EP 10
神殺しの弓『雷霆』。新たな伝説の始まり
宝物庫の中央。大理石の台座の上に浮かぶその『弓』は、まるで自らが呼吸しているかのように、青白い紫電を明滅させていた。
装飾は一切ない。
黒檀のような漆黒の滑らかな弓身に、ただ純粋な『雷』そのものが弦として張られている。
見つめているだけで、肌が粟立つような圧倒的な神気と、恐るべき破壊の予感がビリビリと伝わってくる。
「これが、S級ダンジョンの最深部に眠る、伝説のアーティファクト……」
ライザが、息を呑んで立ち尽くした。
「タロウさん、なんだかこの弓……生きているみたいです」
サリーが少し怯えたように僕の背中に隠れる。
僕がゆっくりと台座に近づき、手を伸ばそうとした、その時だった。
『――クククッ。見事な悪辣さであったぞ、人間よ』
直接、脳内に響き渡る重低音の声。
「……っ!? 誰だ!?」
僕が周囲を見回すと、台座の上の弓から放たれる紫電が、一層強く輝いた。
『我だ。汝の目の前にある弓にして、意志を持つ兵装。名を【雷霆】という』
「弓が、喋った……?」
ファンタジーのお約束キター! と心の中で叫びつつ、僕は警戒を解かずに問いかけた。
『左様。我はこの天魔窟の底で、数百年もの間、己の主たるに相応しい強者を待ち続けていた。……だが、まさかあの神話の獣を、あのような形で屠る者が現れるとはな』
雷霆の声は、どこか愉快そうに笑っていた。
『圧倒的な絶望を前にして、己の身を挺して仲間を守り抜く意志の強さ。そこまでは見上げたものだ。だが……神話の獣の眼球に、得体の知れぬ極彩色の毒(ワサビとタバスコと和からし)を塗りたくり、悶え狂う口内に爆発物を放り込むとは! クハハハハッ! 痛快! 痛快極まりないぞ、人間!!』
「ど、毒じゃない! 地球の誇る偉大な香辛料だ!」
僕は顔を赤くして反論したが、雷霆の笑いは止まらない。
『綺麗事や誇りなどかなぐり捨て、這いつくばってでも勝利をもぎ取る泥臭さ。我は気に入ったぞ!』
雷霆の青白い光が、スゥッと僕の目の前まで飛んできた。
『我は【最適解】の体現者。主が握れば、その骨格、筋肉、魔力波長に合わせて最も扱いやすい形状へと自らを変化させる。そして――主の【感情の高ぶり】、すなわち怒りや、何かを強烈に守りたいという意志に呼応し、その威力は青天井に跳ね上がる』
雷霆の弦から、パチッ、と強い火花が散った。
『神すら射抜く、神殺しの弓。……どうだ人間。我が主となり、その泥臭い執念で、共に世界の理を撃ち抜いてみる気はないか?』
僕は、後ろを振り返った。
ボロボロになりながらも、僕を信じて、全てを委ねて微笑んでくれるライザとサリーがいる。
この箱庭(アルクス領)と、大切な彼女たちを守り抜くための『絶対的な力』。
100均チートの物資だけではない、僕自身が振るうことのできる最強の矛が、今目の前にある。
「……よろしく頼むぜ、相棒。僕の泥臭い戦い方に、文句は言わせないからな」
僕が迷いなく右手を伸ばし、雷霆の弓身を力強く握りしめた瞬間。
バチィィィィィィィンッッ!!!
強烈な青白い閃光が宝物庫を包み込んだ。
雷霆の漆黒の弓身が、まるで粘土のように形を変え、僕の手のひらの形、腕の長さ、そして筋肉の付き方に合わせて『完璧なフォルム』へと再構築されていく。
握っている感覚すら消失するほどの、究極のフィット感。まるで、僕の体に最初から備わっていた新しい『器官』のように、雷霆は僕の魔力と完全に同調した。
『契約は結ばれた。……往くぞ、我が主よ』
弓からの声が、頼もしい相棒のそれに変わっていた。
「ああ。帰ろう、ライザ、サリー。僕たちの家に」
僕が振り返って弓を掲げると、二人は満面の笑みで大きく頷いた。
こうして僕たちは、S級ダンジョン『天魔窟』を完全攻略し、新たな伝説の武器を手に入れたのだ。
* * *
数日後。
ダンジョンの暗闇から抜け出し、久々に浴びる太陽の光は、信じられないほど暖かかった。
「タロウ様ーーーっ!! ライザ殿ぉぉっ!! サリー殿ぉぉぉっ!!」
アルクス領の入り口。
遠くから、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしたセバスが、猛烈な勢いで走ってくる。
その後ろからは、テカテカにオイルを塗った『アルクス・ビルダーズ(筋肉自警団)』の面々が、「大胸筋の帰還だぁぁっ!」「プロテインで乾杯だぁぁっ!」と異常な雄叫びを上げて出迎えに来ていた。
「ふぁぁぁ……おかえり太郎。あんたたちがいない間、ストゼロの在庫が切れかけて本当に死ぬかと思ったわよ……」
屋台『豚神屋』のカウンター席からは、ルチアナがジョッキ片手にだらしない手を振っている。
黄色い看板、ニンニクの強烈な匂い、そして暑苦しい筋肉たち。
「……ふふっ。相変わらず、騒がしくて下品な領地ね」
ライザが、呆れたように、しかし心の底から愛おしそうに微笑んだ。
「はいっ。でも、世界で一番温かい、私たちの帰る場所です」
サリーが僕の腕にギュッと抱き着いてくる。ライザも当然のように、反対側の腕に身を寄せた。
「ああ。ただいま、みんな」
僕は神殺しの弓『雷霆』を背に負いながら、最高の笑顔で領民たちに手を振り返した。
絶対的な力と、かけがえのない絆を手に入れた。
しかし、僕のやることはこれからも変わらない。
この豊かで騒がしい、愛すべき『異世界スローライフ(?)』を、全力で満喫し、全力で守り抜くだけだ。
伝説は、ここからまた新たに始まっていく――。




