第6節「遺恨残れども/その2」
「……えーっと、確か奥の家のNPCだったかなぁ~?」
道端で正確な場所を思い出せず、首をかしげて立ちすくむ友紘。
いまいるのは国境の町『セデラ』である。
もちろん、1人というわけではなく、その隣には四苦八苦する友紘を見る颯夏の姿があった。2人はお金稼ぎになりそうなクエストをやろうということでこの町を訪れたのである。
可能ならば、生産スキルを上げて生産した品を売りさばく――この方法が一番手っ取り早かったのだが、颯夏にいちからその基礎を教えるとなると、帰って手間になる気がしてならなかった。
故に友紘は何度でも繰り返し受けられて、なおかつ颯夏でもできるようなクエストを選択したのである。
「おそらくあちらの家ではないでしょうか……?」
と、本を片手に颯夏が北東の方角を指し示す。
友紘がその方角に顔を向けると、1軒の家が建っているのが見えた。周囲の家々が数軒ごとに固まって建てられているのに対し、その家だけはなぜか班分けであぶれた子供みたいに離れた位置にある。
それだけに友紘が探している家であることは、一目瞭然だった。
「アレだね」
「……ということは、あの家にいるNPCからクエを受注するのでしょうか?」
「そうみたい……って、俺も初めてだから勝手がわかんないんだけどさ」
「では、わたくしと一緒というワケですのね」
「まあそうなるかな……?」
友紘がそう言うと、唐突に颯夏が口元に左の拳を近づけて笑い出した。
その表情はなぜか楽しげで、クスクスッという目を細めて作る小さな笑いは、友紘におもわず「カワイイ」と思わせるモノだった。
しかし、同時に「なぜ?」という疑念が沸き立つ。
友紘はとっさにそのことを聞きたくなった。
「な、なんかおかしな事言った……?」
「いえ、クルトさんでもそのような事がおありになるだと思いまして」
「まあ俺は生産スキルでお金稼げるようにしちゃったしね」
「ああ、生産スキルですか」
「ん? オリエ、わかるの……?」
「はい。最近はわたくしも『一撃ゲームステージ』を愛読してますので」
「おおっ、そっかぁ~。じゃあこれでオリエも立派なゲーマーだね!」
「ゲーマー?」
「ゲームをたくさんやる人のことだよ。特にゲーム雑誌を買って、目新しくて面白いゲームを買うヤツなんかはソレに当てはまるんだ」
「では、わたくしもゲーマーということですわね」
「間違いなくね――って、話が脱線しちゃった」
「あっ、ゴメンナサイ……」
「いいの、いいの。まあそれだけオリエがこのゲームにはまってるってことだから」
「ですね」
「……でさ、話は戻るんだけど」
「はい、あちらの家でクエが受注できるんでしたよね?」
「とりあえず、行ってみようか」
と、颯夏と共に奥の家に向かって歩き出す。
ところが数歩歩いたところで、後ろから「あの……」という呼び声が聞こえてくる。友紘は足を止めて振り返り、その声の主の顔を確かめた。
すると、そこには1人の少女の姿があった。
耳元から垂れ流した薄紅色の揉み上げが印象的で、髪全体はフワッとして月のように丸くまとまっている。ただ切り揃えた前髪を真ん中で分けているため、ちょっと欠けて不格好な満月になっていた。
そんな髪をした瑞々しい青い瞳の少女に友紘は既視感を覚えた。
「あれ? 君って確か……」
どこかであったことがある――そのことだけはわかったが、友紘にはそれ以上のことがどうしても思い出せなかった。
友紘を手助けするように少女が話しかけてきた。
「はい。以前助けていただきましたよね……?」
少女の言葉に誘発され、不意に頭の中に鮮明な記憶が蘇る。それは、以前この近くで少女をゴブリンから助けたときのモノだ。
友紘はそれらのことを思い出し、堰を切ったように言葉を並び立てた。
「あ、思い出した。あのときのゴブリンに襲われてた子でしょ?」
「はい、あのときはありがとうございました」
「こんなところでまた会うなんて偶然だね……って、よく考えたら、この近くで助けたんだから当たり前か」
「……フフッ。でも、私もあれから成長していろんなところへ行けるようになったんですよ? このゲームにもだいぶ慣れましたし」
「それじゃあ、今日はどうしてここに?」
「クエをしに来たんです」
「クエって……。もしかして、同じヤツかな?」
と少女に問いかける。
しかし、後ろから声を掛けてきたため、その答えを聞くことはできなかった。友紘は呼びかけに応じて、その顔を振り向かせた。
とっさに颯夏から「どなたですの?」と訊ねられる。
友紘は少女を手で示しながら、包み隠すことなく答えた。
「一度前に助けたことがある人。えっと、確か名前は……」
ところが名前を言いかけたところで、口籠もってしまう。
