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GLOBAL SHOUT!  作者: 丸尾累児
Chapter4「お嬢様、冒険はまだまだこれからでございます」/「お嬢様のMMO戦記」(前編終章)
30/53

第2節「忘れていた過去の片鱗/その2」(15/02/01地の文の時刻を修正)


 祐鶴が向かったのは、校舎の屋上だった。


 現在時刻は、午前10時55分――

 父親から譲り受けたハミルトンジャズマスターがしっかりとその時間を刻んでいる。

 扉を開けて屋外に出ると、11月の冷たい風が頬に当たってその寒さを伝えてきた。しかし、それとは正反対に日の光が寒さを和らげるように降り注いでいる。

 空を見上げると、青一面の世界に羊雲がかかっていた。まるで太陽という名の羊飼いを囲むように風によって西へと流されており、東からはどんよりとした雲がやってきている。




 それらを一目して、友紘は目線を祐鶴の方へと移した。




 すると、そこにはいつもの不機嫌そうな顔があった。だが、1つだけ違っていたことは、祐鶴が意味深な溜息が漏らしていたことだ。

 友紘はその意味を確かめようと、とっさに用件を訊ねた。



「――で、話ってなにさ?」


「うむ、少し言いにくいことなのだが……」


「言いにくいこと? もしかして、俺に気があるとか」


「……なにを寝ぼけたことを言っている。私がしたいのは、恋愛の話ではない――エタファンの話だ」


「なんだ、エタファンの話か……ってか、こんなところでエタファンの話をしてもいいの」


「本来ならば、私としても校内でのエタファンの話は避けたいのだが……。今回ばかりは、どうしてもオマエに聞いておいて欲しいのだ」


「よくわからないけど、ずいぶん切羽詰まった話なんだね」


「Your Tangent」


「え? い、いきなりなに……?」



 唐突な祐鶴の言葉に戸惑う。


 Your Tangent――いったいなにが言いたいのだろう。

 同時にその言葉は、なにかの言葉に似ており、友紘の心の内を激しく動揺させる。そして、なぜ祐鶴がそのことを話す気になったのか。

 友紘はそのことが気になり、更なる祐鶴の言葉に耳を傾けた。



「直訳するなら、『君に接する』とか『君との接線』と言ったところか――ユアたんの名前の由来となった語だ」


「どうして委員長がそんなこと知っているの? っていうか、それ本当なの?」


「もちろん、本当のことだ。なにせ直接本人から聞いたんだからな」


「本人から聞いたって……。いったいどういうことなのさっ!?」



 さらに困惑の表情を見せる友紘。

 直接本人から聞いたと言うことは、祐鶴は3年前ユアたんと名乗ったプレイヤーとなんらかのつながりがあったということなのだろう。意味含めた言い方も、悲哀に満ちた表情も、すべては「なにかを為したい」という決意の表れのように思える。

