたった一言、アナタに御礼申し上げたかったのです」


「御礼って……。俺、なんかしましたっけ?」


「――はい。お嬢様はあのときのアナタの言葉に心を救われたと、ずっと仰っていました。以来、お嬢様の意向もあり、わたくしは当時ネオンモールにいた方々から仮面を被った男の子の情報を集めていたのです」


「ちょっと待ってください! そんなの普通なら仮面を被っていて、どこの誰だとかわからないじゃないですか」


「その通りでございます。しかし、わたくしは幾度となく調べていくウチにあの仮面の男の子によく似た少年が隣町に住んでいることを知ったのです」


「それが俺だったって言うんですか?」



 友紘の質問に男性がゆっくりとした口調で「はい」と答える。


 まるで思い出を懐かしむようなその顔つきは、颯夏の気持ちを代弁しているかのようだった。それだけ老齢の男性が颯夏のことを思っているとも言える。

 さらに男性は語る。



「アナタ様と々学校に入った建前の理由は、旦那様のご友人が経営なさっている大学の付属校への入学でございました。しかし、実のところ颯夏お嬢様にあのときの少年が入学するとお教えしたためだったのです」


「……えっ? じゃあ渡辺さんが知らせてなかったら、俺と颯夏は出会わなかったってことですか?」


「元々、お嬢様は有名私立女子校へ進学なさるおつもりでしたから……ですが、わたくしがお教えしたことで、その進路を曲げてまでも会いたいと仰ったのです」


「進路を変えてまでって……」



 友紘は男性の言葉を聞き、颯夏の方を振り向く。

 けれども、当人は生まれたての子鹿のように弱々しく身震いしている。とっさに友紘が「そうなの?」と聞き返しても、小さく頷くだけでなにも言わなかった。


 だから、友紘には自分に合いたいと願った颯夏の気持ちがわからなかった。



「どうして、そんなに俺に会いたいと思ったんだよ?」


「……それは……」


「オマエの力を持ってすれば、住所も電話番号だってわかっただろ? それで手紙だって出せたじゃないかっ!?」


「も、もちろん、それは考えましたわ――ですが……」


「それに入学からもう1年半も経ってるじゃないか? どうして、その間なにも言ってくれなかったんだよ!」



 強い口調で責め立てる友紘。

 だが、それは颯夏を余計に怯えさせているようにも見えた。そのことに気付いて、友紘はバツが悪そうに「ゴメン」という一言を口にした。

 応答するように「いえ、こちらこそ……」という言葉が返ってくる。


 しかし、次の瞬間には緘黙してしまった――話す言葉がなくなってしまったのだろう。



「……友達になりたかったんですの……」



 それから、ようやく口を開いたのは友紘ではなく颯夏の方だった。

 すぐに「友達?」と反応を示し、言葉の意味を問いかける。



「あのとき、すぐにそう言っていれば、こんなことにならずに済んだと後悔してますわ。でも、あんなことになって言う機会もなくなり、ネオンモールでアナタともう一度会うチャンスすらなくなってしまったのですもの」


「もう一度って……。ああ、俺ってアレがきっかけでネオンに行かなくなったんだったっけ」


「そのことはなんとなく察しは付いてましたわ――ですが、わたくしの中にはアナタに伝えるべき言葉が喉に刺さる魚の小骨のように残っていたんですもの」


「それが言いたくて、ずっと俺を探してたの?」


「先ほども申し上げましたが、わたくしが小学校の中で浮いた存在だったことも原因ですわ。だから、初めてわたくしが友達になってみたいと思った相手が……槻谷君、アナタですの」



