EP 9
死闘の果てに。三人だけの勝利
ドスゥゥゥン……という地響きの余韻が完全に消え去り、天魔窟の最下層に、耳が痛くなるほどの静寂が降りてきた。
巨城のようなベヒーモスの骸が、ピクリとも動かなくなったのを確認し。
僕の全身から、無理やり痛みをねじ伏せていたアドレナリンが、スゥッと引いていくのが分かった。
「……終わっ、た……」
カラン、と手から弓が滑り落ちる。
同時に、折れた肋骨と内臓の激痛が一気に押し寄せ、僕はその場に仰向けに倒れ込んだ。
視界が再び暗く明滅し始める。
「タロウさんっ!!」
すぐさまサリーが駆け寄り、僕の血まみれの胸に顔をうずめて号泣し始めた。
「よかった……っ! 本当に、本当によかったぁぁっ!」
彼女の手から放たれる、優しくて温かい『ヒール』の光が、僕の破綻寸前の肉体を必死に繋ぎ止めてくれる。
「……泣くなよ、サリー。お前が一番の殊勲賞だ。あの炎の弾丸がなきゃ、僕たちは全滅してた」
僕は血まみれの手で、彼女のプラチナブロンドの髪をゆっくりと撫でた。
「タロウ……?」
その時、少し離れた岩壁の根元から、掠れた声が聞こえた。
見ると、全身打撲と魔力枯渇で気を失っていたライザが、ふらつく足取りで立ち上がろうとしていた。
彼女の目は、倒れたベヒーモスの巨体と、血だまりの中でサリーに膝枕されている僕の姿を交互に見つめ、信じられないものを見るように見開かれていた。
「ライザ……! 悪かった、僕がへまをしたせいで、君に無茶をさせて……っ!」
僕が身を起こそうとした瞬間。
ガバッ!!
「……っ!!」
猛烈な勢いで駆け寄ってきたライザが、僕の首に強く、苦しいほど強く腕を回し、抱きついてきた。
カチャカチャと、彼女の纏うボロボロの鎧が僕の胸に当たる。
「馬鹿……っ! 大馬鹿野郎……ッ!!」
ライザの肩が、小刻みに震えていた。
「あなたが、死んだかと……私の目の前で、血まみれで倒れて……っ! もう二度と、あんな思いはさせないで……ッ!」
帝国の誇り高き騎士であり、常に冷静で気丈に振る舞っていた彼女が、まるで迷子になった子供のように声を上げて泣きじゃくっている。
その涙が僕の頬に落ちて、彼女がどれだけの恐怖と絶望の中で、あの捨て身の一撃を放ったのかを痛いほどに伝えてきた。
「……ごめん。もう絶対に、君たちを置いて死んだりしない」
僕は、サリーの小さな肩と、ライザの震える背中を、両腕でしっかりと抱きしめ返した。
死と隣り合わせの極限状態を乗り越え、僕たち三人の間に、言葉では言い表せない強固な絆が結ばれた瞬間だった。
* * *
「いてててっ……サリー、そこ、まだ骨がくっついてない……」
「我慢してください。タロウさんの傷、深すぎるんですから」
小一時間後。
サリーの献身的な『ヒール』により、僕とライザの傷はなんとか動ける程度にまで回復していた。
とはいえ、神話級魔獣の攻撃を受けたダメージと疲労は、魔法だけでは到底拭いきれない。
「ほら、二人とも。これを飲んで」
僕はスキル『100円ショップ』を起動し、茶色いガラス瓶を三本召喚した。
100均のサプリメントコーナーに置かれている、**『タウリン3000mg配合・滋養強壮ドリンク』**だ。
「なんだか、薬草を煮詰めたような匂いがするわね……」
ライザが怪訝そうな顔をしながらも、瓶を一気に煽る。
「……っ! 変な味だけど、なんだか体の奥から無理やり力が湧いてくるような……!」
「地球のブラック企業戦士たちが、命を削って働くために飲む『合法ポーション』だからね。サリーの魔法と合わせれば、疲労回復には一番効く」
僕も栄養ドリンクを飲み干し、ふぅっと大きく息を吐き出した。
痛みが引き、呼吸も整ってきたところで、僕たちは改めてベヒーモスが塞いでいた空間の『奥』へと視線を向けた。
巨獣が倒れたその後ろの岩壁に、ひっそりと、しかし荘厳な装飾が施された石の扉が隠されていたのだ。
扉には鍵穴はなく、ベヒーモスの討伐に呼応したのか、重々しい音を立ててすでに半開きになっていた。
『ピピッ。前方の空間より、桁違いの高密度魔力反応を検出。……マスター、あれがS級ダンジョンの最深部、【宝物庫】であると推測されます』
ポケットの中の賢者君が、電子音で告げる。
「行こうか。僕たちの、命懸けの冒険の報酬を受け取りに」
「ええ。何が眠っているのか、見せてもらいましょう」
「はいっ!」
僕たちは頷き合い、三人で並んで、宝物庫の重い石の扉を押し開けた。
眩いばかりの金銀財宝……を想像していた僕たちの目に飛び込んできたのは、予想とは全く違う光景だった。
薄暗い円形の小部屋。
その中央にポツンと置かれた大理石の台座の上に、ただ一つ、青白い雷光を帯びた『弓』が、静かに宙に浮いて鎮座していたのだ。




