第2節「穴ぼこだらけの世界/その2」(09/04/一部修正)
さらに夕凪が説明しようと口を開く。
「ここで1つ例を挙げるとしよう――たとえば、私のメインジョブであるハンター。このジョブにサブジョブを取り付けるといろんなクロスアビリティが得られる」
「どんなアビリティなんですの?」
「いまはソーサラーをサブジョブに選んでるんだけど、主に『エンチャントヒット』というクロスアビリティというアビリティが使えるようになってる――効果は属性魔法の付与および敵への命中率アップだね」
「通常では撃つことはできませんの?」
「いや、通常でも矢そのものに付与した武具を買えば撃てる。しかし、サブジョブにソーサラーを据える方がさらに高い効果を発揮する。だからなのか、システムでは片方を使ったら片方の効果はなくなってしまうようなんだ」
「なるほど、そういう目的でサブジョブに選ばれたのですね」
「ちなみにこのアビリティを習得するには3ポイント必要となる」
「ポイント……?」
「各々クロスアビリティにはポイントが必要になるんだ。そして、そのポイントはレベルが上がるごとに初期付加ポイントにプラスされる形で付与されていく」
「では、そのポイントが貯まると新しいクロスアビリティが覚えられるということですか……?」
「大正解。いまはまだベータ版だからそんなに数もないだろうけど、正規版になったらもっとクロスアビリティの数も増える――そうなったときには習得できるクロスアビリティの数や種類も増えるだろうから、その中から選んで使用するようになるだろうね」
「1つ質問なのですが……」
「なんだい?」
「ポイントは使ってしまったら、もう戻ることはありませんの?」
「いや、現在使用中のアビリティを自分が使いたいと思うアビリティを登録しておく場所から外すと自動的にポイントが戻るようになってるから、それで新しく習得するようにできている」
「では、新たに習得したアビリティはそのスロットとやらに登録すれば使えるようになるんですね?」
「そういうことだ。もちろん、スロットから外したクロスアビリティもポイントを使って再取得することもできる。これらのクロスアビリティの組み合わせによって、自分のやりたいジョブの強さも代わってくるんだ」
「組み合わせ次第ですか」
「それとクロスアビリティには熟練度が存在するので、使用した回数によってステータス補正がなされてるからセットしてあるからと言って、使わなかったら意味がないから注意すること」
「う~ん、なんだか少し難しそうですわ」
「そんなに難しく考える必要はないんじゃないか。前作じゃ『このスキルは絶対習得しておけ』みたいな効率厨がいたが、今作はどのスキルを使っても戦術さえしっかりしてれば勝てるようバランス良く作られてるからね」
「――効率厨……ってなんですの?」
「おっと、スマン。要は絶対勝てる安全策を講じてより多くの利益を効率よく得ようとする輩のことさ」
「なんだか守銭奴みたいな方たちですわね」
「あながち間違ってないかもしれんな……まったくっ、連中ときたらなにがなんでも我を通そうとするからな。それで気にくわなかったら、パーティの和を乱す始めるから手に負えんよ」
と愚痴をこぼす夕凪に同意しようと友紘が話に割り込んでくる。
「んだねぇ……。効率がいいのはいいんだけどさ、なんかパーティが殺伐しちゃったらイヤじゃん」
「私もそう思うな」
「では、この世界ではどのように立ち回ればよいのですか?」
「ああ、それについては問題ない。このゲームは前作よりバランス良くできてるからな」
「そうそう。オリエが気にするほど、もうヘンなヤツは沸かないと思うよ。俺が教えたとおりにしっかりレベル上げと装備を揃えるさえしてれば、誰も指摘したりはしないよ」
「2人がそうおっしゃるのなら安心ですわ。とりあえず、ガンバってレベル上げに励むことにします!」
「うむ、その意気やよし……そうだ。せっかくだから、一度TCメンバー全員でレベル上げをしてみるというのはどうだろう?」
「えっ? みんなでレベル上げ?」
と友紘が聞き返す。
