第7節「リベンジと仲違い/その3」
助けを求めてきた男性の言うとおり、ユアたんはラッキーペンダントをドロップするノートリアルモンスターの出現ポイント付近にいた。
右の手の中には、獲物として捕らえたプレイヤーが首を捕まれた状態で収まっている。しかも、しっかりと離さないようにしており、逃亡したとしてもチートツールで瞬間移動すれば追いつけると言わんばかりの余裕めいた表情をしていた。
しかし、ユアたんはこちらに気付いてはいない。
友紘はチャンスとばかりに一撃を食らわせようと、拳を握りしめて襲いかかった――が、直前のところで気付かれてしまい、その攻撃は身体をすり抜けるようにかわされてしまう。
すぐさま右足を強く踏み込み、その勢いでユアたんの方を振り返った。
そして、燃え盛るような激しい感情を刃先のように鋭い目つきに載せて凝視する。
「おやおや、どこかで見た顔だと思ったらクルトさんじゃないですか」
途端に目を合わせたユアたんが饒舌にそう語りかけてきた。
それはまるで待ちわびていたかのように、友紘がメインディッシュであるかのように。挑発的な口調で、友紘に笑いかけてくる。
しかし、友紘がそんな表情を見せられて我慢できるはずがない。必死に激憤する気持ちを抑え、鼻で笑い返しながらユアたんに話しかける。
「ウワサをすれば影とは、よく言ったもんだな」
「あれれ? もしかして、ボクのことウワサしてた――大人気だなぁ~」
「うるせぇっ! テメエなんかこれっぽっちも人気なんかじゃねえよ。それよりも、この前の仮をキッチリ返させてもらうぜ」
「またやるのぉ? というか、チートツール使ってる相手に勝てるとでも?」
「ああ思ってるよ。見る限りじゃテメエのツールは、完全に無敵ってわけじゃない」
「ご名答。確かにいま使ってるツールは、レベルをキャップ以上に引き上げるツールと高速で移動できるツールだね」
「だったら、勝つ見込みはある」
「ホントに~? 君、もしかしてボクがその2つしかツールを使ってないなんて思ってないよね?」
「んなことは、承知の上だ! それでも、テメエをぶっ倒してギャフンと言わせてやる」
と息巻いて、右の拳を左手に包むようにして打ち付ける。
だが、そうしたやる気を見せたところで、ふと太もものあたりの違和感に気付く。それは、なにか軽くて丸いモノが太ももに当たっては跳ねてを繰り返しているかのようだった。
友紘はその違和感に自分の太ももを見た。
すると、そこにはサックに入れられたボールが吊されていた。それでようやく自分のサブジョブがバカボンド出あることに気付かされる。
(げっ、バカボンドのままだ……)
すっかり冷静さを失った友紘。
奥底から沸き上がる焦燥感が気持ちをはやらせ、混乱に陥られようとしている。ヘタをすれば、その気持ちすらユアたんに見透かされてしまう。
そうした思いから、友紘は攻撃することをためらった。しかし、そうした余裕があるはずがなく、気持ちがまま攻撃を開始することにした。
右手にボールを持ち、ユアたんを睨み付けつつも構える。
「なにそれ? 新しい武器?」
すると、ユアたんが意外そうな表情で聞いてきた。
見たこともないモノを見て、強い好奇心を持って興味を抱く子供のように目を輝かせている。しかし、友紘は答えることなく、やにわにボールを投げつけた。
その攻撃をユアたんがかわす。
友紘はそうした動きを予測していたのか、視認すると同時に左側に向かって駆け出した。さらにユアたんの後方に目を向けて、ボールの動きを確かめる。
ボールは障壁を作って、友紘の方向へと戻ってこようとしていた。
先ほどまでストレス解消に雑魚モンスターを倒していた甲斐があったらしい。一度投げたボールは、必ず主の元へ自動で帰ってくるようにプログラムされている。
そのことを理解した友紘は戻ってきたボールをキャッチすると、今度はユアたんのいる方向とはまるで明後日の方向に投げつけた。
そんな姿を見てだろう。
「どこ投げてるの? ボクはこっちだよ」
