EP 6
無血開城の進軍。崩れゆく帝国の威信
ルナミス帝国本国へ向けた、数万の『太郎軍』の進軍。
それは、大陸の歴史上、最も異様で、最も平和な行軍だった。
「そォォォいっ! 大胸筋が歩いてるぞぉぉっ!!」
「プロテインの神(タロウ様)に道を空けろぉぉっ!!」
先陣を切るのは、量産型の大砲とバリスタを『己の肉体(人力)』で牽引しながら、テカテカの筋肉をアピールして行進するアルクス・ビルダーズたち。
その後ろには、100均の【リヤカー】に山積みにされた食糧(さつまいも、卵、米麦草)と、荷台の上でストゼロを煽るルチアナを乗せた本隊が続く。
悲壮感はゼロ。どう見ても、血に飢えた反乱軍というより、ヤバいテンションの『巨大な炊き出し部隊』である。
「……タロウ。前方に、帝都を守る最大の防衛拠点『城塞都市グランベル』が見えてきたわ」
ライザが馬の上から(僕は100均の折りたたみ自転車に乗っている)、鋭い声で前方を指差した。
高さ20メートルを超える堅牢な城壁。本来なら、数万の軍勢が何ヶ月もかけて包囲戦を行うような難攻不落の要塞だ。
「よし、野郎ども! 大砲の準備を――」
僕が手を挙げかけた、その時だった。
『ピピッ。前方城塞都市より、敵対的魔力反応……ゼロ。城門の開放を確認しました。戦闘発生確率、0.0001%です』
ポケットの中の賢者君が、気の抜けた電子音を鳴らした。
「……は?」
ギィィィィィン……ッ!
僕たちが大砲を構えるより早く、グランベルの巨大な鉄の城門が、内側から勢いよく開け放たれた。
そこから飛び出してきたのは、武装した騎士たちではない。
ボロボロの服を着た、数千人の一般市民たちだった。彼らの先頭では、街の代表らしき老人が、白旗(らしき布)をちぎれんばかりに振っている。
「た、太郎王バンザイ! アルクス領バンザイ!!」
「どうか、どうか我らをお救いください! 噂に聞く『ヤサイマシマシ』と『TKG』を、我らにもお恵みくださいぃぃっ!」
老人は僕の自転車の前に崩れ落ち、額を地面に擦り付けた。
「あの、守備隊の騎士や貴族たちは……?」
僕が自転車から降りて尋ねると、老人は顔を上げて鼻息を荒くした。
「あんな奴ら、太郎王の『必殺の爆発槍』で秒殺されると聞いて、昨日の夜のうちに財産を抱えて帝都へ逃げ出しました! 皇帝の重税に苦しんでいた我々は、太郎王の軍勢が来るのを、首を長くして待っていたのです!!」
「俺たちも、暖かくて明るいマンションに住みたいんだぁぁっ!」
「毎晩お腹いっぱい、甘いさつまいもを食べたいですぅぅっ!」
市民たちの飢えた、しかし希望に満ちた目が、一斉に僕と、後ろのリヤカーの食糧に向けられた。
「……なるほど。これが噂に聞く、歴史的な『無血開城』ってやつか」
刃を交えることなく、ただ圧倒的な『豊かさ』と『武力』の噂だけで、敵の最大の拠点が城を明け渡したのだ。かつての歴史の転換点を見るような、奇跡の光景だった。
僕は背中の雷霆を下ろし、ニヤリと笑って振り返った。
「野郎ども! 大砲はしまえ! 代わりに、100均の【大型寸胴鍋】と【カセットコンロ】を限界まで出せ!」
「「「ウオォォォォォォッ!! 炊き出しだぁぁぁっ!!」」」
「サリー、君の魔法でひよこを限界まで育ててくれ! ライザは交通整理! 今日からこの街の民も、僕たちの『太郎国』の国民だ!!」
「はいっ! みんなに美味しいご飯を!!」
「まったく、軍隊の進軍中に炊き出しなんて前代未聞よ。……でも、悪くないわね」
こうして、血みどろの攻城戦が起きるはずだった城塞都市グランベルは、僕たちのもたらした『究極の豚汁』と『TKG』によって、数時間後には完全に熱狂的な太郎信者の街へと変貌した。
このグランベル無血開城の噂は、さらに猛烈なスピードで帝国内を駆け巡った。
『太郎軍が来れば、争わずとも腹一杯の飯が食える』。
その事実は、皇帝の恐怖政治に縛られていた民衆の心を完全に折る(良い意味で)のに十分すぎた。
そこからの進軍は、もはや『パレード』だった。
第二の都市、第三の都市。要衝と呼ばれるすべての城の門が、僕たちが到着する前に大きく開け放たれ、民衆が歓喜の声を上げて出迎えた。
帝国に忠誠を誓うはずの地方貴族たちでさえ、次々と寝返り、あるいは逃亡し、抵抗する者はただの一人もいなかった。
ルナミス帝国が数百年かけて築き上げた絶対的な威信と恐怖支配は、たった数日の間に、100均グッズと美味い飯、そして圧倒的火力の前に、音を立てて崩れ去ったのだ。
そして、ついに。
「……見えてきたわね、タロウ。あれが、ルナミス帝国の心臓」
ライザが、静かに目を細めた。
無血開城のパレードの果て、僕たちの目の前にそびえ立っていたのは、大陸の中心に位置する巨大な城壁――ルナミス帝都本国。
もはや守る兵もほとんど逃げ出し、不気味なほど静まり返ったその巨大な城郭の奥深くに、全てを失い、完全に追い詰められた『裸の王様』が一人、震えながら僕たちを待っているはずだった。