夕凪の言うとおり、確かに全員揃ってレベル上げをしたことはない。いままでTCメンバー全員、なにかしらイベントごとであったり、大金やアイテム狙いのNMの張り込みなどで不在だったからだ。
夕凪の提案は、ある意味オリエの歓迎会とも言える。
友紘は考えもしなかった提案にうなり声を上げた。
「……みんなでレベル上げかぁ~。そういや、やったことなかったね」
「みんな何かしら忙しかったり、ログイン時間の関係で時間が合ってなかったからな。今度は時間を決めて、レベル上げを敢行したらいい気分転換になるんじゃないか?」
「うん、いいかもね――オリエはどう?」
その問いに颯夏が両手を胸元で合わせ、楽しさを滲み出す勢いで答える。
「ええっ、是非! 皆さんとご一緒できる機会など、いまのいままでありませんでしたから楽しみですわ」
「んじゃあ決定だね」
「よし。後日、みんなに予定を確かめることにしよう。連絡は私がするから、君たち2人はそれまでにクロスアビリティの取得を済ませておいてくれ」
「わかりましたわ」
「了解っ!」
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それから、数日後。
全員の日程が決まり、友紘たちもクロスアビリティの取得を済ませた。
クロスアビリティはサブジョブによって変わる――
その大前提を教わった2人はゲーム内版『出張!一撃ゲームステージ~一撃旅団の攻略はぅとぅ本~』を手にクロスアビリティを設定した。
2人は国境の町で風雷房のメンバーを待ちながら、改めてクロスアビリティについての復習をしていた。
本を見ながら、颯夏が問いかけてくる。
「――えっと、クルトさんのメインジョブが武術家で召喚士ということは……いったいどんな効果がありますの?」
「属性付与効果だね。ソーサラーでも付与効果のあるクロスアビリティがあるみたいなんだけど、スピードを生かして攻撃回数の多い武術家の場合はクロスアビリティ特性で『降霊術』っていう特性が付くみたい」
「どんな効果ですの?」
「属性ダメージが一定以上蓄積されるとダメージ倍になるみたい。基本的に武術家って、手数でダメージを増やしてるようなものだから一撃のダメージが増えれば、それだけ与えるダメージも増えるんだよ」
「それは良さそうですね」
「オリエは回復優先でプリーストにしたの? 身体能力強化のアビリティならサブジョブに戦士か武術家あたりをセットするといいんじゃないかな」
「はい。それも考えてみたのですが、この攻略本に書いてあるように無難に行こうかと。それにクルトさんに教わったサイトに書いてあったのですが、『ナイト自身が固有の能力として持っているアビリティもなかなか捨てたものではない』らしいですわ」
「うん、そこは間違いないと思うよ。ただ身体能力系を鍛えておくことで、自身が攻撃するときに色々とメリットになる部分があるから、一撃旅団の本以外の本の中にはそっちをオススメするモノもあるんだ」
「……あら? そうなんですの?」
「そういえば、確かゲム通の方に書いてあったような」
とつぶやきながら、ウィンドウを開く。
そして、友紘はセレクトメニューの中から『サブコンテンツ』を選びんだ。
サブコンテンツメニューの中には、各種エターナルファンタズムに関連した外部コンテンツが課金コンテンツとして用意されている。当然、毎週発売のゲーム雑誌からエターナルファンタズムの攻略本などの取りそろえられており、友紘は2、3誌ほどのゲーム雑誌を毎月の基本料金と一緒に払っていた。
それらは、アイメットを外さなければできないような事柄をゲームの中でできるようにと運営側と協賛企業が提供したものであり、脳に直接イメージを伝えるデバイスであるからこそできる代物だ。
とってつけるならば、それは『そう、アイメットならね』というパイナップル社の広告そのものだろう。
友紘は購入した雑誌一覧の中から「ゲム通」という雑誌を選んだ。
「ほら、これ」
その雑誌の特集ページには、「近況報告~私たちエル・ヴィオラに住んでます~」と書かれた記事が掲載されている。友紘はその記事を颯夏の左側に立ち、寄り添う形でページを開いてみせた。
颯夏が記事に目を通し始める。
「えっと、『最近ようやくクロスアビリティが使えるようになった』――あっ、この方はわたくしたちと一緒なのですね!」
