第1節「海底大空洞に挑め!/その1」
【本日、バージョンアップがおこなわれました! アップデート内容については、バージョンアップ情報をご覧ください。また10/31(木)までオープンベータ開始以来初となるレイドダンジョン「海底大空洞に挑め!」を開催します。こちらもバージョンアップ情報をご覧ください。】
10月17日。
颯夏がログインしなくなった翌々日の木曜日にバージョンアップは行われた。
アップデートを終えた友紘はログインするなり、今日から2週間限定で始まるレイドダンジョンイベント「海底大空洞に挑め!」に祐鶴の知り合いがオーナーを務めるコミュニティと共に参加することとなった。
ところが問題が起きた。
祐鶴の知り合いが「他のコミュニティも参加させていい?」というTCメンバーからの頼みを引き受けてしまったのである。
それだけなら、まだ良かっただろう。しかし、問題は安請け合いで参加することとなったコミュニティというのが、他ならぬミカリン率いる『クローバーラウンズ』だったのだ。
当然、合流した相手が彼らであるというに風雷房のメンバーは驚かされることとなった。
「……申し訳ないです。まさか夕凪さんたちがあの人たちと揉めているなんて知らなくて」
祐鶴のフレンドだというロイが謝罪の言葉を口にする。
白銀のプレートメイルとヒルトの部分に豪華な装飾が施された片手剣という装備は、オリエと同じナイトでも格の違いを見せつけていた。
しかも、目の前で深々と低頭する姿からは誠実さがうかがえる。
友紘はそうした所作を見て、ロイにはいっさい責任がないことを感じ取った。どこぞの傍若無人なオーナーとは大違いである。
それだけにロイの謝罪を受け入れた。
「いや、仕方ないですよ。ロイさんは、結局俺らの人数だけじゃ不足だったから、数あわせで引き入れたんですよね?」
「そうです。朝から『そしたら掲示板』の攻略板に張り付いて、どうにか攻略方法を考えていたんです。でも、僕のTCと夕凪さんのTCでユニオンを組んだとしても、どうしても人手が足りなくて……」
「ちなみにどの職業が足りなかったんですか?」
「ナイトと魔術士、それとやはりヒーラーですね」
「ナイトか……」
友紘はその言葉にオリエの顔を思い浮かべる。
この場にオリエがいれば、どんなに心強かっただろう? そんなオリエは、日曜日のオフ会以降ログインしておらず、友紘の心に暗い影を落としていた。
だが、クヨクヨしているワケにもいかず、友紘はゲームに専念することで忘れようとした。
「う~ん……。やはり、オリエ君さえいれば、この状況も違っていただろうなあ」
考えていることを見透かしたかのように祐鶴が口を開く。
友紘はハッとなって我に返り、即座にそのことを否定した。
「いないモノは仕方がないよ……。とにかくナイトと魔術士、それとヒーラーがいればいいんですよね?」
と、誤魔化すように言葉を紡ぐ。
その質問に対して、ロイが代弁するように答えた。
「ええ、戦力的に足りないのは、その3つのジョブなんです。ミカリンさんのところと合わせれば、どうにかクリアできそうな戦力が整うという状況なんですが……」
どうやら、苦渋の選択を迫られているらしい。
友紘はそれを知って、改めて祐鶴に判断を仰いだ。
「夕凪さん、どうする? 俺らだけじゃやれないみたいだよ」
「一応聞くが、ミカリンさんところと一緒にプレイするのはアリか?」
「背に腹だったら、それは考えるよ……。でも、極力組みたくはないね」
「……だろうな。しかし、私がアテにしていたフレはリアルの都合でログインできなくなったワケだし、いまから募集をかけても現在進行形で勧誘合戦の真っ只中だ。この状況でわがままも言ってられんぞ?」
「だったら、俺は募集をかけて待つという選択肢を選ぶよ」
と夕凪に向かって、強い意志を示す。
友紘にとって、それだけミカリンと組むことなどありえなかった。チラリと後ろを振り返ると、遠くの方で光紗姫が燦と泰史の2人と戯れていた。
明らかにミカリンを避けている――
そう感じ取った友紘は、自分の意思も含めて、極力ミカリンと一緒になることを避けるべきだと考えた。しかし、相反して祐鶴の考えは違ったらしい。
次の言葉には、まったく異なる考えが含まれていた。
「私は君に同調したいとは思っている――だが、ミカリン君のTCを省いた場合、その分の人数を募集しなければならないことも承知してくれ」
「わかってるよ。だけど、どうしてもアイツとは……」
「だいたいジョブはどうする気だ? 特定のジョブが必要という緩い縛りがあるとはいえ、バランスを考えなければ前衛一色になってしまうこともあるんだぞ」
「そのあたりは、夕凪さんが前衛と後衛のバランスを気にしながら集めてよ」
