第9節「駄目だ、この子。早く何とかしないと/その3」
出入口は関門になっていて、そこを通らないと外部へ出られない仕組みになっていた。友紘は関門を抜けて、ローレンツェアの主要道から南東部へ手足のように延びる街道へと出た。
そこから、しばらくは街の台所を支える農耕地が続く。10分ほどするとその光景も一変し、つい3時間ほど前までレベル上げをしていた森が見えてきた。
さらにその森を通過し、次のエリアへと至る――
そこには平野が広がっていた。
森と平野部の間にはなだらかな傾斜地があり、高低差があることをしてしている。そもそもガザルバ帝国の首都であるローレンツェア自体が盆地にあるのに対し、当地は遙か先にある海を望むように背の高い樹木はまったく見受けられなかった。
ただし、常緑低木が所々生い茂っていることを除いてはだが……。
そんな小さな緑樹は、なにもない平野部をその身につける鮮やかな花で飾り付けている。
ゆっくり鑑賞していきたいところだが、友紘にそんな余裕はない。一刻も早く颯夏と合流せねばならなかったのである。
繋げっぱなしのフレンドコール越しに颯夏に向かって話しかける。
「オリエ、いまどこ?」
『――えっと、地図によるとタタラン山地という場所でしょうか……?』
「じゃあもうすぐだね。そこを抜けると国境の町にたどり着くはずだよ」
『クルトさんもそちらにいらっしゃるんですか?』
「そそ、いま向かってるとこ。落ち合う場所はその街の入り口でいいかもね」
『では、わたくしも急ぎ向かわなくてはいけませんね』
「慌てずゆっくりね」
『はい、気をつけますわ――って、あら?』
突然、回線の向こう側で奇妙な声が上がる。
友紘は「どうしたの?」と右耳に当てた手を気にするかのように颯夏に問いかけた。
『なにかしら? 誰かわたくしを追ってきているような……』
「追ってきてるって、まさかモンスターに絡まれたんじゃ?」
『いえ、かなり遠くの方なので人と見間違えたのかもしれません』
「ならいんだけど……」
と言ったものの、颯夏への不安はつきない。
友紘は気を付けるよう促して、一度回線を切ることにした。
「……それにしても大丈夫かなぁ~?」
歩く傍ら、つい不安を口にしてしまう。とはいえ、自分からドロッセルに迎えに行くにしてもそれなりに時間がかかるのは明白だった。
それだけにいまの友紘には颯夏の無事を祈るしかなかったのである。
そうこうしているうちに道がY字に枝分かれするところまでたどり着く。
2つの道の間には、挟まれるように案内標識が設置されており、片側はドロッセル、もう片側は国境の町への進路を示していた。
「とりあえず、この辺で待っててみるか」
友紘は標識の袂にしゃがみ込むと、ボーッと景色を眺めながら颯夏の到着を待つことにした。
ふとローレンツェアの方角に目を向ける。
すると、先ほどまで歩いてきた街道から女の子らしき人影がやってくるのが目に入った。しかも、後ろを気にしながらこちらに向かって走ってきており、なにかを現すように顔には大量の汗が流れていた。
さらに頭上のHPパラメータバーが8分の1を残して透明な色に変わっている。
途端に友紘は女の子が走ってきている理由に気付かされた。
どうやら、モンスターに襲われているらしい。
そのことを察し、友紘は女の子の背後を確かめた――コボルトだ。
醜い容姿に角の生えた金属製のヘルメットを被り、まるで人間の山賊かのように剣と盾を手にしている。友紘はそれに気付くと、すぐさま女の子の後方に走って行った。
コボルトが目前に迫る。
友紘は走ってきた勢いに任せて、醜貌のモンスターを殴りつけた。
当然、殴られたコボルトは後ろに仰け反って倒れ込む――が、レベルがほぼ同等なのか、地面に倒れ込んだけで死んではいなかった。
その証拠に頭上に表示されたHPパラメータはまだ半分はある。
友紘は腰元のナックルダスターを両手に握りしめ、戦闘態勢を整えた。
刹那、起き上がったコボルトがブロンズソードを手に襲いかかってくる。友紘は後ろに軽くステップしてかわすと、反動で押し戻すようにして攻撃を加えた。
右手で一撃、左手でジャブを繰り出して二撃――
さらにもう一度右手から一撃を放って、スキができたところをローキックを繰り出す。それにより、コボルトのHPは3分の1ほどにまで減少した。
だが、まだ死んだわけではない。
劣勢とはいえ、コボルトも自らのどう猛さを現すように反撃してくる。しかも、見た目の小ささに反して、腕力はかなり強いためか、大きめのブロンズソードを軽々と振り回している。
相次ぐ攻撃に友紘のHPも見る見るうちに減少し、コボルトのHPと追いつけ追い越せの状態になっていた。
さすがの友紘も焦ったのだろう。