と、ユアたんから嘲り笑う声が漏れる。
友紘は気にすることなく、拳を振り上げてユアたんに突撃していった――が、途端に捕まっていたプレイヤーが押し出されるように開放される。
当然、それは友紘の行く手を阻む壁となった。
それでも、友紘は臆せずにプレイヤーを左手で退けて突き進む。すでにユアたんとの距離は3メートルまで縮んでおり、あとは足を踏み込んで拳を大きく振り下ろすだけだった。
相対するユアたんは一歩も動いてはいない。それどころか、友紘の攻撃を楽しみにしていると言わんばかりの表情で見ていた。
「そんな稚拙な攻撃がボクに当たると思ってるの?」
その一言からも、万が一にも攻撃が当たることがないと思っているらしい。友紘はその慢心を打ち砕いてやろうと、さらに近づいていった。
刹那、友紘とユアたんの前をなにかが通り過ぎる。
それは顔の大きさほどの球体状のモノで、時速100キロは出ているであろう猛スピードで左から右へと駆け抜けていく。
しかし、友紘は驚かない――むしろ、驚いた表情を見せたのはユアたんの方だった。
その隙を突いて、右の拳を振り下ろす。ところが寸前のところで我に返ったユアたんによって、その一撃はかわされてしまった。
友紘は諦めることなく、2撃、3撃と連続して攻撃を繰り出した。
「無駄だと何度言えば――」
と、ユアたんが言いかける。
しかし、右からなにかが飛んでくることに気付いたらしく、後方に下がって回避しようとしていた。友紘はその隙を逃がすまいと、右足を強く踏み込んで拳を上から叩き付けるようにして振り下ろす。
直後、ボールが友紘の視界に入る。
ボールは友紘が振り下ろした拳の指先の部分に当たり、軌道変更を余儀なくされた。そして、大砲玉のごとく強烈な勢いでユアたんの顔面に叩き付けられた。
まるでドッジボールをしている感覚だ。
友紘の一撃は意外な形でユアたんにダメージを与えることとなった。
けれども、レベル差がありすぎるため、そのダメージはユアたんにとって微少なモノ。それでも、友紘がはじかれて戻ってきたボールを手にしたとき、ユアたんの顔は驚きに満ちていた。
左手と右手で軽くキャッチボールをしながら友紘が言う。
「どうだ、少しは驚いたんじゃないか? いや、少しどころって顔じゃないな」
「……ああ、とてもビックリしたよ。でも、こんなんでボクが倒せると思ってるの」
「もちろん、思っちゃいねえよ。だけど、テメエを倒す反撃ののろしにはなっただろうがっ!」
「果たして、そうかなぁ~?」
「なにを減らず口を――」
と言いかけた直後。
ユアたんの姿が目の前から煙のように消える。すぐに目で追おうとしたが、突然襲われた腹痛に確認することを諦めざるえなかった。
原因を突き止めようと、顔を下方へとうつむける。
すると、左腹部の端から銀色の鋼らしきモノが貫いていた。しかも、それは明らかに友紘の腹部を貫通しており、描画しているデータの一部が欠損したみたいにノイズがかっている。
それを見た瞬間、友紘は刺されたことを悟った。
さらに後ろを振り返ると、消えたはずのユアたんが抱きつくようにして友紘を見ていた。どうやら、その手には身体を貫く剣の末端を携えているらしかった。
友紘はそのことを知るなり、手に持っていたボールを残された力で前方に思いっきり投げつけた。
ボールは不意に現れた障壁にはじかれ、別方向へと飛んでいく。その勢いは落ちることなく、無数に現れた障壁を線で結ぶように飛び交っていた。
そして、ボールはターゲットと定めたユアたんに幾度となく当てられる。
もちろん、ダメージなど出ない――いくら当てても、防御力がありすぎて1か0しか表示されなかったのである。
徐々にHPがなくなっていく中、友紘は「最初から勝負にならなかったのだ」ということを思い知らされた。そして、諦めて死亡状態になるのをまとうと目を閉じようとする。
ところが何度も当てているウチに徐々にボールの威力が増していることに気付く。しかも、ヒットすればヒットするほどその力は増しており、まるで防御力などなかったかのようにダメージを与えている。
