第3節「穴ぼこだらけの世界/その3」
カカヤン渓谷は先日オリエがモンスターを引き連れてきた国境地帯の北西側にある。そこまでの道のりは、一定レベル以上で使用可能になるワープゲートを使っての移動だ。
友紘たちがいた国境の町にもそのポートとなるモノがあり、一行の移動はそこから行われたのである。
平野部からローレンツェアへと向かう山間の道を進むこと5分。
そこから、西へ向かう道が枝のように分かたれていた。
前方を望むと、友紘たちがいる小高い山よりもさらに高い2つの山が聳え立っている。いまから進もうとしている道は、その合間に向かってまっすぐ伸びていた。
友紘たちは木々が生い茂るその道をさらに10分ほど歩いて、カカヤン渓谷にたどり着いた。
渓谷には、幅のある大河が流れている。その上を石畳のこれまた巨大な橋が架かっており、周囲にはツタや藤、紅葉などの落葉樹が生い茂っていた。
橋を渡ると見えてきたのは、左岸のガザルバ側に設けられた大きな砦だった。
まるで道を通せんぼするように建設されており、関所の役目を果たしているらしい。ただいまは廃棄されて機能していないのか、壁の所々に大きな穴が空けられている。
友紘たちはその穴を抜け、ガザルバ側の森林地帯に入った。
到着するなり、先頭を歩いていた夕凪が声を掛けてくる。
「よし。この辺でいいだろう」
「へぇ……。こんなところでレベル上げするんだ~」
「昆虫系モンスターでも、ここにいるのはスピード重視の羽虫だからな。攻撃力とスピードは高いが、反面防御力はないに等しい」
「ということは、サクサク狩れる感じなのかな?」
「まあそうだな……。前に私のフレンドに連れてきてもらったときは、1時間でこなすクエストでもらえる経験値の2倍ぐらいはもらえたと思うぞ」
「おお~効率いいねぇ」
「あくまで体感だ……しかし、TCメンバーでやるにはちょうどいいな」
「けどさ……」
「ん? どうかしたのか?」
「もし死ぬような事故が起きちゃったら、どうするワケ? ここいらって、逃げ道ないよね?」
ふと頭に浮かんだ質問をぶつけてみる。
友紘が気になったのは、仮に死んでしまった場合のことである。
夕凪が安全だと強調しているとはいえ、レベル上げには絶対など存在しない。ちょっとした手違いで事故が起こり、全滅してしまう場合もある。
もしかしたら、近くにプレイヤーに敵対心を抱くアクティブモンスターがいるかもしれない。
そうした想定の下、レベル上げは行われるべきだと友紘は考えているのだ。
しかし、夕凪は揺るぎのない表情で腰にぶら下げたアイテムポーチからなにかを取り出した。
「心配はない。そのために今日は『不死鳥の涙』を10個ほど持ってきた」
「えっ!? 不死鳥の涙を10個も……?」
友紘は意外なアイテムの登場に驚かされる。
なぜなら、不死鳥の涙は現段階ではNPCによる販売のみでしか買うことができないからだ。しかも、その値段は一般プレイヤーが所持している平均金額の1割に達する高額アイテムなのである。
そんなモノを10個も持ってきたというあたり、夕凪は掃討の覚悟をしていたということだろう。
友紘はそのことを感心に思い、感心しきって夕凪を褒め称えた。。
「スゴいねっ、夕凪さん!」
「フッフッフ……。もっと褒めてくれたっていいのだぞ?」
「いやぁ~褒めたくても言葉が出ないぐらい感心しちゃうよ」
「そんなに言われると照れるなぁ~」
などと言って、夕凪が優越そうに浸っておどけてみせる。
そんな様子を見てか、唐突に颯夏が話しかけてきた。
「あの、『不死鳥の涙』というアイテムはいったいなんなんですの?」
どうやら2人の話しているアイテムのことが気になったらしい。
すぐさま友紘はその答えをかえした。
「蘇生アイテムのことだよ――この前、オリエが死んだときにモカカちゃんが医術スキルで調合して使ったヤツがそうだよ」
「アレがそうだったんですかっ!?」
「気付いてなかったの……? まあともかく、これさえあれば仮にパーティの誰かが死んじゃったとしても、持ってる人が蘇らせることができるんだ。おまけにホームポイントに戻らずに済むしね」
「とても便利そうなアイテムですわね」
「……とはいえ、その分値段は張るんだけどね」
「ちなみにおいくらぐらいなんですの?」
