第7節「悪劣オーナーと招かざる客/その1」
颯夏と共にクエストをこなした日から数日後。
「はぁっ!? そんな戯れ言、言わせておけばいいでしょ?」
と面と向かって、銀髪の少女が言う。
長い耳、端整な顔立ち、パーマがかったロングヘアは、容姿の美麗さと清楚なイメージを醸し出している。しかし、それとは真逆の悪態をついたような口調が見た目の良さを損なわせていた。
少女は何者か――?
ハッキリ言ってしまえば、彼女は光紗姫が所属するTC『クローバーラウンズ』のオーナー「ミカリン」である。今日、友紘が彼女と相対することとなったのは、光紗姫がそしたら掲示板の晒し板に晒されてのことだ。
そのことが起因してか、ミカリンは終始不機嫌だった。
「だいたい、私も被害者よ。どうして、その被害者に部外者連れて当たってくるわけ?」
「……それはミカリンさんが少々やりすぎ……というか……なんというか……」
「私がやり過ぎてる? いつそんなことしたっていうのよ!」
「とにかく妹はアンタの行き過ぎた行動のせいで、あんなところに晒されるハメになったんだ。TCのオーナーならもう少し慎重になれよ」
「シスコンの兄貴は出番じゃないわ、黙ってなさいよっ!」
「妹が大泣きして困ってたから、出張ってきたんだろ。そのぐらい理解しろよ」
そう言って、友紘が声を荒げて反論する。
しかし、それでもミカリンは聞く耳を持とうとはしなかった。
それどころか、しかめっ面つきで「知らないわよ」と一蹴したのである。さすがの友紘もその一言には、青筋を立てておもわず手を上げそうになった。
逼迫した事態は、さらに悪い方へとエスカレートしていく。
「とにかくだ。妹を困らせるような真似はしないでくれ」
「ふんっ、わかったわよ。これ以上騒がれても迷惑だから、その点だけは覚えておいてあげる」
「……んだよ、その態度は?」
「なによ? ちゃんと謝ったでしょ?」
「それのどこが『謝った』だよ。オマエさ、そんなのちゃんと謝ったって言えねえよ」
「謝ったわよっ!! それでももう一度私に謝らせたいって、アンタ何様ぁ?」
「……オマエこそ、何様のつもりだ? 妹から聞いた話じゃアイテム占有していらないアイテムだけ分配するわ、他のユニオンが瞬間的に敵対値をゼロにしたところを横取りするわ、正直やり方がヒド過ぎるだろ」
「主催権限よ。それのどこが悪いって言うのよ?」
「前者はそうだとしても、後者はオマエの悪意だだろ。そんなことされたら、誰だって反感買って晒したくなるわな」
「だから、部外者のアンタがいちいち口出しすることじゃないでしょっ!?」
「そうやって、部外者扱いして自分のことは棚に上げるつもりかよ」
「なんですってっ!?」
「上等だっ、やってやらぁ!」
と発した途端、両者は互いの衣服を掴んで取っ組み合いになった。
ここまで来ると、もはや話し合いなどではない――ただ泥を掛け合うだけの口喧嘩である。友紘は夢中になって、ミカリンの衣服を引っ張った。
「やめんかっ、2人とも!」
「そうですよ、団長」
そんな状況の中、とっさに2人分の叫び声が耳に入ってくる。
1人は友紘を羽交い締めにしているせいか、その姿を確認することはできなかった。しかし、いつも聞いている声であったため、すぐに一緒に同行してくれた夕凪だとわかった。
しかし、もう1人のおかっぱ頭をした少女には心当たりがない。ミカリンの後ろに立って、必死に押さえつけようとしているあたり、おそらくクローバーラウンズのメンバーなのだろう。
友紘は取り押さえられながらも、相対するミカリンを何度も罵倒し続けた。
しばらくして、友紘は落ち着きを取り戻した。けれども、心の中ではタキギさえあれば再燃する下火のように気持ちがくすぶっている。
夕凪から腕を放されてからも、それは変わりなかった。だから、友紘は鋭く睨むミカリンと張り合うように強い眼差しを向けた。
やがて、夕凪が代弁しようと間に割って入ってくる。
「とりあえず、両方とも感情的なるのはやめるべきだ」
「そっちが先に突っかかってきたんじゃない!」
「んだとっ!?」
「抑えろ、クルト君。相手の挑発に乗ってたら、話せるモノも話せないではないか」