 友紘にはそう感じられた。

 だから、祐鶴の口が錆び付いて開かない重い扉が開くのを待つしかなかったのである。



「3年前、突如としてエターナルファンタズム1stに現れ、大暴れしたユアたんという名のプレイヤーは私の兄『廿里政之』だ」



 やがて、衝撃の事実が語られる。

 それと同時に祐鶴の顔に影が差し込んだ。友紘がチラリと上空を見上げると、いつのまにか連綿と流れていた羊雲が一塊の厚い雨雲に成り代わっていた。


 驚きを隠せない友紘が閉じていた口を開く。



「じゃ、じゃあ委員長がゲームを始めた別の事情って……」


「そうだ。私がゲームを始めた理由は、どうして兄があの世界に入り浸り、どうしてあんな真似をしたかを知りたかったんだ」


「……そうだった……んだ……」



 にわかには信じがたい話である。

 だが、真剣な眼差しの中に覗かせる悲しみが真実であることをひしひしと伝えてくる。そうした悲しみを読み取り、友紘はわずかに残る不信の気持ちを心の奥に押し込めた。

 それから、再び祐鶴の言葉に耳を傾けることにした。



「――ねえ、いまお兄さんはどうしてるの?」


「とうに出所して、遠い異国の地で暮らしている。だが、ウチの両親と絶縁状態であることもあって、連絡らしい連絡があったのは一度だけだ」


「そっか。じゃあ長いこと会ってないんだね」


「会いたくても居場所がわからない以上、私にはどうすることもできない。きっと兄は心のどこかで自分がしたことを後悔してるんじゃないかと思うのだ」


「……後悔?」


「1から順に話そう――それでないと、槻谷には兄の後悔の意味がわからないだろう」


「あ、うん……お願いするよ」


「私の家は代々役人の家でね。父は通産省、祖父は環境省と、どこかしらの省庁の官僚だったんだ。特に5代前の先祖は太平洋戦争時の外務省政務次官で名だたる総理大臣の下に付いていたらしい」


「もしかして、委員長の家って物凄いお金持ち?」


「山吹ほどではないさ。そんなことより、話を元に戻すぞ」


「ああ、ゴメン……」


「当然、そうした血筋は守りたい両親は兄に執拗なまでに期待を抱いた。もちろん、兄も両親の期待に応えるべく、県内の有名進学校にトップ入学した――が、そこからが転落の始まりだったんだ」


「転落って――いったいなにがあったの?」


「なあによくあることさ。兄は勉強もスポーツもできて、リーダー格としての資質も備えてた。だがしかし、兄にはリーダーとして持っていてはいけない傲慢な性格があったんだ」


「あ、なんとなく想像が付いた」


「そうだ。家が役人の家であることを誇っているがゆえに庶民を雲の下の人間のように見てしまう。中学時代までは巧く立ち回っていたらしいのだ。しかし、ある不用意な一言から、兄は他人の気持ちを汲み取れない人間の烙印を押され、仲間と思っていた人間から疎外されてしまったんだ」


「ってことは、委員長はその一部始終を見てきたんだね」



 そう言うと祐鶴がコクリと頷く。

 口にしなかったのは、つらさのあまり言葉にできなかったためだろう。時折伏し目がちになって、悲しそうな表情を見せるのは、兄妹に対する気持ちの表れようにほかならなかった。



「私はいろんな事を教えてくれる兄が大好きだったからな……。勉強も遊びも教えてくれるそんな兄が私の唯一の自慢だった」


「そんなお兄さんがどうしてゲームに?」


「参考書を買いに行った本屋でたまたま見たエターナルファンタズム1stのデモ映像が気になったそうだ。そして、有名校が合同で主催する泊まり込みの私塾の代金と称して、両親から多額の金をせしめたらしい」


「つまり、そのお金を元手にエタファンをプレイし始めたってこと?」


「そういうことだ――なにより、兄は自分の部屋の管理は自分でやる人間だったからな。そのことが幸いして、両親もいっさい兄の部屋に立ち入ることをしなかったらしい」


「でも、おかしいくない? 委員長の両親が立ち入らないにしても、電気代なんかで様子がおかしいことがバレちゃうんじゃん」


「実はその点についても、兄は用意周到に有名進学塾の通信教育による集中講義を受けるという形でクリアしていたんだ」


「そこまでしてゲームにのめり込みたいモノなのかなぁ~?」


「当時は精神的にもかなり追い詰められていたらしいからな。兄は犯罪に走らなかった分、仮想世界に入り浸ることでストレスを発散していたんだと思う」


「う~ん、わかったようなわからないような……」



 と唸り声を上げる。

 しかし、友紘にはどうしても解せないことがあった。それは、どうしてユアたんなどというPKプレイヤーになってしまったかということである。

 普通にプレイしていれば、そんな兆候などあるはずもない。しかも、ゲームを覚え立てでツールやMMOについて熟知するのは難しいはず。

 となると、ユアたんが誕生した経緯を知る必要がある。


 友紘はそのことを問い質した。



「でも、どうしてユアたんなんてキャラクターを生むことになったの? それにフツーにプレイしているだけでも十分なストレス発散になるはずじゃないか」


「言ったではないか。兄には性格の一部に傲慢なところがあると」


「え? じゃあもしかしてゲームの中でも人間関係が最悪になったってこと……?」


「本人の弁を述べるならば、そういうことらしい。確かにゲームに現実逃避することでストレス発散……なんてのは、フツーにプレイしていれば成立するだろう。しかも、ネカマやなりきりキャラで猫を被ることで、ある程度は地を隠すことはできる」