「えっと、確か……」
と言いかけたところで、肝心の値段を忘れてしまう。
友紘はおもわず夕凪に助けを求めた。
「いくらだっけ? 夕凪さん」
「店売りなら17000ペカリぐらいだ」
「サンキュ」
そう夕凪に返礼をし、再度颯夏に話しかける。
「ということらしいので、結構な値段らしいよ」
「そんな高価な物を使ってしまうなんて……。なんだかもったいなくありませんか?」
「うーん、確かにそうだけど……」
本来ならば、こういった代物はイベントボスなどに使うべきなのだろう。しかし、風雷房には回復役と言える人材がモカカしかいなかった。
それを補足するようにモカカ自身が颯夏に語り始めた。
「それは我が秘医術に限界があるからだ」
「限界……?」
「我は深淵の蘇生者ゆえ、たった1人の人間を冥府の彼方より呼び戻したり、闇の者から受けた傷を完全に塞ぐことに特化している……だが、一度に大勢に救済を施すことには向いていないのだ」
「えっと、あの……それは……」
「落ち着いて、オリエ。つまり、モカカちゃんは『1人を完全に治療することはできても、一度に全員を治療するのは無理ぽ』って言ってるだけだから」
「……そ、そうなんですの……?」
「うむ、その通りだ」
「では、モカカさん1人ではパーティで全員が傷を負ってしまったら対処しきれないということなんですのね?」
「間違いなく我が秘医術の範疇を越えるであろう……クックック、だが安心するが良い。我が秘医術は蘇生者の中でも最強中の最強。例え全員が傷つき倒れたとしても、一瞬で直してみせ――」
「まあそんなの無理だからこそ、『不死鳥の涙』が必要なんだけどね」
モカカの言葉を遮り、颯夏に説明してみせる。
チラリと後ろを振り返ると、モカカが最後まで説明できなかったことに不満そうに口を尖らせていた。そんな姿に友紘は苦笑いを浮かべて見なかったことにした。
その直後、夕凪が友紘たちの会話に割り込んでくる。
「とりあえず、オリエ君に3つほど渡しておこう」
夕凪はそう言って、目の前で颯夏に不死鳥の涙を手渡した――が、なぜかもらった当人からは困惑した表情が見受けられた。
友紘はそんな様子に気付き、怪訝そうな顔つきで訊ねた。
「どうしたの?」
「い、いえ……あの……」
と言い淀む颯夏。
その瞳は友紘ではなく、すぐさま夕凪の方へと向かれる。
友紘は颯夏の考えが理解できなかったため、仕方なく2人の様子を見守ることにした。
「タダでは受け取れませんわ――ちゃんと代金をお支払いします」
「いや、これはこのレベル上げにと思って持ってきたモノだし、代金なんて受け取れないな」
「ですが、それではわたくしの気持ちが収まりません」
「気持ちだけで十分さ。それにこれは風雷房のメンバーのためにと購入したモノだ」
「とはいえ、夕凪さんが自腹を切ってお買いになったモノなんでしょう?」
「確かにね。でも、私としてはこれでいいと思っている――だって、『楽しい』が一番じゃないか」
「……楽しい……ですか……?」
「そうだ。ラッキーなことも、アンラッキーなことも、みんなこのエターナルファンタズムⅡというこのゲームをプレイしているからこそ起きる――私はそれがたまらなく楽しくて仕方がないんだ」
その言葉に対して、友紘は心底感動を覚えた。
夕凪の言葉には、いつもゲームをプレイしていて感じていたモノがある。そう思わされたのは、友紘にとって『楽しい』という感情がごく当たり前のモノになっていたからだ。
ゲームにおいて、当たり前になったことは作業的な意味合いしか持たなくなる。そうなると行程はどうであれ、『楽しい』という感情は新たな感動を呼んだときやゲームのエンディングにしか発生しなくなるのだ。
故に夕凪の言葉は、そうした事柄を改めて実感させるモノだった。
「……さて。かなり脱線してしまったが、そろそろレベル上げを始めよう。私が獲物を連れてくるから、みんなはここで待っていてくれ」
と言って、夕凪が森の奥へと消えていく。
戻ってくるまでの間、友紘は颯夏との会話にいそしんだ。
「ねえオリエ」
「なんですか?」
「俺もずっと聞きたかったんだけど、このゲームプレイしてみてどう……?」
「……プレイしてみて……ですか……?」
「うん、ここが楽しいとかここがつまらないとかそんな感想なんだけど」
