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GLOBAL SHOUT!  作者: 丸尾累児
Chapter1「お嬢様、ゲームのお時間でございます」
12/53

第1節「穴ぼこだらけの世界/その1」(08/16修正)


 颯夏が風雷房に入って2週間が過ぎた。


 その頃にはゲーム慣れしたというべきか――颯夏のプレイヤースキルは常人にまで達し、飲み込みの良さもあってレベルもグングンと上がっていった。

 もちろん、そうなればゲーム内で遊びの幅も増える。

 さらに仲間とのイベントごとに駆り出されるようになるし、1人で色々な場所に行けるようにもなる――まさに楽しいことだらけ。

 友紘は日増しに見る颯夏の笑顔に「誘って良かった」と思うようになっていた。



 そんなあるとき、夕凪から思い出したようにある話題を持ち出される。



 夕凪と出会ったのは、ローレンツェアの外門と王宮を結ぶ通りで開かれているフリーマーケットでのことである。

 順調にレベルを上げていた友紘は新たな装備の必要性を考えていた。もちろん、それは颯夏も例外ではなく2人揃って装備を新調しようと言うことになり、プレイヤーが腕によりを掛けたアイテムを販売するフリーマーケットへ赴くことにした。

 ところがある露店で見慣れた顔つきの女の子が座っていることに気付かされる。


 それが夕凪だった。


 友紘は夕凪の姿を見つけるなり、とっさに話しかけた。



「あれ? 夕凪さん」


「やあクルト君」


「ごきげんよう、夕凪さん」


「オリエさんも久しぶり。レベル上げは順調?」


「ええ、おかげさまでようやく10になりましたわ。クルトさんの方はレベル17ですの」


「そうそう……っていうか、なんかレベル15を過ぎると急激に経験値が上がりにくくならない?」


「まあオープンベータ期間だし、後発のプレイヤーのことも考えれば、運営側としてはあまりレベル差があって欲しくはないんだろうさ」


「オープンベータ期間……?」



 などと口にして、颯夏が不思議そうな表情を浮かべる。


 それを見た友紘は思い出したように声を上げた。

 なにせ、ゲームの進め方について教えるのに手一杯だったのだ。それだけにこのゲームがまだ未完成のゲームであることなどいっさい教えていなかったのである。



 そうした事柄ゆえに教えることを失念していたのだ。



 友紘は「なんだ、教えてないのか」と問いかける夕凪に対し、バツが悪そうな顔で答えた。



「あ、いや……。オリエにゲームの仕方を教えるのに必死ですっかり忘れてた」


「おいおい。ちゃんと教えてやらないと、後から支障来すかもしれないぞ?」


「確かにその通りだけどさ……」


「しょうがない。私が教える」


「……うん、なんだゴメン」



 情けなさにおもわずしょげた顔を見せる。


 しかし、当の夕凪からは相手にされることはなかった。むしろ、無視される形で目の前で咳払いして、颯夏に向かって説明しようとしている。

 友紘はその様子を見守ることにした。



「オープンベータ期間というのは、メーカーがゲーム開発の最終段階においてユーザーから広く意見を求めたり、ゲームの不具合なんかを報告してもらう代わりに実際に遊んでもらう期間のことだ。特にMMOみたいなオンラインゲームの場合だと、どうしても大人数が動作するせいでゲームのプログラムが思った通りに動作しないことがある」


「それって、冷却期間という解釈でいいのかしら?」


「あながち間違ってはいないが、冷却するというより広義に意見を募って修正する期間といった方がいいかな」


「なるほど……」


「つまり、その期間は通常ではあり得ないプログラムの不具合『バグ』というのが存在することを前提でゲームが進行する。同時にそのバグをプレイヤーに報告してもらうことで、メーカー側はゲームの完成度を高めていくんだ」


