第4節「明かされた真実とその思い/その2」(15/03/19/サブタイトル修正)
2人の間に挟まれる形でたたずむ友紘。
窓際に立つ颯夏からは「何事?」という視線が向けられている。
もう一方の千春は憤怒の表情を露わにし、鬼のような表情で鋭い視線を友紘に差し向けていた。しかし、友紘は殺伐とした雰囲気に臆することなく、千春に改めてここへ来た理由を述べた。
「お姉さん、俺は颯夏さんにもう一度ゲームをやらせたい……いや、もう一度一緒にゲームがやりたいんです!」
「私を騙した上に怒らせておいて、よくそんな口がきけるわね」
「騙したことは反省してます。でも、そうでもしなかったら、颯夏さんに合わせてもらえませんでしたよね?」
「ええ、そうね……というか、なにげに人の妹のことを『颯夏』って下の名前で呼ぶのも図々しいと思うのだけれど?」
「それもゴメンナサイ。山吹さんって呼ぶとややこしいんで……」
と言うと、千春から溜息が漏れた。
しかし、その顔にはまだ怒りが残っている。その様子から、友紘自身も決して許したワケではないらしいことを理解していた。
再び颯夏の方を振り返る。
窓際に置かれたソファの近くに立つ颯夏は、叱られることを恐れる子供の如く肩をふるわせていた。どう言葉にしていいのかわからず、オドオドと目線を合わせては外すという行為を繰り返している。
友紘は親のように優しく語りかけた。
「ねえ、颯夏。オマエの本当の気持ちを教えてくれよ」
「わ、わ、わたくしの本当の気持ち……?」
「そうだよ、ホントはどうしたいの? まだゲームを続けていたいんじゃないの?」
しかし、その問いかけに颯夏は応えなかった。
代わりに放たれたのは、千春の「そそのかさないで」という一言だった。友紘は偏見に満ちた千春の論理にうんざりしてか、とっさに制するような言葉を口にする。
「少し黙っててください。俺は颯夏に気持ちを確かめてるんです」
「それをそそのかしっていうのよ。颯夏、こんな男の言うことなんか聞いちゃダメよ」
「俺はそそのかしに来たワケじゃありません。彼女自身がどうしたいかを聞きに来たんです――どうして、それがわからないんですか?」
「わかりたくもないわ。だいたいゲームなんて人生になんの役にも立たないモノをやって、いったいなにが得られるって言うの?」
「確かに人生はゲームのように簡単にエンディングを迎えるモノじゃないと思います。だけど、そんなゲームでも仲間とのひとときを大いに楽しんで思い出にすることができるんです」
「……思い出ですって? それなら、別に現実の世界でもいくらでも作れるじゃない」
「もちろん、その通りだと思います」
「だったら、ゲームなんてやらなくても十分でしょ?」
「でも、俺たちはあの世界で楽しい思い出を作ることに夢中なんです」
「ゲームの中に思い出を作ることに夢中……? なにを言ってるの?」
「俺はまだ社会がどうだとか、働くことがどうだとか全然わかんないですけど、いまこのときを大切にしたい。だからこそ、ゲームにだって本気で取りかかりたいんです」
「そこまで夢中になるなんて、アナタってホントのバカなんじゃないの?」
「ええそうですよ、俺はゲームバカです。それだけに同じゲームをプレイしてくれた颯夏にもゲームが楽しかったかどうかを聞いてみたくて、ここへ来たんです」
友紘がそう結論づけるように言う。
すると、途端に千春が口を閉ざした。
執拗に諦めようとしない友紘に呆れたのか、はたまたその言葉に一理あると思ったのか。いずれにしても、千春の中でなにか思うところがあったらしい。
すぐさま友紘に颯夏と向き合うチャンスが巡ってきた。
「颯夏、教えてくれ。オマエはゲームが楽しくなかったのか?」
「わ、わたくしは……」
「夕凪さんやクロウ、ウサ猫にモカカちゃんと一緒の遊んで楽しくなかったのか?」
「そんなことありませんわ!」
「だったら、オマエの言葉でちゃんと言ってくれよ」
と、強く揺さぶるような言葉を告げる。
しかし、颯夏がすぐに答えることはなかった。
それを友紘は見て、萎縮してしまったのではないかと思った。同時にこのまま会話もせずに終わってしまったら、どうしようという強い気持ちが心の中を駆け巡っていた。
それから、しばらく颯夏は答えようとはしなかった。
友紘はあまりの惨状に無理矢理にでもゲームの世界に連れて行こうと思ったが、瞬時に目が合った千春の存在が強硬手段の無意味さを訴えていた。
そんなときだった。