「もちろん、楽しいに決まってますわ。最初はお金で解決することを考えてしまいましたけど、実際やってみて皆さんが夢中になる理由がよくわかりましたもの」
「そっか。じゃあプレイして正解だったんだね」
などと、話しているうちに夕凪が戻ってきた。
後方を見れば、『バンデットマリアビートル』というネームタグが表示された軽自動車ぐらいの大きさをした天道虫型のモンスターが夕凪のあとを追ってきている。
友紘はすぐさま颯夏に向かって、「迎え撃って」と言い放った。
「クロスアビリティ――『リマインダー』ッ!!」
直後、颯夏がクロスアビリティを使用する。
その効果は魔力に生み出された半透明の腕となって現れ、まるでバンデットマリアビートルを生け捕りにするかのごとく自身の元へ引き寄せていく。
どうやら、複数の対象の敵意を向けさせると同時に引き寄せるアビリティらしい。
友紘はタイミングを見計らい、続けとばかりに攻撃に参加した。
時を同じくして、泰史、光紗姫、夕凪が敵に向かっていく。
「みんな、できるだけモカカ君の負担にならないよう各員協力して殲滅してくれ! 攻撃力は高いが、当たらなければどうと言うことはない」
夕凪が声を上げる。
友紘は夕凪と同じ南側からバンデットマリアビートルと対峙し、夕凪に敵意を向けぬよう武術家のアドバンテージである攻撃回数の多さを生かして攻撃してみせた。
当然、颯夏に引きつけられていた敵意は友紘の方へと向けられる。
友紘はそれを見越し、颯夏にあることを指示した。
「オリエっ、『リテール』を使って!」
その指示に颯夏が「わかりましたわ」と返答し、クロスアビリティ『リテール』が発動される。
このアビリティは、ヒーラーがアビリティの使用者を回復すると、一定時間円形範囲内の味方に回復分の1/3が振り分けられるというモノだ。さらに敵対心も上昇し、ターゲットを常にアビリティの使用者に向けられる。
まさに一石二鳥――
防御力の高いナイトにうってつけのアビリティだった。
やがて、バンデットマリアビートルの攻撃対象は颯夏の方に移った。友紘はそれを好機とばかりに自身のクロスアビリティを発動させる。
「クロスアビリティ『召喚降霊』――我が命に出でよ、サラマンダーっ!」
そう叫んだ途端、湯気のように沸き立つ炎が友紘の身体を包み込んだ。
まるで猛り狂う獣のようなソレは、一撃を加えるたびに巨大な昆虫の身体に火傷の跡を付ける。それが猛烈な痛みに変わるためか、バンデットマリアビートル悶絶の悲鳴を上げていた。
友紘はさらにクロススキルを発動させようと声を張り上げた。
「クロススキル発動ッ――紅蓮の連拳!!」
その咆哮と共に拳が1撃、2撃と堅牢なバンデットマリアビートルの甲殻にめり込む。
さらに間髪を容れずして、半円を描くように勢いづけた中段蹴りが叩き込まれた。その威力を物語ってか、巨大昆虫の体躯は10メートル先の木々のところまで吹き飛び、それらをなぎ倒して制止した。
同時にバンデットマリアビートルの叫び声が上げる。
命を振り絞った最後の一声だったのだろう――それ以降、巨大昆虫はピクリとも動かなくなった。
とっさに友紘はガッツポーズを取る。
「よっしゃ!」
その声は喜びの色に満ちていた。
けれども、そんな声に相反するように光紗姫から抗議を受ける。なぜなら、光紗姫はバンデットマリアビートルを吹き飛ばした方向に立っていたからだ。
おそらく寸前でかわしたのだろう。
危機感と恐怖を怒りに変え、兄である友紘に食ってかかってきた。
「もうっ、にぃーたってば! チャネリングとブレイズラッシュを一気に使うなんてやりすぎ!」
「だって、こんなに強えんだぜ? 攻略本にも武術家と召喚士の組み合わせは鉄板だって書いてあったし」
「そんなんだから、武術家は脳筋だなんて言われるんだよ! もうちょっとでアタシも巻き込まれるところだったじゃないの」
「うっせぇ、脳筋上等だっ」
開き直ったかのように言い返す友紘。
そんな姿を見せられ、光紗姫は目の前で溜息をつき始めた。
ふと夕凪が割って入ってくる。
「2人とも喧嘩はよせ。確かに中盤からのクルト君の攻撃はいささかやり過ぎだ」
「ほら、見なよ! やっぱり、にぃーたが悪いんじゃん」
「夕凪さんはコイツの方を持つのかよ?」