「もしバグを報告しなかったら、どうなるのですか?」


「当然、プレイヤーが違和感を感じるようなグラフィックが描写されたり、通常ではありえない攻撃手段を入手することになろうだろうな」


「通常ではありえない攻撃手段……?」


「うむ、そうした行為を『チート』と言う。もちろん、これは仕様にはない手段なので利用規約違反だ」


「……チート……」


「私も前作でそういう好意を行う輩を見たことがあるからわかるんだが……。ああいう連中とは関わらん方が身のためだ」


「それは、やはり自分も疑われてしまうということですの?」


「……だな。そうなったら、色々と面倒ごとが増えるだけだ。なにより、チートを使ってる連中の中には自己中心的な連中も多いからオリエ君も気を付けた方がいい」


「わかりましたわ」



 夕凪の話に颯夏が頷く。

 友紘は会話が一通り終わったのを見るなり、入れ替わるように夕凪に話しかけた。



「あのさ、そろそろ新しい装備が欲しいんだけど……。なにかオススメの装備ってある?」


「装備か……。クルト君のレベルならグランデュールの四十七浜のNM(ノートリアルモンスター)が落とす天球装備がいいんじゃないか?」


「でも、確かアレって入手困難なはずなんじゃ? 今週号の一撃ゲームステーションでも取り上げられてたけど、欲しがる人と入手しようとする人が一杯で、現状入手するには相当根気がいる装備って書かれてたよ」


「一部の装備はそうでもないぞ。特に武術家が装備できるオリオングローブやオリエ君のレベルでも装備できる織姫の羽衣なんてのはドロップ率が高いから供給過多になってるせいで安値で取引されてる」


「そうなの?」


「ちなみに私の手元にあったりする」


「マジでっ!?」



 夕凪の一言に友紘は驚く。

 しかし、それ以上に手に取ったモノを見て、さらに驚かされた。



 夕凪はハンターという職業柄、山や川で採取したモノやモンスターを狩って得たモノを売るということを生業としている。中にはレアアイテムも含まれており、そうしたアイテムで収入を得ているらしい。

