EP 9
村でのニート疑惑と、決意の夜
マンドラ大暴走と魔獣襲撃から数日が過ぎた。
ポポロ村はすっかり落ち着きを取り戻し、壊れた柵や畑の修繕も村人総出で終わらせた。
村を救った「英雄」として、僕の扱いは劇的に変わっていた。
道を歩けば「タロウ様! 太陽芋のふかし芋、持ってきな!」「タロウの兄ちゃん、これ猪肉の串焼き! おごりだ!」と、次々に食料を押し付けられる。サンガさんに至っては「お前ならサリーを任せても……いや、まだだ! まだ早い!」と一人で勝手に葛藤している始末だ。
居心地は、最高に良かった。
ご飯は美味しいし、村の人は温かい。可愛いサリーも近くにいる。
だが、自室(サンガさんの家の客間)のベッドに寝転がり、スキルウィンドウの右上に表示された【残高:800円】という数字を見た時、僕は冷や汗をかいた。
「……このままじゃ、僕、ただの『ニート』じゃないか?」
村人たちは好意でご飯をご馳走してくれている。
でも、僕はここで畑を耕す技術もないし、村にずっと居座れば、ただ彼らの善意を食いつぶすだけの「居候」になってしまう。
それに、あの魔獣襲撃で僕は知ってしまった。
僕の『100円ショップ』のスキルは、使い方次第でこの世界の常識を覆せる。
ならば、大陸で一番大きな経済の中心地――人間の最高国家『帝都ルナミス』に行けば、このスキルと僕の経済学の知識で、どこまで通用するのか。
「……うん。行くしかないな」
その夜。
僕は別宅にあるサリーの薬師小屋を訪ねた。
ドアをノックすると、エプロン姿のサリーがパタパタと小走りで出てきた。
「あ、タロウさん! どうしたんですか、こんな夜に? どこか痛みますか?」
「いや、怪我じゃないんだ。サリーに、一番に言っておきたくて」
僕は深呼吸をして、真っ直ぐに彼女の丸い瞳を見つめた。
「僕、この村を出て、帝都ルナミスに行こうと思うんだ」
パリンッ。
サリーの手から、持っていた薬草の瓶が滑り落ちて割れた。
「え……?」
サリーは信じられないものを見るように、ポカンと口を開けた。
「何でですか!? ずっとここにいて良いんですよ!?」
涙目で詰め寄ってくるサリー。その必死な姿に胸が痛むが、僕は首を横に振った。
「ずっとここに居るわけには……それに僕は試してみたいんだ。自分が何処までやれるのか」
僕の武器は剣でも魔法でもない。地球の100均アイテムと、ちっぽけな現代の知識だ。
それでも、この広くて残酷で、面白い異世界で、自分の力で立ってみたい。
僕の決意の籠もった目を見たサリーは、少しの間俯き、ギュッと両手を握りしめた。
そして、顔をバッと上げて、力強く宣言した。
「分かりました! 私も行きます!」
「……えぇ!?」
予想外の返答に、今度は僕が素っ頓狂な声を上げてしまった。
「村の外には魔獣とか居て危険かも知れないのに!?」
ただでさえ帝都までの道のりは遠い。過保護なサンガさんが許すわけがないし、何より彼女を危険な目に遭わせたくない。
僕が慌てて説得しようとすると、サリーは顔を真っ赤にして、僕の胸元をポカポカと叩きながら叫んだ。
「だから、、だから! 一緒に行くって言ってるんじゃ無いですか! 太郎さんの馬鹿!」
「サリー……」
その瞳には、一歩も引かない強い意志が宿っていた。
思えば彼女も、過保護な父親から自立したくてこの別宅で一人暮らしを始めた、芯の強い女の子だ。僕が危険な外の世界へ行くなら、ヒーラーである自分がついていって守る。そう言ってくれているのだ。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
僕は思わず、彼女の小さな手をそっと包み込んだ。
「ごめん、、ありがとう サリー」
「……っ///」
僕が手を握った途端、サリーはハッとして顔をりんごのように赤く染め、「と、とと、とにかく! 準備がありますから!」とパニックになりながら小屋の奥へ引っ込んでしまった。
僕の異世界サバイバルは、どうやら一人旅ではなくなるらしい。
心強い最高のパートナーを得て、僕の心は帝都ルナミスへと向けて大きく羽ばたき始めていた。
だが、僕たちはまだ忘れていた。
この村には、娘を溺愛する『元Cランク冒険者の親バカ村長』がいることを。