「千春お嬢様。どうか、わたくしからも颯夏お嬢様がゲームをプレイできるよう取り計らっていただけるようお願い致します」
ふと右手後方から老齢の男性の声が聞こえてくる。
友紘が振り向くと、いつのまにかあの渡辺という名前の男性が深々と頭を下げていた。
その顔には、にこやかで優しそうな微笑みが溢れている。まるで男性が父親であるかのようで、友紘には颯夏のかけがいのない存在に見えた。
「渡辺っ!? アナタまでそんなこと言い出すなんて……」
続けざまに千春の言葉が飛び交う。
どういうわけか、老齢の男性は颯夏への説得を援護してくれるらしい。友紘はその心強さに胸の高鳴りを覚え、しばし2人のやりとりを見届けることにした。
「山吹家に使えて、はや30年。わたくし自身、颯夏お嬢様のあんなに楽しそうな笑顔を見たのは初めてでございます。その意味で、顔の見えない誰かと一緒にゲームを楽しむというのも、人生におけるちょっとしたエッセンスではないでしょうか?」
「どうしてそんなこと言い出すのよ。アナタらしくもないわ」
「……いえ、わたくしは颯夏お嬢様の真の気持ちを考えればと進言させていただいたまでです。千春お嬢様に楯突くつもりなど毛頭ございません」
「私には、わからないわ。どうして、たかがゲームにこだわるのよ」
「それがゲームをプレイした者同士の気持ちというモノなのかもしれません……。ですから、どうか颯夏お嬢様がゲームをなさることをお許し願えないでしょうか?」
老齢の男性の言葉に千春が口を閉ざす。
そのやりとりは、見ているだけでもハラハラするモノで口を挟む余地などなかった。それだけに友紘が話しかける隙間はいっさいなかった。
やがて、千春が呆れたような溜息を漏らす。
「もういいわ。そこまで言うのなら、私がお父様に進言してあげる」
「おおっ、では……」
「ええ、もう好きにしなさい。その代わり、渡辺――アナタ自身がキッチリと颯夏の為すべきことをさせることが条件よ?」
「もちろんでございます。颯夏お嬢様のことはお任せください」
その言葉からは、決着が付いたように見える。
友紘は2人の会話を聞いて、顔をほころばせた。
もちろん、それは窓際の方にいた颯夏も同様だった。友紘が顔を振り向けると、パァっと開いた樹木の花のように喜びを露わにしていた。
それから、わずかして千春がなにも言わず颯夏の部屋を出て行く。
後を追うように老齢の男性も出て行こうとする――が、とっさに友紘が「残ってください」と呼び止めたことで、老齢の男性は部屋の中に留まることとなった。
男性が居残ったことを確認するなり、友紘は窓際の颯夏の元へと近づいていく。
「あ、あ、あの、槻谷君……」
すると、目の前で颯夏の口からうわずったような声が漏れる。
友紘はその言葉に引きずられ、緊張した面持ちで「は、はい」と返事をかえした。
「……本当にありがとうございます。まさか槻谷君がわたくしの家に来てくれて、しかもお姉様を説得してくださるなんて思ってもみませんでしたわ」
「いや、いいんだって。俺も喧嘩別れしたまま、卒業式までなんも話さないなんてことになったらイヤだったしさ」
「フフッ、わたくしもです」
「……それにホラ……アレのことも思い出したし……」
「アレのこと?」
「俺たちがガキの頃の話だよ」
そう告げた途端、驚いた颯夏の口が半開きになった。
予想だにしないうれしい出来事だったらしい。
すぐに口元を両手で隠す仕草を見せる。友紘はそんな颯夏の姿を見せられ、いままで思い出せなかったことをなんだか申し訳なく思えて仕方がなかった。
照れるように後頭部を掻きながら口を開く。
「ホラ、俺ってゲームバカじゃん? だからさ、どこか昔のこととか、どうでもよくなってたっつーかさ」
「――いいえ、それでもうれしいですわ。あのとき、わたくしを助けてくれたヒーローにまたお目にかかれたのですもの」
「ヒーロー? 俺、そんな大層なことしたっけ?」
「思い出したのではありませんの……?」
「あ、いや。だいたいのところを思い出したってだけで、颯夏になにかをしたかってところまでは……」
「……そうですか、仕方ありませんわね。アレはどちらかというと、わたくしの内面に問題があったときに起きたことですもの」
「な、内面に問題があったときに起きた出来事……?」
とっさに友紘の記憶にない言葉が飛び出る。
なにやら、颯夏は記憶にない部分についてもハッキリと覚えているらしい。
思い返せば、あのときワケのわからないヒーローの真似事をしながら、1人でネオンモールへ行って、泣いている女の子に出会って、追ってきた大男2人の魔の手から助けた。
