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GLOBAL SHOUT!  作者: 丸尾累児
Chapter2「お嬢様、オフ会にお急ぎください」
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第10節「悪劣なオーナーと招かざる客/その4」



「颯夏、ここでなにしているの?」


「えっと、あの……友達とお茶会ですわ」


「そうなの? でも、ここには中学生っぽい子もいるみたいだけど、どういったお友達なのかしら?」


「そ、それは……」



 千春の質問に颯夏が口籠もる。

 友紘は颯夏の様子がおかしいことに気付き、見かねて口を挟むんだ。



「……あの、どなたか存じませんが、いまはオフ会中です」


「オフ会中? アナタは誰なの?」


「スミマセン。俺は山吹さんのクラスメイトで槻谷友紘って言います」


「まあ颯夏のご学友なのね」


「はい、それで今日はいつもやっているゲームのメンバーで集まって騒ごうっていう集まりだったんです」


「……ゲームですって?」


「そうですけど?」



 友紘がゲームという言葉を口にした途端、千春の様子が一変した。なにやら、ただならぬ顔つきで颯夏を見ており、友紘が口出ししてはいけないような雰囲気だった。

 しかし、名乗ってもいない相手に臆するわけにもいかない。

 友紘は禁を破るように女性の名前を尋ねた。



「ところで、アナタはいったい誰なんです?」



 その問いに女性は答えなかった――正確に言えば、目を閉じて深い溜息をつき、友紘をギロッと睥睨していたのである。

 まるで答えるのも汚らわしいといった目つきだったが、友紘の質問に仕方なく答えようとしていた。



「……山吹千春です」


「えっ、じゃあ山吹さんのお姉さん?」


「そうです」


「ああ、さっき山吹さんの話に出てきたお姉さんですね」



 と、光紗姫が自己紹介したときのことを思い返す。

 そのときにチラリと「姉がいる」という話をしていたはず――友紘はそれを思い出して、目の前にいる不機嫌そうな千春がそうであることを確信した。



「颯夏が私のことを話したのかはわかりませんが……。このような場所に颯夏を連れてくるのはやめてください」



 千春の口から突拍子もない言葉が発せられる。

 そんな発言がなされるなど思いもよらず、友紘の頭の中は一瞬のうちに真っ白になった。


 突然、横に座っていた颯夏が叫び声を上げる。



「お姉様っ!」



 姉に対する抗議の叫びなのだろう。

 しかし、その勢いは鋭く睨み付ける千春の威圧に飲まれ、あっという間に風船のようにしぼんでしまった。それでも我慢ならないのか、颯夏は息を呑んで自らの意見を口にしようとしている。


 友紘はそんな颯夏を助けることもできず、ただ傍観することしかできなかった。



「わ、わ、わたくしが望んでここやってきたのです……。それに皆さんとゲームを楽しむことがそんなにいけませんか?」


「颯夏。アナタ自分がなにを言っているのか、理解しているの? ゲームなんて、所詮子供の遊びよ。これから大人になろうって言う高校生がやるような代物じゃないでしょ」



 その千春の発言は、友紘にとって衝撃的なものだった。


 それだけに許しがたかったのだろう。友紘はとっさに心の奥底から怒りのマグマを吹き上がらせ、席を立つと同時にテーブルを叩き付けた。



「高校生がゲームをやっちゃいけないってなんですかっ!」



 器量の狭い人間――

 それが千春に対する友紘の印象だった。それだけに溶岩を叩き付けながら、噴火し続ける火山のごとく沸き上がった怒りは収まらなかった。


 友紘の一言に千春が反論してくる。



「槻谷君とおっしゃいましたよね? 少なくとも、わたくしは高校生がゲームをやっている場合ではないと思います。たった3年の間に進学か就職か決めなくてはいけないのですから、その準備のための時間を作る必要があるんじゃないかしら?」


「確かにお姉さんの言う通りかもしれませんよ。でも、俺たちにとっては遊ぶことも重要なんです!」


「わたくしもまだ大学生ですから、その気持ちは理解できます。ですけど、いずれは社会にでなきゃいけなくなる。もしそうなったとき、アナタは社会のすべてを受け止められますか?」


