第2節「ねんがんのアイメットをてにいれたぞ!/その2」
「……ないっ、ない!!」
青ざめた顔で立ち尽くす友紘。
その声は視聴覚室内にいたクラスメイトの注目を集めた。見かねた泰史がすぐさま近寄ってきて、『またなにかあったのか』という表情で尋ねてきた。
「どったよ?」
「――ないんだよ」
「なにが?」
「……アレがどこにも見当たらないんだ」
「あのな、アレじゃわからんぞ?」
「アレだよ、アレっ!」
「だから、アレってなんだよ!」
「俺のログイントークンがないんだ!」
と言って、泰史を驚かせたモノ。
それは友紘が1時間ほど前まで自慢げに見せびらかせていたエターナルファンタズムのログイントークンのことだ。
友紘がアイメットとエターナルファンタズムを買えたのは、光紗姫からもたらされた朗報に沸いた日から1週間後のことである。帰宅後、なんとか粘り強く交渉して母親から購入に必要な代金をもらった友紘はその日のうちにガマゾンで注文。
翌日、お急ぎ配送で届いた品物の箱を空けて1人喜んだのである。
ところがその翌日にこの騒ぎ――
自業自得としか言えない出来事に泰史もおもわず溜息をついたほどだった。
「――ご愁傷様。そりゃオマエさんの管理の悪さが原因だな」
さすがの泰史も呆れて去って行こうとする。
だが、友紘からすればここで先に教室に戻られるわけにはいかない。帰ろうとする泰史の袖を引っ張って追いすがり、必死に説得を試みた。
「ま、待ってくれ! 一緒に探してくれよ」
「なんでだよ。そもそも学校にそんなもん持ってきてみせびらかしてるオマエさんがわりぃんじゃねえの?」
「そりゃあそうだけど……」
「どっちみち帰ってログインしてから会うんだ。んなもん、持ってこなくたってよかったんじゃないか」
「うっ……」
返す言葉もない。
前の時間にプレイできる喜びと今後のプレイ計画について自慢げに話していたのだ。優越感で我を忘れ、ログイントークンを無くしたとあっては元も子もない。
友紘は頭を抱えて溜息をつくしかなかった。
そんな様子を見かねてか、おもむろに泰史が口を開いた。
「――ったく、しょうがねえ。俺も探してやるよ」
「ホントかっ!?」
「現金なヤツめ……まあ報酬はクエストの手伝いその他諸々ってことでな」
「さすが竹中様っ、そこにシビれるぅ~憧れるぅ~!!」
「いいから、とっとと探そうぜ。次の授業は体育だかんな?」
「わかってるって。家に帰ったら速攻プレイしてえしな」
と友紘は返事をかえし、2人で視聴覚室内を探し回った。
だが、ログイントークンは見つからなかった。
それでも友紘は諦めきれず、次の中休み、お昼休み、5時限目と6時限目の中休みと何度も繰り返し探してみた――が、その行方は依然として知れず。
結局放課後まで居残って視聴覚室を探し回ったのである。
沈む太陽の光が窓に差し込む中、半ば諦めた泰史が言う。
「なあ、もう明日でいいんじゃねえの?」
「イヤだね……ここで諦めたら、帰ってエタファンがプレイできなくなる」
「んなの、いつだってできるんだからいいじゃねえか。ここまで探してねえってことは、もしかしたら職員室に忘れ物として届けられてるかもしれねえんじゃねえの?」
「だったら、オマエがいま行って聞いてきてくれよ」
「あのなぁ……。もう下校時間とっくに過ぎてんだぞ? もし拾った先生とか帰っちまったりしてたらどーすんだよ?」
「そりゃありえるかもな。だけど、行ってみないとわかんねえじゃん」
「オマエさんも強情なヤツだなぁ――とにかく俺が明日職員室に行って聞いてきてやるから、今日のところはもう帰ろうぜ」
「絶対にイヤだ。帰りたいなら、オマエ1人帰っていいぜ」
「はぁ……。まったくこの分からず屋めっ」
「分からず屋でいいよ、もう――探す気がないなら、とっとと帰れ」
その言葉にさすがの泰史もキレただろう。
途端に背後から錯乱したような叫び声が上がる。
それから、少し遅れて「もう知らん」という捨て台詞と視聴覚室の扉が強めにバタンッと閉まる音が聞こえてきた。
どうやら、泰史が帰ってしまったらしい。
すぐにそのことに気付いて、友紘は親友の薄情さをつぶやいた。
「……まったくなんだよ。もう少し手伝ってくれたっていいじゃないか」
と口から不満を漏らす。
友紘はどうしてもエターナルファンタズムがプレイしたくてしょうがなかった。だから、親友の薄情さはゲームの進行具合も相まって妬ましく思えた。
それだけに友紘は一心不乱になって探し続けたのである。
小一時間ほどして、その手は止まった。
ようやく諦めたというべきか――友紘はどんなに探しても見つからないログイントークンに泰史の言葉の可能性を考え始めていた。
「……やっぱり、誰かが持って行ったのかなぁ~?」
もしそうだとすれば、今日からプレイすることは困難になる。友紘はログイントークンを学校に持ってきてしまったことを今更ながらに反省した。
起き上がり、制服に付いたホコリを払う。
長時間探し回ったせいか、紺色の制服は半ば黄色く汚れていた。そのことが見つからない悲しみと相まって激しい虚脱感を感じさせる。
「もう帰ろう」
友紘は諦めて、帰宅の途に就くことにした。
しかし、肝心の鞄は教室だ――そのことを思い出した友紘は視聴覚室の鍵を閉めて教室に戻ることにした。
途中、視聴覚室の鍵を職員室に返却しに立ち寄った。
職員室の中は泰史の言ったとおり居残りの教師が数名いるだけ。まだ仕事が終わらないのか、居残った教師たちは閑散とする室内で黙々と仕事を続けている。
そんな中、友紘は出入口付近に座っていた教師に落とし物がないかと尋ねた。
「あの、これぐらいのサイズのメモリースティック見かけませんでした?」
「メモリースティック……? いや、届いてないなぁ~」
「そうですか。ありがとうございます……」
反応は予想通りだった。
あれだけ探しても見つからなかったモノが簡単に見つかるはずがない。友紘は「はぁ」と1度溜息をついて職員室を出た。
「やっぱり明日みんなに聞いてみるか」
そう思い、再び教室を目指す。
友紘のクラスである2年D組は校舎2階の北側にある。まだ部活が終わっていないためか、廊下を歩いていると時折練習に励んでいるとおぼしき声や音が聞こえてくる。
窓の外からは運動部のかけ声、反対側の校舎からは吹奏楽部の演奏音――みな一生懸命練習に励んでいるのだろう。
耳を澄ましてそれらを聞いていると、なんとなく練習風景が目に浮かんできた。
それに比べ、友紘はゲームがやりたいがためだけに居残っている。とっさに「自分はなにをやってるんだろう」と疑念が沸き上がり、友紘はさらに溜息をついた。
階段を上がり、2階の廊下へと出る。
そこから友紘のクラスまでは50メートルぐらいあった。
しかし、ログイントークンを失って消沈した友紘にはわずかな距離も遠く感じられる。何度もはき出される溜息と重たげな足取りがいまの友紘の気持ちを現していた。
そんなとき、教室の後方の扉が開いていることに気付く――どうやら、まだ中に誰かいるらしい。
友紘は出入口付近から教室の中を確かめた。すると、正面の窓際に女子生徒が1人、ポツンとイスに座って佇んでいる姿が目に飛び込んできた。