「といっても、この記事は先月のヤツだから、もうとっくにレベルを追い越されてるだろうけど……」
「ああ、そうなんですか」
「でも、参考になるから読み進めてみ――」
ふとあることに気付かされる。
それは一生懸命記事を読みふける颯夏の横顔が間近に合ったことだ。
キャラクターの顔とはいえ、眉目秀麗な顔である。さらに現実世界での顔も知っているため、その顔がどうにも重なってしまう。
友紘はそんな顔を思い出し、普段あまりじっくりと見ない颯夏を「可愛いな」と思った。
途端に心臓の鼓動が高鳴る。
だが、それはあくまでも友紘の緊張から生み出した幻聴だ。
ゲームの中にいるにも関わらず、ドクン、ドクンという音が聞こえるわけがない。けれども、緊張感に顔をほてらせる友紘には、そうした心臓の音も、ツバを飲み込む喉の音も、ユーザーインターフェイスの一部として再現されているように思えた。
刹那、颯夏が顔を振り向ける――それにより、友紘は颯夏と見つめ合う形になった。
その距離1センチ。
下手をすれば、互いの唇が触れてしまいそうな距離である。
友紘はおもわず妄想してしまい、紅潮した顔をよりいっそう赤らめた。同時になぜか対面する颯夏も赤らめたので、気まずさからプイッと顔を背けるしかなかった。
わずかに黙り込み、チラリと颯夏の方を向く。
すると、いつのまにか颯夏もこちらを見てはいなかった。むしろ、自分と同じように顔を背けていることに気付かされる。
友紘は颯夏に恥ずかしがらせてしまったことに罪悪感を抱いた。
さらにどうにかして誤魔化そうと口を開く。
「こ、この記事もいいけど……。さっきの攻略本を書いたハマナ・カバナさんの記事っていいよね?
「……ど、どなたですの?」
「一撃旅団の団長さんだよ。俺の愛読誌でもある一撃ゲームステージの編集者さんなんだって」
「……へ、へぇ……そ、そう……なんですの……」
「うん、そうなんだ……」
「あ、あのその方はゲームをプレイなさった上で記事をお書きになってるんですか?」
「もちろんだよ。実際ゲーム内のデータを取るにも、ゲームをやらなきゃわからないらしいからね。あと、プレイヤーインタビューなんかもやってたりするんだ」
「へ、へえ……」
「アハハハ、俺もインタビューされないかなぁ~」
さすがに会話に無理があったらしい。
それ以上長続きせず、友紘はおもわず口を閉ざした。
(うわ~どうしよう……。なに言ったらいいんだ?)
頭の中はすでにパニック状態。
友紘は考えられるモノも考えられず、とりあえず身体だけ離れることにして気分を落ち着かせた。とっさに黙っていたはずの颯夏から声を掛けられる。
「あ、あのクルトさん!」
その声は明らかにうわずっていた。
友紘も突然の呼び掛けに緊張感をほぐしきっておらず、どう返事をしようかと迷った。しかし、颯夏もそれ以上の言葉が出ないらしく、数秒待てども話しかけてくる様子。
たまりかねて、自分から話しかけることにした。
「……な、なに……?」
「えっと、その……もしインタビューされるようなことがあったら、できればわたくしもご一緒させていただけませんか?」
「えっ、2人でインタビュー受けるの?」
「はい。そうしたら、わたくしたち2人の自慢話になりますわ」
「あ、うん……そうだね。2人でインタビューなんか受けちゃったら、クロウとウサ猫あたりが悔しがりそうだね」
「……ですね……クルトさんとご一緒だと、なんだかとても楽しいですわ……」
「そ、そうかな……? なんかむず痒いけど、ありがとう」
そう言われて、少し照れくさい――
友紘はわずかに顔を上げて、右の人差し指で鼻の頭を掻いた。そして、改めて颯夏の言葉に「ゲームに誘って良かった」ということを笑みを浮かべて思い耽った。
ふと誰かが見ていることに気付かされる。
妙な熱視線を感じた左の方に顔を向けると、いつのまにか風雷房の面々が立っていた。しかも、揃って睨み付けるような目をしている。
友紘は「うわっ」と声を上げて驚き、足元を滑らせたかのように尻餅をついて倒れた。
「な、なんだよっ! 来てたんだったら、声を掛けてくれよ」
と、慌てて大声を発する。