「そんなのわかりませんよ。俺は社会人じゃない――まだ学生です」


「『まだ』ね……。でも、その受け止め方はどうなのかしら?」


「そういうお姉さんの方こそ、どうなんです? こんなところで友達と遊んでいてもいいんですか?」


「わたくしは、もう父の会社に入ることが決まってます。それに対して、颯夏はまだ学ばなければいけないことがたくさんあるんです。あなた方が邪魔していいことではないわ」


「それをどうして実のお姉さんが言わなきゃいけないんですか。山吹さんには、アナタにとっては短いかもしれない。でも、いまを楽しむ権利ぐらい彼女にはあるんじゃないですか」


「いまを楽しむ……? ゲームでですか?」


「その楽しみ方だって、1つの選択肢だと俺は思います」


「けど、ゲームというのはエンディングがあるんでしょ?」


「……なにが言いたいんですか」


「つまり、ゲームにはエンディングがあるけど、人生のエンディングはそう簡単に終わるモノではないということです。それをどういう風に生かすかは、結局本人次第ですが」



 と言われ、友紘は言葉を詰まらせた。


 決して間違っているわけではない。

 しかし、同時にそれは遠い先の未来のことのようで実感がわかなかった。友紘にとって、なにより『いまが大事』である以上、VRMMOでみんなと集まってワイワイやるのが当たり前だと思っていたからだ。




 けれども、千春は違う――。



 千春は自分を律して、きちんと先のことまで考えている。しかも、妹の将来まで考えており、まだ実感のわかない友紘とは大違いだった。

 とはいえ、姉が妹のやることにいちいち口出しするのも間違っている。


 友紘はその考えから、千春を前に反論した。



「確かにそうかもしれません。俺は先のことなんてこれっぽちも考えちゃいないですけど、いまが楽しいことだって将来なんかの役に立つかもしれないじゃないですか」


「それは使うかもわからない備品を大事に取っておくようなモノですよ。槻谷君にとっては必要なことなんでしょうけど、颯夏までそれに巻き込むのはやめてちょうだい」


「それを決めるのはお姉さんじゃありませんよ――決めるのは、妹さんです」


「そうね、確かに決めるのは颯夏だわ。でも、周りが言ってあげなければ状況が変わらないことだってあるのよ?」


「いらぬお節介ですよ、そんなの」



 じっと千春の顔を睨み付ける。

 けれども、そんなことをしても千春が折れる様子はなかった。むしろ、「自分は間違ってない」と言わんばかりの強硬な態度を示している。

 

 友紘はどうにか言い負かそうと、次の言葉を紡ごうとした――が、途端に「もうやめてください」という声が上がったため、口からその言葉が発せられることはなかった。


 とっさに顔を左に向けると、颯夏が座ったまま身体を小刻みに震わせていた。目には涙を溜めており、拳を握って必死に泣くまいとこらえている。

 そんな姿を見せられては、さすがの友紘も口をつぐむしかなかった。


 友紘は千春と言い争うことをやめ、代わりに止めた理由を颯夏に訊ねた。



「いいの、山吹さん? せっかく楽しくなり始めたゲームをお姉さんの一言でやめることになるかもしれないんだよ?」


「わかってますわ。ですから、そのことはわたくしの口からお姉様にお話しさせていただきます」


「だったら、俺も説得するのを手伝うよ」


「槻谷君は本当にお優しいのですね。本当にあのときのまま……」


「え……っ!?」


「このことはわたくし自身で解決しますわ――なので、どうかお構いなく」



 そう告げる颯夏の姿は、どこか寂しげな様子だった。


 友紘はそのことに気付き、今一度颯夏に力になろうと思った。しかし、颯夏はそれよりも早く、千春に向かって語りかけていた。



「お姉様。このお話は家に帰ってからにしませんか?」


「ええ、いいわ。これ以上、和やかなこの場の空気を悪くしては申し訳ないものね」


「ご配慮ありがとうございます」


「渡辺を呼んでちょうだい。いますぐお屋敷に帰って、お母様と3人でこの問題について話し合いましょう」


「わかりましたわ」



 と姉妹らしからぬ会話がなされる。


 それは、なんだか友紘の知っている仲の良い兄妹や姉妹という雰囲気ではなかった。まるで一族の掟に縛られて、血の繋がった近しい存在であることを忘れてしまっているかのようである。