以前会ったときに名乗ってもらっていたハズなのだが、不意のことに思い出せなかったのだ。喉元まででかかっているにもかかわらず、まったく少女の名前が思い出せない。
友紘は困惑の表情を見せた。
不意に少女から助け船が出される。
「アウラです」
「あ~そうだ。アウラさんだったけ」
その一言に友紘は相づちを打った。
アウラ――それが彼女の名前である。とはいえ、たった1度しか会っていないのだから覚えていないのも仕方がないだろう。
友紘はそのことを謝って、再度颯夏に紹介した。
「えっと、いま聞いたとおり……この人はアウラさん。オリエと同じ新米冒険者さんだよ」
「まあっ! そうでしたの」
「うん、だから仲良くしてあげて」
友紘がそう言うと、颯夏とアウラがその場で互いに自己紹介し合う。
それから、3人は和やかに談笑し始めた。
「それでアウラさんもクエを受けに来たんだっけ?」
「あ、はい。潮干狩りで一攫千金というクエです」
「ということは、俺たちと一緒だね」
「そうだったんですか?」
「うん、これからオリエと一緒にクエを受注しに行くところだったんだ」
「なんか奇遇ですね」
「もし良かったら、一緒にやらない?」
「えっ、いいんですか……?」
「いいよ。ちょうどオリエと2人でやろうと言ってたところだし、人数が増えるのは大歓迎だよ」
「ありがとうございます――えっと、それでクエって、どこで受けるんですか? 私、まだクエを受ける場所を確認してなくって……」
「えっとね、いまオリエと攻略本見ながら、あそこに家じゃないかって話してたところなんだ」
と、南西の外れにある1軒の家を指差してみせる。
すると、すぐにアウラから反応が示された。
「……あの家なんですね」
「とりあえず、行ってみよう」
友紘は先頭を切って颯夏たちの前を歩き、およそ100メートル先にある南西の家へと向かった。
目的の家は丸太をくみ上げた質素な作りの家だった。
扉を開けて中に入ると、そのわびしさはより一層感じさせられた。狭い家の中には、暖炉、チェスト、テーブルなどが置かれていて、リビングとキッチンの垣根がないように思える。さらにそこに6人の家族とおぼしきNPCが配置されているため、その狭さは際だって見えた。
その中の1人の頭上には、クエスト受注可能を示す緑色のフラッグが建てられている。友紘はそのNPCの前まで行くと、人間と同じように話しかけた。
すると、相づちを打つようにNPCが応答する。
「なあ、アンタヒマかい? 実はちょっと前に妻が海岸で指輪をなくしちまってな……私は海へ漁に出てしまうためになかなか時間を作って探してやれないんだ。もし可能であれば、指輪を探してくれないか?」
その問いに対し、友紘は「いいですよ」と返した。
すぐにNPCからテキストで決められた言葉が発せられる。
「おそらく海岸の棲息物が飲み込んでしまったんじゃないかと思うんだ。ついでに真珠が取れることがあったら、私の元に持ってきてくれ。必要な道具は海岸にいる海女さん連中に借りるといいよ」
そうして、友紘のクエストは開始された。
後に続いて、アウラ、颯夏が順に受注していく。それから、3人は屋外に出てクエストをこなす準備に取りかかることにした。
「えっと、海女さんのところに行けばよろしいんですのね?」
「そうみたいですね」
「まあ行けばわかるよ」
と言って、海岸沿いの波止場へと赴く。
波止場では海女と漁師のNPCが採れたての海産物を種類ごとに仕分けしていた。友紘は網の手入れをしていた海女に声を掛け、受注したクエストに必要な道具を借り受けた。
すぐさま颯夏たちに道具を入手したかを確認する。
「2人とも準備はいい?」
「はい、潮干狩りに必要な道具を借りました」
「わたくしも大丈夫ですわ」
「じゃあ東の海岸に行くよ」
友紘は2人を引率する形で町から少し離れた場所にある海岸に向かって歩いた。
海岸にたどり着き、最初に目にしたのは、巨大なカニとヤドカリだった。ただし、同時にそこにはレベル上げやクロスアビリティの熟練度上げにいそしむプレイヤーが戦闘にいそしんでいる。
友紘たちはそんな中をひっそりと邪魔にならないように潮干狩りを始めることにした。
ウィンドウ画面に今月号の一撃ゲームステージを表示した友紘が言う。
「潮干狩りで採れるのは……クエの1回目クリアに必要な指輪、それと高額換金可能な真珠と希少種の貝殻が主みたい」
「他にもなにかありますの?」
「なんか紙の入ったグラスボトルが手に入るみたいだよ……でも、まだ実装されてないのか用途不明って書いてある」
「グラスボトル……?」
「たぶん、宝の地図とかレアなクエが発生するんじゃないかなぁ~? 1stのときも似たようなヤツあったし」
「それはなんだかワクワクしますわね」
「ん? なんで?」