そのことだけは覚えているのにもかかわらず、友紘の中からは結末だけが失われていた。
どうしても続きが気になり、両頬を抑えながら紅潮する颯夏に問いかける。
「あのさ、颯夏。俺がモヤイ像の上に立って、大男2人をやっつけようとしたのは覚えてるよね?」
「ええ、とても勇ましかったですわ」
「そんなに俺ってカッコイイことしたっけ?」
「はい、スゴかったですわ」
「ん~なんだか腑に落ちないんだけど……」
まだ記憶があやふやだ。
友紘は必死になって、颯夏と出会ったあの日のことを思い出そうとした――が、どんなに頭を抱えようとしても、モヤイ像によじ登ったところから先が思い出せない。
悪戦苦闘のあまり、ついに颯夏の記憶を頼りにしてしまう。
「ねえ、あの後どうなったの?」
と問いかける。
すると、颯夏がわずかに紅潮した頬をそのままに遠くを見るような目で口を開いた。
「そうですわね、どこからお話しすればいいかしら……?」
「もったいぶらずに言ってよ――なにがあったの?」
「う~ん、なにがあったのと仰いましても。わたくしの内情を語らないことには、このお話はできませんわ」
「わかった。だったら、颯夏になにがあったのか聞くよ」
「では、お話ししますね」
「お願いするよ」
そう友紘が促すと、颯夏がゆっくりと語り出す。
「当時、わたくしにはお友達……と言っても、わたくしが山吹電機グループの令嬢だからお近づきになろうという方々ばかりでしたわ」
「ああ、なんとなくわかるよ。自分をよく見せるために品のいい他人を周りに置いておくみたいな?」
「……ええ。ですから、わたくしは学校内では金銭と名誉という衣服を着せられたお飾りの人形だったんですの」
「でも、それがどうしてネオンモールなんかにいたの?」
「お友達と一緒に映画を見に行く約束をしたからですわ」
「映画を……? もしかして、そのときにはぐれちゃったとか?」
「いいえ、実際は違いましたの」
「どういうこと?」
「これは後で聞かされたことですが……。そのとき一緒だった女の子たちは、裕福な家庭に生まれたわたくしを嫉んでいた子たちでしたの」
「じゃあ颯夏があのとき泣いていた理由って、もしかして……」
置き去りにされた――。
友紘は、意外な理由に衝撃を受けた。
確かに颯夏ぐらいの金持ちの家に生まれれば、誰だってうらやましく思うモノだろう。特に一般家庭に生まれた歳の子からすれば、高価な衣服や高級車での送迎などはあこがれのシチュエーションである。
まるでディズニーの物語に出てくる姫君――思春期に芽生えたての子供が妬ましく思うのも無理はない。
それだけに小さな子供があのだだっ広いネオンモールに置き去りにされるということは、不安と孤独を抱く理由としては十分すぎるモノだった。
しかも、颯夏は生粋の箱入り娘だ。
そんな女の子がネオンモールに1人取り残される。友紘はあのとき泣いていた理由に納得し、そのことを何度も頷いて深くかみしめた。
「……そっかぁ……そうだったんだ……」
「ですから、あのとき槻谷君に出会ったことは、わたくしにとって運命でしたの」
「運命だなんて……ちょ、ちょっと照れるなぁ~」
「フフフッ、恥ずかしがらないでくださいまし。わたくしも恥ずかしくなってしまいますわ」
「でもさ、運命だっていう割には理由として浅すぎない?」
「もちろんですわ。わたくしが言いたいのは、その後槻谷君に言われた言葉そのものですもの」
「え? 俺、どんなこと言ったの?」
と、興味津々に聞き耳を立てる。
すると、颯夏がコホンと1度だけ咳を払って話し始めた。
「――そんな連中は、ホントの友達じゃない。オマエがホントに友達を作りたいと思うのなら、もっと心を開いて一緒に楽しめる友達を作れるように努力しろ……ですわ」
「おおっ!! いいこと言うじゃん、俺」
すかさず機嫌が良くなった友紘が手を合わせてパチンと叩く。
その乾いた音は、軽妙なモノに聞こえて心地よかった。機嫌を良くした友紘は、さらに自分がなにしたのかを颯夏に問い合せることにした。
「それで? 俺はそのあとどうなったの?」
「……はい。先ほど槻谷君が仰ったようにモヤイ像のところまで、わたくしの手を引っ張って走ってくださいました」
「うんうん、そこまでは覚えてるんだ――それで、それで?」
「そこでわたくしが友達とはぐれたことを明かすと、いま話した内容のことを言ってくださいましたのですよ」
「なるほど。俺、そんな風にして颯夏を救ってたのかぁ~」
「ああ、それともう1つありますわ」