 友紘はどうにか一言言おうとしたしたが、通路側からテーブル席に座る一同に向かって深々と一礼する颯夏の姿に口を閉ざさざるえなかった。


 頭を上げた颯夏が口を開く。



「……皆さん。本日はお誘いいただいたのに、大変お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」



 凛とした姿に誰もが言葉を返そうとはしなかった。

 しかし、寸刻して向かいの席に座る祐鶴が語りかけた。なにも話さないまま、帰すわけにはいかないと思ったのだろう。

 友紘はそうした2人の姿を見続けた。



「山吹さん、せっかくみんなと楽しんでいるのだ。私は帰るなら、それからでも遅くはないと思うが?」


「いいえ。わたくしはこの件を早急に話し合わなければならないようですので……」


「君の家の事情については、深くは突っ込まない。だが、君がいなくなることで寂しく思う人間がいることも忘れないでくれ」


「はい、お気持ち感謝いたします。今日は本当に楽しかったですわ」



 言葉が途切れると同時に颯夏と目が合う。

 その瞳には、小さな水たまりができている。目尻から頬へとたどっていくと川のように流れた跡が残っており、先ほどより小粒になっていることを現していた。



「槻谷君。わずかな時間でしたけど、わたくしのわがままに付き合っていただいてありがとうございました」


「待ってよ、山吹さん。お姉さんにそう言われたからって、別にやめることないじゃない!」


「わかってますわ――でも、無理なんです」


「せめてもう1回だけでもログインしてみない? 俺もお姉さんを説得するからさ」


「お気持ちはありがたいですが、これ以上いると未練が残ってしまいますわ」


「……山吹さん……」


「短い間でしたけど、楽しかったですわ。また学校では、普通にお声をくださいまし」



 颯夏が鼻水をすすって、右手で涙を拭う。

 その姿は「もうなにも言うな」と語っているようにも見える。友紘は返す言葉を見失い、「ごきげんよう」と去って行く颯夏の後ろ姿を見送ることしかできなかった。



「……大丈夫か、槻谷」



 その声にふと我に返る。

 気が付けば、目の前には祐鶴が立っていた。

 いつものように眉間にしわを寄せ、険しい表情を見せている。しかし、そんな顔とは裏腹に友紘を心配してか、口から溜息を漏らしていた。



 中庭のベンチに腰を掛け、ボーッとしながらコッペパンをほおばる友紘に声を掛けていたのだろう。

 友紘はたどたどしく返事をかえした。



「あ、ああ……。ゴメン、なんかボーッとしてた」


「山吹さんのことか?」


「うん、まあそうなんだけど」


「今日は休みだったからな。日曜日のあの現場にいた人間なら、誰だって心配になるさ」


「ゴメンね。なんか俺、委員長にまで心配させちゃったらダメだな」


「気にするな。山吹さんの件は、私とて気になっているんだ」


「……だよね。委員長が『私は委員長などではない』って返さないのもおかしいと思ってたし」


「それに対しては、明確に抗議したいものだな」


「じゃあなんて呼べばいい?」


「呼び捨てのうえ、『祐鶴』で構わんぞ」


「あ、えっ……いいの?」


「堅物の私に乙女心なんぞ説かれても無駄だしな。せっかくゲームという共通の趣味で、クラスメイトから友達に格上げになったんだ。そのぐらいは許すさ」


「オッケー。それじゃあ祐鶴って呼ぶね」


「あ、もちろんゲーム内はコテハンで頼むぞ」


「わかってるって!」



 そんな話をしているうちは気が紛れた。

 だが、会話が途切れると颯夏のことを思い浮かべてしまう。友紘は颯夏に訊ねられた「幼い頃に出会った」という出来事を必死に思い出そうとした。

 しかし、記憶のどこにも颯夏らしい少女の顔は見当たらなかった。



(やっぱり、山吹さんが勘違いしてるだけなのかな……?)



 そうこうしているうちに昼休み終了のチャイムが鳴ってしまう。

 友紘は手にしていたコッペパンをオレンジジュースと共に胃へ流し込んだ。それから、立ち上がって祐鶴に「戻ろう」と呼び掛けると教室へと急いだ。




 翌日の水曜日、颯夏は普段通り登校してきた。

 教室に入ってくるなり、颯夏はいつも通りの愛想を振りまき始めた。

 そして、何ら変わりなくクラスの女子たちと談笑していたが、心なしかログイントークンを落とす前の状態に戻ってしまったようにも見える。



 友紘はそんな姿に一抹の不安を覚えた。



 案の定、帰宅してログインした友紘が見たモノは『オフライン』と書かれたリストに記載されたオリエというプレイヤーネームだった。






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