「リアルでもそんな体験ってそうそうできるわけではありませんもの。ドラマの中にあるような出来事かもしれませんけど、わたくしも一度でいいからグラスボトルに入った手紙を受け取ってみたいですわ」
「確かにロマンは感じるねぇ……。まっ、とりあえず各自で潮干狩りしてみようか」
友紘たちは、その言葉を境に約3時間ほど海岸の至る所を掘って歩いた。
クエストのクリアに必要な指輪は簡単に入手できたが、そのほかの高額換金アイテムはなかなか掘り当てられなかった。
しかし、それでも真珠2個、希少な貝殻4個、髪の入ったグラスボトル1本、打ち上げられたゴミ多数、1つの思い出プライスレスが入手できた。
友紘たちはそれらを手にセデラに戻った。
「よし、あとは報告して完了だね――このクエは報告後も繰り返しできるし、真珠はオークションで売っても、依頼者に手渡しても大差ないから好きな方を選ぶといいよ」
「オークションだと、よく値が釣り上がったりしますが――真珠は値上がりしないんですか?」
「いまのところ真珠を使った生産レシピが少ないからなぁ~。その点で考えると、需要に対してユーザーが供給する量が多いからなかなか上げづらいんじゃないかな」
「そうなんですね……ちょっと残念です」
「こういうモノは、どのみち後からレシピが増えるから、アイテム保有数のキャパがある限り取っておくという手もありだよ」
アウラとそんな会話をしながら道を歩く。
しかし、依頼主の家までの道のりはそんなに長いものではなく、2人の会話もつかの間の雑談で終わる。やがて、依頼主の家にたどり着いた友紘たちはクエスト完了の報告を済ませた。
報酬は現金6000ペカリである。
さらに繰り返しクエストをこなすこともできたが、友紘には光紗姫の抱える問題があった。そのため、ログアウトして事情を聞かねばらならなかった。友紘は「私用のため」と言って、クエストを繰り返しこなそうとするアウラと別れることにした。
ふと振り返って、颯夏の方を見る。
「オリエはどうするの? まだクエをやるつもり?」
「ええ、このままアウラさんとご一緒させていただこうかと思ってますの」
「じゃあ今日はここでパーティを解散して終わりだね」
と言って、パーティの解散を宣言する。
それから、友紘はログアウトしようとウィンドウ画面のボタンに手を掛けた――が、途端に「待ってください」という声が上がる。
声に気付いて、そちらに目を向けるとアウラがなにか言いたそうに見ていた。
「どうかしたの?」
「……えっと……あの……私とフレ登録してくれませんか?」
「え? フレ登録?」
フレ登録とは、相互にフレンドの証としてリストに登録することである。
友紘には主に風雷房のメンバーを中心にフレ登録を行っていた。もちろん、エターナルファンタズムⅡになってから知り合ったプレイヤーや旧エターナルファンタズムのプレイヤーとも親交を深めている。
そうした中で、VRMMO初心者とのフレ登録は初めてだった。
「ああ、もちろんいいよ」
「ありがとうございます! オリエさんも一緒にフレ登録していただけませんか?」
「えっ、わたくしもですの……?」
突然、話題がオリエの方へと振られる。
友紘もとっさのことだったので驚かされたが、流れから言えば当然のことでだろう。しかし、逆に考えれば、アウラと颯夏のフレ登録はある意味正解かもしれない。
友紘はそのことを口に出して言ってみた。
「いいじゃないか。オリエは風雷房のメンバー以外にフレ登録したことなかったんだし」
「わ、わたくしなどでホントによろしいんですの……?」
「もちろんですよ! オリエさん、私と気が合いそうですし、なにより第一印象として素敵な方だなと思いました!」
「す、素敵だなんてそんな……」
「ホントのことですよ。ですから、フレンド登録お願いします!」
目の前でアウラの頭が下がる。
それを見て、友紘はなんとなくアウラの性格を理解した。
おそらくまっすぐで明るい少女なのだろう――そう確信してか、友紘は背中を押すようにアウラとフレ登録するよう颯夏に勧めた。
「別に悪いことじゃないと思うぜ。アウラさん、スゴくいい人っぽいしさ」
その言葉を受けて、颯夏はどう受け止めただろう?
だが、友紘が待つまでもなく、颯夏の顔には返答がにじみ出ていた。
「アウラさん、その言葉を伝える役目はわたくしの方ですわ」
「じゃあいいんですねっ!?」
「もちろんですわ――是非アウラさんのお友達にしてくださいまし」
そう告げる見つめ合う2人の表情を見る。
互いにパーッと華やいで、喜んだ顔がにじみ出ていた――特に颯夏には「うれしい」という気持ちが満面に溢れている。
友紘はそのことを察し、風雷房以外の颯夏のフレンドの誕生をひっそりと心の中で喜んだ。
(これでオリエがもっと、もっと楽しめるようになってくれたら、このゲームをプレイした意味が見出せるのかもしれないな)
そう思わずにはいられなかった。