「それって、もしかして大男たちを追っ払った話のこと?」
「いいえ、違いますわ」
「……へ?」
刹那、軽妙に続いていた話が止まる。
まるで暖かい部屋の中に冷たい空気が入り込んできたかのような転換は、友紘に奇妙な緊張感をもたらした。しかも、見つめる颯夏の顔もどこか言いづらそうにしているようにも見える。
友紘は慎重に事の真相を問い質した。
「な、な、なにがあったの……?」
「……実は……あの……その……」
「えっ、なになに? どうしたの?」
「いまのわたくしが話すのですから、とても言いづらいことなのですが……」
「……言いづらいこと? よくわからないけど、俺は気にしないから思い切って話してみてよ」
友紘がそう言うと、颯夏は黙り込んでしまった。
しかし、それはわずかに考え込むためのモノだったらしく、すぐに「では……」という相槌を打つような言葉が返ってきた。
「……えっと……あの……わたくしの護衛の者に槻谷君が立ち向かっていったとき……」
「立ち向かっていったとき?」
「……ズ……ズボ……が……はだけ……」
「え、なに言ってたの? もう1回、言ってみて……?」
再び颯夏の口が止まる。
なにをそんなに恥ずかしがっているのだろう。茹で蛸みたいに先ほどより紅潮しているのは、友紘の目からしても見るに明らかである。
それだけに友紘は、せかすようなことを言ってみた。
「ねえ、怒らないから言ってみてよ」
「うぅ……ホ、ホントによろしいですの?」
「だから、大丈夫だって。遠慮なく言っちゃってよ」
いったいどんな内容なのだろうか?
それは気になったが、友紘には「きっとスゴい武勇伝だった」という確信があった。なぜなら、自分は颯夏の心を救った人間だからだ。
その確証を持って、次の話も自分の行いが颯夏に影響をもたらしたに違いない。
友紘は心を躍らせながら、颯夏が語るのを今か今かと待ちわびた。
そして――
「つ、槻谷君がモヤイ像によじ登ったとき……」
「よじ登ったとき……?」
「と、止めようとしゅて、思いっきり槻谷君の大事なモノをはだけさせてしゅまいましゅたのぉぉぉおおお~っ!!」
「うぎゃぁぁぁぁぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"~っ!!」
……すべて思い出した。
友紘は自分が忘れていた理由も、子供の頃の記憶を振り返らなかったことも、すべてこのことが原因だったことを悟った。
同時にこの忌々しい黒歴史を思い出し、死にたくなるほどの恥ずかしさに見舞われた。
すぐさま廊下側の壁に突き出ていた大理石の柱に何度も頭を打ち付ける。
「恥ずかしいっ、恥ずかしいっ、恥ずかしいっ、恥ずかしい~っ!!」
しかし、それでも身悶えるような恥ずかしさは収まらなかった。
ようやく心を落ち着きを取り戻したのは、それからしばらくしてからのこと。友紘は息を整え、いま起きたすべてのことを再び記憶の彼方に消し去ることにした。
そして、恥ずかしさを怒りに変えて、語った本人に批難の矛先を向ける。
「このヘッポコッ! なんてことを思い出せてくれるんだよっ!」
「お、怒らないって言いましたのに……」
「あんな恥ずかしいことされて、怒るに決まってるじゃないか」
「……うぅ……槻谷君は嘘つきですわ……」
「嘘つきじゃなくて、怒ってるのっ!!」
やはり、オチは如何にも颯夏らしい。
そのことをなんとなく察してはいたものの、友紘の中で感情が先走って説教することをやめられなくなっていた。
一様に落ち着きを取り戻すと、友紘は溜息をついて颯夏に語りかける。
「……まったく。説得しに来たはずなのにエラい目にあったよ」
「ゴメンナサイ……」
「もういいよ。颯夏のそういうヘッポコお嬢様っぷりはよくわかったし」
「わ、わたくしってそんなにヘッポコですのっ!?」
「あっ、気付いてなかったんだ」
「……はぅ」
「まあ、いまさらしょげても仕方がないだろ?」
「うぅ、そうは申しましても……」
激しい叱責を受けて落ち込む颯夏。
友紘は、そんな颯夏をよそ目に「そんなことよりさ」と流れを断ち切るようことを言い出す。
それはわずかな沈黙を宿して、会話の雰囲気を落ち着けた。次の瞬間には、友紘の顔が真剣そのものに成り代わっており、いままでの雰囲気とはまったく別のことを話そうとしているよう見えた。
友紘がゆっくりと口を開く。
「この前、俺の目の前に現れたユアたんってさ――アレ、颯夏だったんだよね……?」
※いまさらですが、仮タイトルの伏線回収です(笑)