 露店には自ら製作系スキルを磨いて販売するモノもいるが、夕凪のように収集したアイテムを販売する人間もいる。




 しかし、後者の場合は競合相手がいる中でようやく入手したという苦労を上乗せしているためにどうしても値段がつり上がってしまう。

 それだけに市場に出回る珍しい装備品ほど高額になった。もちろん、そうなれば財布の中の金銭が足りないという事態も発生する……売る側にしてみれば、いい取引相手だが。

 友紘は夕凪が手にするオリオングローブを見て、そうした事柄を憂慮した。



「でも、高いんでしょう?」


「身内価格で売ってあげなくもないぞ」


「えっ、ホントに?」


「まあコミュニティのオーナーとして、オリエ君を歓迎するイベントをなにもやれてなかったしな。ちょうどなにかしらの歓迎の意思を伝える手段が欲しかったところだ」


「そういえば、確かにやってなかったね」


「どうする? 2人分安く売るぞ?」


「ちょっと待って……」



 友紘はそう言うと颯夏の方を振り返り、財布を取り出して相談し始めた。



「オリエ、いまいくらぐらいある?」


「えっと……。クルトさんに教えていただいた繰り返しできるクエストをこなして4000ペカリほどありますわ」


「えっ、アレって200ペカリしかもらえないんだよ? よく20回もこなしたね」


「確かに依頼品をモンスターからドロップさせるのは大変でしたけど、根気よくやってたらなんとなくできましたの」


「オリエって意外にまめだね」


「わたくしもこのゲームの中では一文無しですもの。先立つものがなければ、なにかあったときに困ってしまいますし」


「エラいなぁ~。俺なんかメンドくさがって全然やってないや」


「でしたら、次はわたくしとご一緒しませんか?」


「ああ、うんいいよ……で、装備品の方はどうする?」


「せっかく夕凪さんが良心価格で売ってくださるとおっしゃっているのですから、ここは2人で折半して買いませんか?」


「折半って……。それじゃあオリエが出すお金の方が多くなっちゃうんじゃ?」


「ご心配には及びませんわ。それにこのゲームを始められたのもクルトさんのおかげですし、どうかわたくしからの感謝の気持ちとして受け取ってくださいまし」


「ホントにいいの……?」


「ええ、もちろんですわ」


「じゃあ遠慮なく」



 友紘はそう言って、颯夏からお金を受け取り、夕凪に装備品の代金として手渡した。


 すると、夕凪が目の前で代金を確認し始めた。ウィンドウに表示された額と手元にある額を精査しているようだが、「なんだか几帳面」という印象を友紘に与えたらしい。

 いちいちそこまでしなくてもというような表情で夕凪を見ていた。



 とっさに顔を上げた夕凪から話しかけられる。



「ああそうだ……。話ついででなんだが、そろそろ2人ともクロスアビリティが取得できる頃じゃないか?」



 口にした話題はクロスアビリティについてだった。


 クロスアビリティは一定のレベルとクエスト、サブジョブの選択をしなければならない。エターナルファンタズムの場合、メインジョブは職業ギルドで転職を変更しなければならないため、ある意味半固定化されている。

 どのジョブも個性があり、やりがいがある職業であるためにプレイヤーを惑わせるシステムになっていた――それを補うために作られたのがサブジョブシステムとクロスアビリティである。


 友紘も夕凪の話に応答して言葉を返して。



「そういえば、もう習得できるんだっけ?」


「君はもうとっくだろ。オリエ君の方はあとちょっとのようだが……」


「うん、まあ2人でレベル上げに夢中だったからね」


「なににするかは決まったのかい?」


「いや、それがまだ……」



 などと、話し合っていると颯夏が2人の間に入り込んでくる。



「クロスアビリティって、前にクルトさんがおっしゃっていたアレのことですか?」


「うん、そうだよ」


「いまおっしゃっていた話から察するに、わたくしたちはそのアビリティを習得できそうなのですか?」


「うーん、オリエはあと2ぐらいレベルが必要になるね。俺の方はもうとっくなんだけど、君にいろいろ教えるのに夢中で失念してたんだよねぇ」


「ゴ、ゴメンナサイ……。なんだかわたくしのせいでクルトさんがなにもお出来にならないなんて」


「いや、オリエが謝ることじゃないよ。とにかくもう少しだからガンバろう」


「それでは、わたくしも立派なナイトになれるようガンバらなくてはですわね……?」


「その調子、その調子!」



 だいぶこのゲームに馴染んできたみたいだ――友紘は、颯夏の一言にゲームすらやったことがなかったは思えない成長ぶりを感じざるえなかった。


 そんなとき、夕凪が「2人ともいいか?」と言って割って入ってくる。なにかと思って振り向いてみると、どうやら自分ではなく颯夏に用事があるらしい。

 友紘は黙って2人のやりとりを見ていることにした。



「オリエ君はクロスアビリティについて、どの程度クルト君から聞いてる?」


「ほんの触り程度ですわ。どういうアビリティでとか詳しい話は聞いておりませんの」


「どうだろう? せっかくの機会だし、私がわずかばかりレクチャーする……というは?」


「それは是非お願いしますわ」



 と颯夏が夕凪に説明を請う。

 夕凪はその返答に対して、腰に手を当ててわざとらしく咳払いをしてみせた。



「さっきもチラリと説明したが、このゲームがまだベータ版の段階にあるだということはわかったかい?」


「……はい……なんとなくは……」


「では、このゲームが本来ソフトの代金以外に月々のプレイ料金がかかるところ、ベータ版であるところから無料で配信されているというのは?」


「えっ、そうなんですの?」


「残念ながらね……。MMOというのは、通常ベータ版でユーザーに全体構造をプレイさせてから、改めて製品版をリリースするものなんだ」


「それでは詐欺ではありませんかっ!?」


「そうとも言えるかもね。しかし、ベータ版のユーザー解放というのはメーカー側にもプレイヤー側にもメリットがあるモノなんだ……特に人気オMMOの続編ともなればね」


「そうすることでどんなメリットがありますの……?」


「要約して言うなら、遊びながらゲームの駄目な点を洗い出していくということかな。それとプレイヤーに実際に遊んで指摘してもらって開発側は直していく。結果的により洗練された製品を作ることを心がけることができるんだ」


