EP 8
100均の悪辣なる一撃。激辛目潰しと必殺の矢
「グガァァァァァァッッ……!!?」
左前脚の剥き出しの肉にサリーの圧縮炎弾を叩き込まれたベヒーモスは、悶絶しながら大きく体勢を崩した。
山のような巨体が傾き、その巨大な頭部が、ちょうど立ち上がった太郎の目の前の高さまで落ちてくる。
(……ライザがこじ開けて、サリーが繋いだ勝機だ。絶対に外さねぇ……!)
全身の激痛をアドレナリンでねじ伏せ、太郎は弓を構えた。
だが、彼が番えたのはガンドフ特製の爆発矢ではない。
スキル『100円ショップ』で召還した、地球の現代文明が産んだ『凶器』たちだ。
「地球の辛味、舐めんじゃねぇぞ……ッ!」
太郎は矢筒から通常の矢を三本引き抜くと、口でプラスチック製のチューブのキャップを噛みちぎった。
そして、その矢尻に、鮮緑色のペースト――『チューブ入り生ワサビ(増量タイプ)』を、これでもかというほどたっぷりと塗りたくった。
さらに別の矢には、黄色いペースト――『和からし』を。
最後の一本には、小瓶の中身――『タバスコ(ハバネロソース)』を、ドボドボと矢羽にまで染み込ませた。
「タロウさん、それは……?」
背後でサリーが看病を続けながら、鼻を突くツーンとした異臭に顔をしかめる。
「異世界無双の、とっておきの隠し味さ……!」
太郎は血走った目でニヤリと笑うと、激辛成分の三種盛りとなった矢を同時に三本、弓に番えた。
狙うは、苦痛に歪むベヒーモスの、あの巨大な『赤い両目』だ。
鋼鉄の鱗には効かなくても、粘膜剥き出しの眼球なら話は別だ。
100均の、しかし地球の食品加工技術が濃縮されたその辛味は、異世界の魔獣にとって未知の、そして筆舌に尽くしがたい『地獄の苦痛』となるはずだ。
「……くたばれッ!!」
ビォォォンッ!!!
太郎の手から放たれた三本の矢は、至近距離から寸分の狂いもなく、ベヒーモスの大きく見開かれた眼球へと吸い込まれた。
ブスッ! ブスッ! ブスッ!
「……?」
最初は、小さな針に刺された程度の感覚だった。
だが、その直後。
眼球の粘膜に突き刺さった矢尻から、濃厚なワサビ、からし、そしてハバネロソースが、体温によって一瞬にして溶け出し、網膜と神経に直接ブチ撒けられた。
「………………ッッッッ!!!!!!!!????」
ベヒーモスの動きが、完全に止まった。
声にならない、あまりの激痛。
目に直接溶岩を流し込まれたような、あるいは酸を浴びせられたような、鼻を突くツーンとした刺激と、焼けるような灼熱感が、脳髄を直接破壊せんばかりに襲いかかったのだ。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!!!!」
次の瞬間、神話級魔獣は、これまで聞いたこともないような、鼓膜を裂く断末魔の叫びを上げてのけ反った。
両目からは、涙ではなく、血とワサビとタバスコが混じった、禍々しい液体が止めどなく溢れ出す。
あまりの苦痛に、ベヒーモスは左前脚の傷など忘れ、のた打ち回り、巨大な頭部を岩壁に何度も叩きつけ始めた。
ドォォォン! ドォォォン! ドォォォン!
「やった……! 効いてる……!」
サリーが驚愕の声を上げる。
「まだだ……! とどめの一撃、いくぞサリー!!」
太郎は弓を放り出し、背中の矢筒から、最後の一本――ガンドフが死力を尽くして作り上げた、あの黒ずんだ『爆発矢(必殺の矢)』を引き抜いた。
目にワサビを喰らい、悶絶して岩壁に頭をぶつけ、口を大きく開けて叫んでいるベヒーモス。
その大きく開かれた口内こそが、唯一の、そして最後の弱点だ。
「ライザ……! 俺たちの勝ちだッ!!」
太郎は折れた肋骨の激痛を気合いでねじ伏せ、全身の力を込めて、爆発矢を手で直接、ベヒーモスの口内へと槍のように投げつけた。
シュォォォッ!
血とアブラにまみれた太郎の執念が込められた一本の矢は、悶絶する巨獣の喉奥へと、完璧な放物線を描いて吸い込まれた。
「……?」
喉奥に異物を感じたベヒーモスが、一瞬、のた打ち回るのを止めた。
直後。
ドォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!!!!
ベヒーモスの腹の底から、地底のマグマが爆発したかのような、凄まじい轟音が響き渡った。
ガンドフ特製の爆発矢は、魔獣の強靭な消化器官の内側で、そのすべてのエネルギーを一気に解放したのだ。
山のような巨体が、内側からの爆発の衝撃によって大きく膨らみ――。
「……あ」
次の瞬間、巨大な双眸から光が消えた。
ドドォォォォォォンッ……。
地響きと共に、神話に語られる暴君ベヒーモスは、その巨躯を冷たい地下の床へと横たえ、二度と動くことはなかった。
残ったのは、焦げた肉の匂いと、微かに漂うワサビの匂い。
そして、死闘を生き抜いた、三人だけの静寂だった。