「だけどさ、夕凪さん。コイツ、俺らが『話し合おう』ってメールやら妹やら使って伝えたにもかかわらず、ガン無視しやがったんだ。そんなヤツがまともに話を聞くとは思えないよ」
「それをどうにか聞いてもらおうと来たのではないのか?」
「……そりゃあ……そうだけど……」
「それに我々は自己紹介すらしてないんだ。まずはそこから状況を整理していこうじゃないか」
「はぁ~わかったよ。夕凪さんの言うとおりにする」
「よろしい。ミカリンさんもいいですね?」
「勝手にすれば?」
「では、遠慮なく……」
そう言うと、夕凪がわざとらしく「コホン」と咳払いをする。
友紘はそれを見て、夕凪がこれから行おうとすることに不安を感じながらも、その様子を傍らでじっと見守ることにした。
「私の名前は夕凪。ここにいるウサ猫君、クルト君の兄妹が所属するTC『風雷房』のオーナーをやっている者だ。今回はそしたら掲示板に書き込みされた内容について話し合いに来た」
「話し合ったとしても、私は全然悪くないからね……?」
「そう言われると、どう話し合ったらいいかわからんな」
「だったら、とっとと帰って欲しいものね」
「団長、そんなに邪険にあしらわなくても……」
「ソニアは黙ってて!」
ミカリンの一喝にソニアと呼ばれた少女が口籠もる。
さきほどミカリンを取り押さえていた勢いはなく、少し言われただけで瞬く間にシュンとなってしまった。見るからに内向的な性格である。
たまたま居合わせたのか、友紘たちが押しかけてきた当初からオドオドしていた。友紘はそうした様子から「主要メンバーではないな」と思った。
不機嫌そうなミカリンが言葉を発する。
「とにかく、掲示板のことに関しては互いに気にしないってのが、一番火種にならないと思うのだけれど――違うかしら?」
「それに関しては同感だ。しかし、私としてはこの問題がそれだけで済むとは思っていない」
「どういうこと?」
「そちらも今回のことを指摘したウサ猫君のことを快く思っていないだろう? もちろん、ウサ猫君も君たちクローバーラウンズにいることはとてもつらいことだと思う」
「――だからなによ?」
「そこで提案なのだが、ウサ猫君の脱退を許可してはくれないだろうか」
突然の提案に友紘を含めた全員が驚く。
確かに言われてみれば、そうするのが一番後腐れなく済むのだろう。友紘がチラリとウサ猫の顔色をうかがっても、反発する様子は見られなかった。
そうしたことから、夕凪の対処は妥当と言える。
友紘はミカリンの返答が気になり、その顔をじっと見続けた。
すると、あっさりと「好きにすれば?」という返事がかえってきた。若干ふてくされ気味でなんとなく腹立たしい口調だったが、これで解決を迎えられる。
それを安堵してか、
「颯爽とした返事に感謝する」
と夕凪が謝辞を述べていた。
(……これでこの問題もようやく終わりだな)
そう思って、友紘はきびすを返して帰途に就こうとした。
「その代わりさ、手切れ金50万ペカリ払ってってね」
ところがミカリンがそう発したことで、反転する友紘の足は動きを止める。それどころか、向き直って大太鼓のような強い足音を立ててミカリンの方へと歩いて行く。
友紘の堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。
「いい加減にしろっ!! アンタ、いったい何様のつもりなんだよ!」
「抜けたいんでしょ? だったら、払いなさいよ!」
「フツー抜けるって言ったら、金なんか払わねえよ」
「マイルールよ? 悪い?」
「はっ、すんげえバカだな……アンタ」
「なによ、やろうっての!」
「上等じゃねえか!」
結局、この日は友紘とミカリンの盛大な喧嘩で終わった。
周囲も制止するので精一杯だったらしく、どうにか止め終わった頃には誰もが溜息をついていた。そして、問題の脱退については、ミカリンの無理難題を押しのけて「無条件での脱退」という決着を見た。
友紘は「ミカリンに二度と関わりたくない」と思った。しかも、その怒りはリアルに戻ってからもしばらく続き、学校で颯夏や泰史に漏らすほどのモノになっていた。
しかし、後日――
この問題は、別の問題と絡み合って再び表面化する。