「なるほど。そんな事情があったのですね」


「……まあね。そして、エターナルファンタズムⅡも例外ではない――さらに言えば、アイメットという脳に直接イメージを送る新しいゲーム機ともなればなおさらだ。何らかの不具合で脳を焼き切られて死亡したなんて言ったら、メーカー側としてはたまったもんじゃない」


「そんな恐ろしいことが起きたら、メーカーは倒産してしまいますわ」


「たとえばの話だよ。だからこそ、メーカーも慎重に事を運ぼうとユーザー同士が交わるMMOを筆頭にベータ版をリリースするのさ――ここまではわかったかい?」


「ええ、続けてくださいまし」


「了解……。では、次はこのエターナルファンタズムⅡについて話そう」


「お願いします」


「さっき言ったようにエターナルファンタズムⅡ、略称エタファンⅡはアイメット発売と同時にオープンベータ版が開始されたゲームだ。しかし、実はオープンベータ版の前にクローズドベータ版という一部のユーザーのみを入れたベータ版が行われている」


「違いはなんなんですの……?」


「わかりやすく言えば、オープンベータ版は正規版同様にあらゆる人を入れてプレイさせるのに対して、クローズドベータ版は公募して当選したプレイヤーだけをプレイさせる制度だ」


「でも、2回もテストする意味ってありますの……?」


「いい質問だ。エタファンは新しいゲーム機での発売を踏み切るにあたり、どうしても慎重にならざるえなかったらしい。そのことは雑誌やワクワク動画の生放送でプロデューサーが語っていた」


「それは、つまり新しいゲーム機でもちゃんとプレイできるかをユーザーに試してもらおうと思って行ったという認識でよろしいんですの?」


「おそらくはね。で、そんな中で生まれたのがクロスアビリティってわけさ」


「それとベータ版とどういう関係があるんですの?」


「私が言いたいのは、クロスアビリティがクローズドベータ版にはなかったシステムってことさ」


「……クローズドベータ版にはなかった?」


「ああ、元々は各ジョブが持つ固有アビリティの能力を食わないようにするための救済措置だったんだ。ところがそこから多様性が生まれると言うことに目を付けられて、オープンベータ版では様々なジョブとジョブの組み合わせでアビリティを生み出せるというシステムにしたんだ」


「ということは、クロスアビリティというのはいくつも存在するんですの?」


「その通り……。少なくともジョブ11個に対して、クロスアビリティ200種類あるらしい」


「まあっ、200種類も!?」


「そりゃ驚くだろうよ。なにせ作った当のメーカーすら、ゲームデザイニングには苦労させられたらしいし」


「でも、その分プレイヤー側としてはやりがいも出るのではないですか?」


「もちろん。私ですら見たことのないクロスアビリティもあるだろうね」


「なんだか面白そうですわね」


「ああ、とても面白いシステムだと思うよ。面白いついでにオリエ君はナイトとして成熟したいそうだが、その能力もクロスアビリティ次第で代わるということを教えておくよ」


「そうなんですの?」


「オリエ君はどういう風にナイトとして成熟していきたいと思っているんだい?」


「どういう風にと言われましても……」


「ただ前線に出て戦うだけなら、別に戦士や武術家でも構わない。しかし、ナイトの場合はその強固な防御力を生かした戦闘が主業となる――だから、準備段階でプランニングが必要となるんだ」


「そこでクロスアビリティの出番というわけですわね」


「……そう。そして、クロスアビリティは攻撃型、支援型、防御型など様々なタイプのモノがある。一見、それらはジョブごとに用意されたノーマルアビリティと大差ないように見えるが、実は組み合わせたジョブの能力を融合させたアビリティとなっているんだ」


「なんとなくわかってきましたわ。それらのタイプの違うクロスアビリティを使っていかにしてナイトらしく振る舞えるかが今後のわたくしのナイトとしての栄光のカギとなるんですね?」


「うん、栄光のカギになるかどうかはわからないけどね」



 と夕凪が苦笑いを浮かべる。

 

 釣られるように友紘も苦笑いを浮かべた。

 相変わらずの颯夏の天然ぶりに笑わされたというか励まされたというか……。しかし、そのやる気だけは伝わってきたと思って微笑ましく思った。






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