クロスアビリティに比べると幾分も落ちるノーマルアビリティのコマンドの中から『回し蹴り』を音声入力を使って選んだ。
とっさに蹴り込む体勢を取る。
すると、右足が青白く光って自動で大きく開店し始めた。やがて、その足はコボルトに向かって撃ち放たれ、残りのHPをガッツリと削った。
それにより、コボルトは絶命した。
もちろん、ゲームだけにその死体は水蒸気のように雲散した。友紘はそれを見るなり、難敵を倒したことに安堵を抱いて、膝を突いた状態でその場にしゃがみ込んだ。
とっさに女の子が駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
友紘はその問いに対し、女の子の顔を見上げて答えた。
「……なんとか大丈夫です。この辺は俺でも苦戦するモンスターがウロウロしてるんで」
「通りすがりなのにスミマセンでした。道中、注意してここまでやってきたはずなのに……」
「いいですよ。気にしないでください」
そう言いながら、チラリと目線を女の子の頭の上へと向ける。
そこにはHPパラメータがあった。しかも、その横にはプレイ時間40時間未満であることを示す『若葉マーク』が表示されている。
女の子も颯夏と同じMMOに初心者なのだろう。
着ている衣服がニューマンの初期装備であること、先ほど襲われていたときのHPの減り具合が大きかったことなどからこのエリアのモンスターと退治するには適正ではないと思われる。
そうしたことを考察し、友紘は女の子を問いただした。
「もしかして、MMO初めての人ですか?」
「……あ、はい」
「このあたりのモンスターは強いですよ? どこかへ行こうとしてたんですか」
「えっと、『妹への手紙』というクエスト中だったんです。でも、こっちに来るのは初めてで国境の町というのがこの方角であってるのかわからなくて……」
「ああ、あのクエストか」
「国境の町ってこっちでいいんですよね?」
「合ってますよ」
「そうですか。ありがとうございます!」
「いえいえ、あまり無茶をせずレベルを上げてからにした方がいいかもです」
「あ、その方が良かったかもしれませんね……」
「そうだ。良かったら、ウチのTCに入りませんか?」
「TC?」
「トーキングコミュニティのことですよ。離れた場所にいてもチャットができたり、品物の受け渡しができたりするんです」
「へえ、そんなのがあるんですね」
「ちょうどいま待ち合わせしてる友人もゲーム初心者なんですよ。もしかしたら、お互い気兼ねなくできるかもしれませんよ?」
と、さりげなく勧誘してみる。
だが、その提案はわずかに黙り込んで悩んだ女の子に断られてしまった。
「せっかくのお誘いですけど、また今度にします。まだ色々と1人でゲームの世界を見回ってみたいので」
「そうですか。じゃあ興味があったら、連絡してください――あっ、俺はクルトって言います」
「アウラです、ご丁寧にありがとうございました。たぶん、しばらくは国境の町付近でクエストこなしたり、レベル上げしたりしてますので気軽に声を掛けてください」
「了解です。あと町の近くだったら、比較的弱いモンスターが多いので、アウラさんのレベルにぴったりかもしれないですよ」
「ホントですか? 教えてくれてありがとうございます」
「いえいえ、ガンバってください」
そう告げると、アウラと名乗った女の子は深々とお辞儀をして去っていた。
直後、友紘は深く溜息をつきながらも人助けという善行ができたことを感慨深く思った。そして、小さくなる女の子の影に向かって、しばらくの間その手を振り続けた。
ふと明るく呼びかける声が聞こえてくる。
「クルトさぁ~ん」
オリエの声だった。
なんとかここまでたどり着いたらしい。
友紘は深く溜息をつき、笑顔で迎えてやろうと後ろを振り返った――が、とっさにその顔は瞬時に蒼白に染まり、笑顔ではいられない状態となった。
その理由は、オリエの遙か後方を何体ものゴブリンが足並みを揃えて迫ってきていたからである。
10体、いや20体はいるだろうか?
それらに併せて、さらに多種多様なアクティブモンスターが混じっている。それはまるでハリウッドスターを追うパパラッチのようで、笑顔で手を振る颯夏とは対照的に友紘を畏怖させた。
「ぎぃぃぃやあ"ぁぁぁぁあああーーっ!!」
友紘はその光景におもわず悲鳴を上げた――そして、逃げた。
時刻は夕方。
遠くの山が赤く染まり、日の入りを静かに告げている。
友紘はその麓に広がる原っぱをオリエとオリエを追いかけるアクティブモンスターたちとランナウェイするハメになった。
ふと頭の中を幼子の歌声と共にある音楽が流れる――それは何度もテレビ放映されているスタジオ○ブリのアニメ映画「○の谷のナ○シカ」のレクイエム曲だった。