「ほほう……。私が集めること前提なのか」
「な、なにさ?」
「ならば、君に問おう――今日は初日で、どこのユニオンもメンバー集めで必死。しかも、まだオープンベータ版なだけに複数のメインジョブをこなしてるヤツの方が希少という条件下で、いったい集まるのにどのぐらいの時間を要すると考えているんだ?」
「……そ、それは……その……えっと……」
反論できなかった。
いや、正確には代案が出せなかったと言うべきだろう。友紘は強気でメンバーを公募するつもりだったが、祐鶴の一言に打ち負かされた。
「とにかく、みんな限られた時間の中でこのゲームをプレイしているんだ。クルト君が不満を漏らすのもわかるが、時間もあまりないし、この1度だけだと思ってどうか組んでくれないか?」
「……わかったよ。代案が出せない以上、ミカリンと組むよ」
「すまない。次からはミカリン君と組まないよう配慮する」
「約束だからね?」
と言って、友紘はミカリンとレイドダンジョンに望むことを了承した。
それから、祐鶴・ロイ・ミカリンの3人が集まって話し合いが行われた。おおよその内容は、予定通り集まった3つのコミュニティでユニオンを編成し、レイドダンジョンに挑むということだろう。
10分後。
祐鶴がパスチャット越しに話しかけてきたことで、会議が終わったことを無言で示してきた。
『お疲れ――編成とかどうなった?』
『ああ、とりあえずは決まったよ。だが、ちょっとだけ悪いニュースがある』
『……もしかして、ミカリンがまたなにか言ったの?』
『護衛代を支払うから、そしたら掲示板の速報板でドロップ報告されてたSレア武器をよこせと言ってきた』
『はぁぁぁああああ~っ!?』
あまりのご都合主義的な発言におもわず声を上げる。
それぐらいミカリンの提案はヒドいモノだった。
なにせ、友紘としてはみんなでイベントを楽しんで、そのうえでアイテムを恨みっこなしのロット勝負で分かち合おうと思っていたのである。
そうした雰囲気での中の小間使いは、決して我慢できるものではなかった。
途端に風雷房のメンバーからも落胆の声が上がる。
『フッ、我らもよもや舐められたものよ』
『もぉ~やだぁっ! アタシ、もうあの人と組みたくないよぉ~』
『俺も同感――つか、馬鹿にされてるよな?』
やはり、全員ミカリンに対して一定の不満があるらしい。友紘はそのことを感じ取り、全員の声を代表するように祐鶴に言おうと思った。
けれども、とっさに祐鶴が諫め始めたことで、発言するタイミングを逸してしまう。
『待ってくれ。話はまだこれで終わりじゃない』
『終わりじゃないって? その後になにがあるっていうのさ』
『つまり、いまの発言は合議で出た発言の一部でしかないということだ』
『一部でしかない……ってことは?』
『ああ、即座に断ったさ。それでこちらが交渉する番になったんで、色々とあちらに都合の悪い条件を突きつけてやったよ』
『――例えば?』
と夕凪を問い質す。
しかし、祐鶴は邪悪な笑みを浮かべて「聞きたいか?」と訊ねていた。さすがの友紘も聞いたら後戻りできない雰囲気に気づき、発作的に身震いを起こした。
『や、やめとくよ……。なんか聞いたら、地獄の一丁目まで行って戻って来れなくなりそうだし』
『おいおい、そこまでえげつないことをしたつもりはないぞ? んまあ1つだけ挙げるとするなら、ヤツが所持しているSレア武器と入手したSレア武器の交換の提案だな』
『それって意味あんの? もし仮にアイツが価値の低いSレア武器出してきたらおしまいじゃん』
『そこは同等の付加価値のある武器を出せと念押しで言っておいたさ。もちろん、結果的にヤツが応じることはなかったが』
『じゃああとは相手の口を封じておしまいだったってこと?』
『そういうことだ。護衛の件も最初にデカイ金額をふっかけておいたんで、ミカリンもすぐに諦めたよ』
『なぁ~んだ。じゃあこれで安心だね』
『……ホントにそれで終わってくれるといいんだが……』
とっさに出た祐鶴の懸念に友紘が首をひねる。
なにか引っかかることがあるのだろう――友紘は恐々としながら、祐鶴に訊ねた。
『どういうこと?』
『昨日、彼女の良くないウワサについて色々と調べてみたんだが、あまりにもヒドくてな』
『あ~まあ晒し板に晒されるぐらいだからね』
『フィールド型レアモンスターの横取りは当然。気に入らないパーティのPKも平気でやるうえにアイテムの売買詐欺までやったらしい』
『完全にアウトじゃんっ、ソレ』
『クルト君がミカリンについて、どの程度調べたかはわからんが……。念には念をで、イベント中も気は抜かない方がいい』
『わかった。そうするよ』
それから、友紘たちは準備を整えてレイドダンジョンに挑んだ。