「それはよくある話だね。男なのに女になりきってるヤツとか、やたらと口調を変えてくるヤツとか」


「兄はフツーにゲームをプレイするユーザーだったが、同時にコミュニティを運営するオーナーでもあった――だが、その傲慢さゆえにあることをきっかけに身内から批難されるようになった」


「つまり、そうした悪循環がユアたんを生んだってことなの?」


「そういうことになるな。結局、理解してもらえなくなったから、孤立して、自己弁護をして、徐々に心をゆがめて行った――たぶん、兄はその中でも最も悪いところへと落ちていったんだと思う」


「……そう……だったんだ……」



 明かされた真実に心が激しく揺さぶられる。


 ずっと憎んでいたユアたん――その誕生と経緯がまさかこんな形で明かされるとは。

 閉じたはずの口を中途半端に開いた状態なのは、祐鶴の話に憎むべき相手だったユアたんを憎めなくなっている自分に気付いたからである。

 そして、友紘の心にポッカリと空いた穴は、満ちていた憎しみをどこかへと押し流してしまったようだった。



「なあ槻谷、楽しいとはなんだ?」



 さらに祐鶴が告げる。

 それは友紘を大いに悩ます難問だった。



「……楽しいって。そりゃあMMOはオンラインで繋がって、みんなとワイワイやって、仮想世界で一緒に冒険をするからこそ楽しいんじゃないかな」


「だが、それはリアルの世界だってできるではないか」


「もちろん、そうだけどさ。不特定多数の誰ともわからない人間と一緒に遊ぶことだって楽しいじゃないか」


「では、ウサ猫君の話ではないが……。もし、その不特定多数の誰ともわからない連中から僻みや嫉みを言われたらどうする?」


「そんなこと言ったら、リアルで起きた出来事すら先日の一件みたいに掲示板に晒されて、言われなき誹謗中傷を書き込まれっちゃたりするじゃないか」


「ああ、そうだ。人間は自分や周囲の和を乱す者を排除しようと、えげつない手を使ってでも特定の人間を貶めようとする。もちろん、それはごく一部の人間かもしれない。しかし、全般的に見れば、ストレスのはけ口のために他人を中傷することをやめられないのは、私を含めたすべての人間だ」


「でも、その論理だとお兄さんがしたことは罪にならなくなっちゃうよ?」


「だからこそだ。個々の負の部分を受け入れ、共存することで始めて楽しいということを手に入れられるのではないかと私は思うのだ――っと、すまない。ずいぶん年寄り臭いことを言ってしまったな」