けれども、友紘の一言に対する一同の応対はなぜか冷たかった。そのうち、目の前で泰史が咳き込み、他の3人の先陣を切って話しかけてきた。
「おお、クルトよ」
「な、なんだよ……?」
「まさかオマエにこのようなときが来ようとは……」
「だ・か・らっ! なんなんだよ!」
「うおほぉっん!!」
「もったいぶらないで言えよ」
「では、遠慮なく――」
「へいへい、どうぞ」
「クルト、オマエってば『ラブ』なのか……?」
「はっ!? 意味わかんねえよ!」
「L・O・V・Eと書いて『ラブ』なのかと聞いてんだよ!」
「連呼すんなっ……つーか、どうしてそうなんだよ?」
その一言にさすがの友紘も気付かされたらしい。
つまり、偶然見つめ合った2人の光景を見て、偶然それを目撃した面々が勘違いしたと言うことだ。友紘はそのことを察し、必死に誤解を解こう泰史を説き伏せることにした。
「あのな、クロウ。俺は1冊しかないオリエと攻略本を読んでいて、たまたま顔が近づいて目が合っちゃっただけなの」
「ウソをつけ、この悪魔めっ!」
「誰が悪魔じゃっ!!」
「決まっておろう、貴様のような非モテ男の皮を被ったイケメンのことだ。長年同士だと思っていたのに……しくしく」
「だからさぁ~違うって言ってるだろ」
「……友ちゃんのば~かぁ~……」
「いつから俺はオマエの彼氏になったんだよ」
ツッコミが追いつかず、おもわず夕凪の方を振り向く。
そして、友紘はどうにか収拾を図ってもらおうと言葉を投げかけた。
「なあ、夕凪さん。アンタも見てたんだったら、単なる誤解だってクロウに説明してやってくれよ」
「……ふむ、そうだな」
「まさか夕凪さんまで、俺の言うことを信じてくれないの?」
「そうは言っていないぞ、クルト君」
「じゃ、じゃあ……」
「だが、これだけは言わせてもらうぞ」
「……へ?」
「私は君たちがどんな関係であろうと構わない」
「……夕凪さん……」
「だが、人前でイチャイチャするのだけは感心しないな――『リア充爆発しろ』」
「ちょっとぉ! フォローする気ないだろ!」
「もちろんだ」
「ぐわぁ~もうこの人はぁ……」
全くの期待外れ。
友紘はからかう2人頭を痛め、おもわず両手で耳の周りをふさいで見せた。
「まぁ、まぁ、にぃーたも見られちゃったモノはしょうがないんじゃない?」
と実妹がなだめようと話しかけてくる。
友紘は光紗姫のそんな声に目の前まで行って足元にすがりつき、まるで自分が泣き虫の弟になったみたいに妹に泣きついた。
「うわぁ~ん、妹。兄ちゃんは無実なのに疑われたことが悲しいぜ」
「よしよし。にぃーたもしょうがないでちゅねぇ~」
「うっ、うっ、うっ……。そう言って、慰めてくれるのはオマエだけだよぉ~」
「えっ? 私はにぃーたが玉の輿になってくれるのを期待してるだけだよ?」
「ブルータス、オマエもか」
更なる妹の追い打ちに友紘は呆然とするしかなかった。
まるで物言わぬ石像になったがごとく、その場に固まって数分間口を閉じたのである。
そして、数分後――
友紘は激昂して、颯夏以外のメンバーを座らせて説教を浴びせた。
「もうっ! いい加減この話は終わり」
「「「「え"え"え"ぇぇぇぇ~~~~~」」」」
「『え”~』じゃないの! 本来の目的忘れないでよ!」
今日はなんだか疲れる――
友紘は沸いて出たような疲労感にガックリとうなだれた。
仕切り直しとばかりにその場で大きく身体を開いて深呼吸をする。
それから、今日の獲物について夕凪に確かめた。
「ねえ夕凪さん。今日はどこでやるの?」
「それについてなんだが、ちょうど6人いることだし、カカヤン渓谷の砦あたりでどうだろう……?」
「カカヤン砦って……。あそこ、アベレージングしても俺らのレベルより高くないかな」
「ああ、その点は問題ない。あのあたりは昆虫系モンスターが多いが、高い攻撃力はともかく防御力が皆無なんだ」
「……ってことは、案外やれそうなの?」
「百聞は一見にしかずさ――まあ行ってみよう」
「わかった。じゃあ案内をお願い」
と言うと、夕凪から「承知した」と返事がなされた。
そして、夕凪を先頭に一行はカカヤン渓谷の砦を目指した。
※前半部はその1の続きです。