しかし、友紘の身体はそれを見せられたところで感覚を失った。
友紘は再びユアたんに敗北した。
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気付くと、目の前には「蘇生を受けますか?」というメッセージがあった。
友紘が素直に「受諾」とつぶやくと、真っ暗だった視界が青と白のコントラストの景色に移り変わる。それでようやく友紘は自分が殺されたことを知った。
茫然とした様子で、小さく「そうか」とつぶやく。
すると、突然頭の上から「クルト」という幾人かの呼び声が聞こえてきた。その声はてんでバラバラで、友紘が生き返ったことに慌てて気付いたらしかった。
チラリと目線を上げる。
そこには、風雷房のメンバーの姿があった。右から泰史、祐鶴、光紗姫、燦の順番に並び、心配そうなに表情で覗き込んでいる。
友紘は自ら無様さを笑いながら言った。
「……俺、ユアたんにまた負けちまったのか」
その一言はとてつもない重みを持っていたらしい。
視界に映る誰もが顔をうつむけて、一様に答えようとはしなかった。しかし、すぐに祐鶴が強い眼差しを向けてきた。
「クルト君。どうして、むやみに戦おうとした? アイツと殺りあったところで勝てるわけがない」
「やってもいないのに諦めるなんて、俺は絶対にイヤだったんだ」
「なぜそう強情を張る必要がある? 失うのは、経験値だけじゃないか」
「別にいいさ。俺はなにがなんでもアイツに一矢報いたかったんだ」
「どうして、そこまでこだわるんだ? いずれゲームから駆逐されるであろう相手にわざわざ立ち向かっていくなど、愚か者のすることだぞ」
「……バカと言われようが、アホと言われようがどうでもいい。俺の怒りは3年前からずっとアイツに向けられてたんだ」
と話す友紘。
その気持ちの裏には、ゲームに対する並々ならぬ思いがあった。
忘れられたくても忘れられない強い悔しさ――友紘は、それを祐鶴に吐露した。
「……話したことなかったけど、俺にとっての初めてのMMORPGは前作『エターナルファンタズム1st』なんだ。3年前、俺はちょうど新米冒険者からMMORPGというモノが楽しくて楽しくてしょうがない中級冒険者になったばかりだった」
「3年前? ということは、本物のユアたんが現れた頃か?」
「そうだよ。そして、そんな楽しい気持ちをコイツのPKで台無しにされた――PKなんて気にしなければどうって事はないんだろうけど、コイツに何度も殺られてるウチに気が済まなくなったんだ」
「しかし、3年前のユアたんと目の前にいるユアたんが同じとは限らないではないか?」
「確かにそうかもしれない。だけど、愉快犯だとしても、俺は絶対に許せなかった」
「クルト君、君はまったくもってどうしようもないバカだ」
「なんと言われても構わないさ、俺はアイツを倒したかった……みんなを助けられるヒーローになりたかったんだ」
悔しさに顔を覆い隠す。
その瞬間、友紘の目尻のあたりから涙が頬を伝って流れ出ていた。完全に覆い尽くすことのできない顔の一部から覗かせる涙は、とても悔しかったんだということを現している。
「クルトよぉ、なにもそんな無茶しなくたっていいじゃねえか。リベンジしたいならリベンジしたいで、俺たちを頼ってくれたっていいんだぜ?」
「そうだよ、にぃーた。その結果、全員死んじゃっても減るのは経験値だけなんだしさ」
「まったくもってらしくもないぞ、拳王の末裔よ――我らはみな一蓮托生。大いに楽しんで、大いに砕け散るのもまた一興ではないか」
と、泰史たちから励まされる。
友紘はその励ましに仲間の頼もしさを強く感じさせられた。
「……ありがとう……みんな……」
感謝の言葉を口にする。
それは無意識に出た言葉で、友紘自身をも驚かせた一言だった。それから、友紘は泰史の手を借りて起き上がり、全員を連れだって町に戻ることにした。