「ううん、なんだかいいんちょ……じゃなくて、祐鶴がホントに大人になったみたいでカッコイイよ」


「……祐鶴か。いきなり下の名前で呼び捨てとはぶしつけだな」


「だって、苗字だとしっくりこないんだもん。それに俺らはゲーム仲間でリアル友達じゃん?」


「フフッ、まったく……。君のそういうところは嫌いではないぞ」


「サンキュ。でも、だからといって遠慮とかいらないよ。またなにかあったら、いつでも相談してよ」


「ああ、わかっているとも――では、1つ君に頼みがある」


「頼み? いいよ、なんでも言って」



 と受け答える友紘。

 信頼されていることを実感し、その顔には自信たっぷりの笑みがこぼれていた。

 頼られることを誇り、仲間意識を強めることでどんなことも可能になる――そんな気持ちが友紘の中に広がろうとしていた。


 ところが相対する祐鶴は、いつものムスッとした表情よりも硬いなにかを決意した顔つきを見せていた。そうした表情を読み取り、友紘は途端に真剣な眼差しで応えた。


 そして、次の瞬間――



「ユアたんを倒して欲しい」



 と頼まれる。

 友紘はその一言に「ユアたんを?」と聞き返した。



「そうだ――あ、いや正確にはユアたんという過去の亡霊をあの世界から消し去って欲しい。私の頼みはそういうモノだ」


「……それはお兄さんのため? それとも、俺が固執しているから?」


「両方だな。エタファンのプレイヤーにとって、3年前の事件は癒えない傷跡のようなモノ。だから、その被害者の1人である君に一連の事件に幕引きを頼みたいのだ」


「そんなこと言ったって、アイツに勝つ方法なんて思いつかないよ?」


「わかっている。だがしかし、ここで倒さねばすべてが終わらない気がするのだ」


「……祐鶴……」


「対策が必要だというのなら、いくらでも協力しよう――頼む。オマエの手でユアたんを倒し、過去の因縁にケリをつけてくれ」



 強く願う気持ちが友紘の心に訴えかけてくる。

 それだけユアたんに対する思い入れがあるのだろう。祐鶴がゲームを始めるきっかけを考えれば、きっと「自分の兄がどうして考えてゲームを始めたかを知りたい」ということだったのかもしれない。

 友紘はわずかに黙り込んだ後、ゆっくりと口を開いた。



「わかった。俺が絶対にユアたんを倒してみせるよ」



 その覚悟を聞いて、祐鶴はどう思っただろう?

 不機嫌番長と呼ばれる面構えが柔らかな曲線を描く笑顔に変わったのは、その直後だった。



「……感謝する」



 と、短い言葉が述べられる。

 友紘は1つの問題が解決したと思い、ある率直な疑問を投げかけることにした。



「ところでさ、祐鶴はなんで俺に打ち明けようと思ったわけ?」


「ん? ああ、そのことか。簡単に言えば、君がユアたんに対して諦めなかったことだな」


「俺が諦めなかったこと……?」


「フツーなら『あんなヤツに勝てるはずがない』と経験値ロストを覚悟しても諦めるところではないか。だが、君はユアたんに対する悔しさが人一倍強かったから諦めようとはしなかった」


「それは否定しないね」


「だから、私は君のそんな姿に惹かれた――打ち明かそうと思った理由は、だいたいそんなところさ」


「ふ~ん……なんだかそんな風に言われると、スゴく照れくさい気がする」


「誇ってくれていいぞ。なにせこの私に影響を与えたのだからな」


「……そう言われると妙な気分になるからやめておくよ」



 そう言って、友紘が苦笑いを浮かべる。

 けれども、自分が祐鶴に影響を与えたことは思ってもみない出来事だった。それだけに例の件でも流れを変えられるかもしれないという自信が心の内に沸き上がっていた。


 ふと次の授業の開始を伝えるチャイムが鳴る。



「さて、そろそろ教室に戻るとするか」



 途端に祐鶴が声を上げ、教室に引き上げようとし始めた。

 友紘はあることを聞かねばと思い、扉を開けて出て行こうとする祐鶴をとっさに呼び止めた。



「なんだ?」


「あのさ、祐鶴は山吹さんの家の場所って知ってる?」


「ああ、知ってるぞ。このあたりじゃ、かなり大きくて有名な豪邸だからな」


「じゃあ詳しい場所を教えて」


「それは、つまり仲直りする気になったということか?」


「うん、そうなんだけど……。俺って、地元の人間じゃないじゃん? だから、どうしてもこの辺の土地勘とかってなくって」


「ならば、私が地図を書いてやる。それでどうにか山吹の家に行けるだろ?」


「助かるよ!」



 と礼を言って、友紘はこのまま山吹邸を訪れることにした。



(……にしても、祐鶴のお兄さんが3年前のユアたんだったなんて)



 教室に戻る半途、話した内容を思い返す。

 未だに信じられない話だったが、友紘の「ユアたんを倒す」という決意に変わりはなかった。なぜなら、それは祐鶴との約束であり、自分のとらわれている過去の清算にもなるからだ。


 友紘は口を堅く結び、どうにかしてユアたんを打倒しようと心に誓った。






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