「肩を持つとか、持たないとかじゃなくてだな……。あんな戦い方をしてたら、バンデットマリアビートルの敵意がすべて君に向けられてしまうぞ?」
「いや、そりゃあそうだけど……」
「新しいアビリティとスキルを手に入れて浮き足立つのはわかる。だが、君はエタファン1stからのプレイヤーでまったくの素人などではないんだろう?」
「……ゴメン」
さすがの友紘も夕凪に指摘されて気付いたのだろう。
反省して落ち込んだ表情を見せた。
「素直に反省してくれるならいいさ」
とっさに夕凪から慰められる。
友紘は気を入れ替えて、次は暴走しないよう努力しようと自らを諫めた。
「あ、あの……」
ふと後ろから声を掛けられる。
友紘がその声に気付いて振り返ると、颯夏が申し訳なさそうに手を上げていた。
そして、すぐさま「どうしたの?」と問いかける。
ところが颯夏はなぜか挙動不審なそぶりを見せていた。
「なに? なんかオドオドしてるみたいだけど、なにかあった……?」
「あ、いえ……。わたくしにも釣りというモノをやらせていただけないかと思いまして」
「えっ、オリエがモンスターを釣ってくるの?」
「……駄目……ですの……?」
「いや、駄目って事はないけど……」
颯夏の不意の一言に戸惑う友紘。
なぜそんなことを言い出したのかわからなかったが、おそらくは興味本位から来るものなのだろう。なにせ、最近の颯夏は新しいことを覚えることに目を輝かせる子供のようだったからだ。
友紘はそのことを踏まえ、夕凪に向かって語りかけた。
「夕凪さんはいい?」
「私は構わないぞ。ただナイトは遠隔武器が使えないから、モンスターを引っ張ってくるには少々難があると思うが……」
「だよねぇ~。でも、まあ本人がやりたいって言ってるし、まあいいか」
そう結論づけ、友紘は改めて颯夏の願いを聞き入れることにした。
「とりあえず、やってみて。モンスターを釣る際にはアビリティや剣で直接攻撃するよりナイトの専用魔法を遠距離から使って攻撃する方法がいいかも」
「ありがとうございますっ、ガンバってやってみますわ!」
とっさに颯夏が森の奥へと駆けていく。
その背中を見送りながら、友紘はつぶやいた。
「でも、いったいどうしたんだろう……? 急にモンスターを釣ってみたいなんてさ」
颯夏の一言は唐突だった。
確かにスポンジに吸収される水のようにゲーム知識を得て、エタファンを楽しむようになったのは事実だろう。故に新しいことには、常に子供のように目を輝かせている。
だが、いまの状況からそんな発言が飛び出るには突然すぎる――友紘は不意の颯夏の行動が理解できなかった。
「オマエ、気付かなかったのか?」
ふと横から泰史が声を掛けてくる。
友紘は顔を見上げ、その言葉の意味がなんなのか問いかけた。
「どういうことだよ」
「んなの、見りゃ簡単だろ。オマエとウサ猫が兄妹喧嘩おっぱじめたのを見て、いたたまれなくなって急に言いだしたんだろうが!」
「えっ、そうなの!?」
と、颯夏の意外な気の回しように驚かされる。
よくよく考えれば、周囲を険悪にするムードを作っていたかもしれない。しかも、現実世界のいつもの調子で兄妹喧嘩をし、周りのことなど気にしていなかったのである。
そのことに気付かされ、友紘は改めて颯夏の配慮に感嘆させられた。
「そうだぞ、クルト君。オリエ君は2人が口喧嘩を始めたときにだいぶオロオロしていたからな」
「そうだよね。なんか俺、全然周りのこと気にしてなかったよ」
「まっ、オリエ君のフォローに感謝するんだな。彼女は人としても、ナイトとしても、いい人間だ」
「……だね……」
颯夏のさりげないフォローに心から感謝する友紘。
「釣ってきましたわぁ~!」
そんなところへ颯夏が帰ってくる――が、その後方にはモンスターの大群がまるでドラクロワが描いた『民衆を導く自由の女神』のようにこちらに向かって駆けてきていた。
「やっぱり、内藤だぁぁああ~!」
友紘は使えないナイトの俗称を叫び、メンバーと共に砦の方へ向かって逃走し始めた。
個人的な回想ですが、ナイトの俗称はいつのまにか的に浸透していったと思います。最初は蔑視的な意味でしたが、某ブロンドさんの影響もあってそれ自体楽しむ人が増えた気も・・・w
(かくいう私も内藤でね)