 不意に颯夏の目に涙が溢れ出始める。

 友紘はあまりの突然のことに慌てふためいたが、鼻をすすりながら手で制する颯夏に諭されるように落ち着きを取り戻した。

 続けざまにすすり泣く颯夏が語る。



「……入学してから槻谷君と……それは何度も……何度も……お話ししようと努力しましたわ……」


「ああ、そういえば1年の時、名前もクラスも知らないはずなのに呼ばれたことあったなぁ~」


「……ですが……わたくしには……槻谷君となにをお話ししていいのか……わからなくて……」


「それでずっと声を掛けてくれなかったのか」



 友紘は納得したように唸り声を上げた。

 颯夏は未だ泣いているみたいだったが、決して悲しさからではないのだろう。むしろ、思い出に浸ってうれしさをにじませているようにも見える。

 友紘は颯夏の感情を読み取って、ゆっくりと近づいていく。それから、窓際で互いの顔を向けて並び立つと、照れくさそうに頭を掻きながら話しかけた。



「あ、あのさ……俺たちってさ、もう友達じゃね?」


「え……っ?」


「だからさ、一緒にエタファンプレイして、こんだけ大騒動起こしといて、友達じゃねーって言われたら『なんだよ』って思うわけじゃん?」


「そ、それはそうかもしれませんけど……」


「なっ? 俺、これで颯夏が友達じゃないって言おうモノなら怒るところだったんだぜ」


「槻谷君……」


「アハハハッ、なんか超恥ずかしいな……これ」



 言うべきことは言った。

 一瞥する颯夏の顔にも、確かな微笑みがこぼれている――これでなんのわだかまりもなくなったはずだったが、颯夏の目にはなぜか依然として涙が溢れ出ていた。

 友紘は不思議に思って、どうしたのかと訊ねた。



「まだなにか言うことあるの?」


「あの、わたくしがユアたんになって現れたことについては……」


「そりゃあ怒ってるよ。あんなやり方でログインしてくるなんて最低だ」


「ですわよね……」


「だけど、許すよ。颯夏は悪気があってやったんじゃないってわかったしな」



 と言って、友紘が口元をほころばす。


 その直後、目の前から颯夏の姿が消えた。

 一瞬、友紘は颯夏がどこへ行ってしまったのかわからなかった――が、自分の身体に覆い被さる重い感覚があることに気付かされた。

 いつのまにか颯夏が抱きついていたのである。



「ありがとうございますっ、槻谷君!」



 そんなうれしそうな声が耳元で叫ばれる。

 しかし、いまの友紘には共に喜ぶだけの余力はなかった。なぜなら、友紘は突然抱きつかれたことに驚くと同時に颯夏の胸が服越しに当たっていると慌てふためいていたからだ。


 友紘は先ほど以上に顔を真っ赤にして戸惑った。



「や、や、やま、山吹さんっ……離れて! 離れてってば!」



 あまりに慌てふためいていたため、苗字呼びに戻っていることにも気付いていない。


 それだけ颯夏に抱きつかれるなど思いも寄らなかったのだろう。友紘はどうにかして密着する颯夏を引っぺがそうと試みた。

 刹那、「コホン」という咳払いがなされる。

 友紘はその咳払いに気付いて、入り口の方を振り返った。




 その咳払いの主は、老齢の男性だった。




 どうやら、行き過ぎた行為に友紘を敵と見なしたらしい。

 睥睨する瞳が獣のように赤くなっている。しかも、その雰囲気はいまにも友紘をとっ捕まえて、いまにも歯を突き立てんとする勢いだった。



「ワーッ! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!」



 友紘は獣と化した老人に向かって、両手を高々と挙げて何度も謝った。

 颯夏から抱きついてきたことを言い訳をしようとも思ったが、いまの老人にそうした言い訳を許すはずがない。鋭い眼光が問答無用の4文字を物語っていた。



「槻谷様、次に颯夏お嬢様に淫らなことをなさった場合は……」


「……はい……」



 理不尽なこの状況を嘆く友紘。



 しばらくして、老齢の男性から許しを得られた。友紘は再び颯夏と並び立つと、男性の方を向いてある話を切り出した。



「ところで渡辺さん」


「なんでございましょう?」


「颯夏がユアたんになった経緯を考えれば、『1人目』についても調べ済みなんですよね……?」



 友紘が言いたかったこと。

 それは1人目のユアたんについてだ。友紘は、颯夏にこの話をするにあたり繰り返し『2人目』であることを強調し続けていた。



「……槻谷様はどこまで『1人目』についてご存じなんですか?」


「いえ、まったく知りません。ただ颯夏がそうしたことを真似たことについてはわかってましたけど」


「そうでしたか」


「でも、渡辺さんならなんとなく調べは付いてんじゃないかなと思って聞いてみたんです」



 友紘がそう根拠のないことを言うと、老齢の男性が呆れた表情を見せた。

 まさかそんな回答が返ってくるなどと、思ってもみなかったのだろう。驚きのあまり開いたとおぼしき口は、数秒経っても閉じられることはなかった。



「――驚きました。まさかそんな当てずっぽうな考えで、お屋敷にいらっしゃるとは……」


「うん、まあぶっちゃけ颯夏の件も『そうだろうなぁ』ってぐらいの認識でいたんですけどね」


「恐れ入りました――では、この件に関して、後ほど詳しくお調べすることにいたしましょう」


「お手数掛けて申し訳ない」



 そう言って、友紘はみたび颯夏の方を向く。

 顔を見た颯夏は、友紘たちの会話を理解できずに困惑している様子だった。



「あ、あの槻谷君……。いまのお話はどういうことですの?」


「颯夏は1人目の存在については認識してたんだよね」


「ええ、わたくしのあの場におりましたし」


「だけど、渡辺さんがそのユアたんの情報について持っていることは知らなかった」


「えっ!? それじゃあ渡辺は……」


「ああ、だから俺は渡辺さんに『1人目』の情報を持っていないかを聞いたんだ」


「……そうだったんですの」


「そこで颯夏にお願いがあるんだけど……」


「なんですの?」


「俺はユアたんを名乗った最初のプレイヤーを倒したい――だから、颯夏にもそれを手伝って欲しいんだ」



 そう告げる友紘の表情がいつになく真剣だった。

 颯夏の件が一段落し、新たなプロセスに入ったことからだろう。過去の因果を絶ち、現在のエターナルファンタズムの世界を守るためにも、ユアたんの倒すことは必然。

 そういう意味では、颯夏の協力は必要だったのである。




 対して、颯夏はどう思っただろう?




 友紘を見つめたまま、考え込んでいる様子だった――が、すぐに決意は固まったらしく、次の瞬間には「わかりましたわ」という言葉が発せられた。

 その言葉を是と受け取り、友紘は笑顔で感謝の言葉を口にする。



「――ありがとう、颯夏。みんなと協力して、一緒にユアたんを倒そう!」



 それから、友紘がユアたんを名乗った最初のプレイヤーの元を訪れたのは3日後のことである。






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