EP 7
起死回生の連携。聖女の怒りの銃弾
「タロウさん、タロウさん……ッ! お願い、目を開けて!」
黒曜石の冷たい床。血だまりの中に倒れる太郎にすがりつき、サリーはボロボロと大粒の涙をこぼしていた。
彼女の両手から、これまでにないほど強く、そして温かい『ヒール(回復魔法)』の光が放たれ、太郎の傷ついた身体を包み込んでいる。
「光よ、癒やして! 私の魔力を全部使ってもいいから……タロウさんを助けて!!」
自らの生命力すら削りかねない、限界を超えた魔力の放出。
しかし、神話級魔獣の圧倒的な暴力によって破壊された太郎の肉体は、容易には修復されない。
さらに絶望的なことに、背後からは地響きを立てて、怒りに我を忘れたベヒーモスが迫ってきていた。
ライザの決死の一撃によって『左前脚』の鱗を砕かれ、生々しい傷を負った巨獣は、その痛みに狂乱し、目につくすべてのものを蹂躙しようとしていた。
ズシンッ! ズシンッ!
巨大な影が、サリーと太郎を完全に覆い隠す。
「……あ、ぁ……」
振り上げられる、無傷の右前脚。
サリーは杖を強く握りしめ、太郎に覆い被さるように目を閉じた。私が盾になる。そう覚悟を決めた、その時。
「……泣くな、サリー」
血に染まった手が、サリーの震える腕を弱々しく、しかし確かに掴んだ。
「タ、タロウさん……ッ!?」
「ゲホッ……ごめん、ちょっと寝てた……」
太郎が、口の端から血を流しながら、薄く目を開けていた。
サリーの限界突破のヒールによって、致命傷だった内臓の損傷がギリギリのところで繋がり、意識を繋ぎ止めたのだ。
「よかった、本当によかった……っ!」
「……ライザは?」
太郎の掠れた問いに、サリーは涙を拭いながら、遠くで倒れている赤髪の騎士を指差した。
「ライザちゃんが、タロウさんを庇って……あの子の左足に、一撃を……」
太郎の視線の先。
無惨に砕け散ったミスリルの剣と、ピクリとも動かないライザの姿があった。
そして、目の前にそびえ立つベヒーモスの『左前脚』。鋼鉄の鱗が剥がれ落ち、そこだけが赤黒い肉を露出させている。
(……ライザ。お前、一人で無茶しやがって……)
太郎の奥歯が、ギリッと音を立てた。
AIが『貫通率0.001%未満』と弾き出した絶対の装甲を、彼女は自らの命と引き換えにこじ開けたのだ。
なら、その『たった一つの勝機』を無駄にするわけにはいかない。
「サリー、聞いてくれ」
太郎は全身を走る激痛に耐えながら、血まみれの口元を歪めて、凄絶な笑みを浮かべた。
「お前は、僕とライザをこんな目に遭わせたあいつを……許せるか?」
その言葉に、サリーの肩がピクリと震えた。
聖女として育てられ、常に他者を癒やすことを使命としてきた彼女。
だが、あのキャベツの時(第41話)にも見せたように、彼女の内に秘められた『感情の爆発』は、時としてとてつもない破壊力を生み出す。
「……許せません」
サリーが、ゆっくりと立ち上がった。
その瞳から涙は消え、代わりに、氷のように冷たく、そして激しい『怒りの炎』が宿っていた。
「タロウさんを傷つけて。ライザちゃんをあんなボロボロにして。……絶対に、許さない」
「なら、ぶち込め。お前のありったけの魔力を、一番熱い『炎』に変えて……あいつの左足の傷口にだ」
「はいっ……!」
サリーは杖を両手で構え、ベヒーモスを真っ直ぐに睨みつけた。
振り下ろされようとしている巨腕など、今の彼女の目には入っていない。
「大気の精霊よ。私の怒りを糧とし、全てを焼き尽くす一閃の牙となれ……!」
ゴォォォォォォォォッ!!
サリーの杖の先端に、周囲の空気を歪ませるほどの超高熱の炎が圧縮されていく。
それは広範囲を焼き払う『爆炎』ではない。
貫通力に特化し、ただ一点のみを穿つための、極限まで圧縮された『炎の弾丸』。
「消し飛びなさい――『ファイア・バレット(怒炎の銃弾)』!!」
バシュゥゥゥゥゥゥッ!!!
杖の先端から放たれたレーザーのような一条の炎が、青白い地下空間を真紅に染め上げた。
それは、振り下ろされる右腕の隙間を完璧にすり抜け――ライザが命懸けでこじ開けた、ベヒーモスの『左前脚の傷口』へと、寸分の狂いもなく吸い込まれた。
ズドォォォォォォォンッ!!!
「ギュァアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!?」
分厚い装甲の内側、剥き出しの肉と神経に直接叩き込まれた超高熱の爆発。
神話級の魔獣が、これまで聞いたこともないような悲鳴を上げて仰け反った。
左前脚が完全に機能不全に陥り、山のような巨体が、ドドォンッ! と地響きを立てて大きくバランスを崩す。
「今だッ!!」
太郎が、激痛に悲鳴を上げる身体を無理やり動かし、血だまりの中から立ち上がった。
彼の手には、いつの間にか弓と、ガンドフ特製の『爆発矢』。
そして……もう一つの手には、スキル『100円ショップ』で召喚された、見慣れない『プラスチック製のチューブ』と『小瓶』が握られていた。
反撃の狼煙は上がった。
ここからは、地球の現代物資を悪用した、容赦のない『泥臭いターン』の始まりだ。




