EP 19
ジロリアン帝国の誕生。噂を聞きつけた猛者たち
「……なんだ、この異様な光景は」
帝都ルナミスから数日かけて辺境のアルクス領に辿り着いたA級冒険者、剣鬼のガイルは、領地の入り口で絶句した。
彼の目の前には、見渡す限りの大行列ができていた。
商人、近隣の農民、ガイルと同じく完全武装した他領の冒険者たち、果ては身分を隠すためのローブを羽織った(しかし護衛の数でバレバレの)貴族らしき一団まで。
数百人を超える人間が、広場の中央にそびえ立つ『黄色い看板の屋台』に向かって、じりじりと列を作っているのだ。
「おい! 俺は帝都で名を馳せたA級冒険者だぞ! なんでこんな田舎の屋台で並ばなきゃならねぇんだ! 通せ!」
行列の長さに痺れを切らしたガイルが、列を無視して屋台へとズカズカと歩き出そうとした、その時。
ドスッ!!
「……ッ!?」
ガイルの顔面が、鋼鉄の壁のような『何か』に激突した。
見上げると、そこには丸太のような太い腕を組み、はち切れんばかりの大胸筋をピクピクと脈打たせている、二メートル近い巨漢の男が立ち塞がっていた。
「割り込みは禁止だ。最後尾に並べ」
巨漢の男――アルクス・ビルダーズ(筋肉自警団)の一員が、静かに、しかし絶対的な威圧感を放って見下ろしてくる。
「な、なんだお前は! ただの村の自警団の分際で、この俺を――」
ガイルが剣の柄に手をかけた瞬間、彼の周囲を、同じように筋骨隆々のマッスル兵士たちが十数人、無言で取り囲んだ。
彼らから放たれる、異常なまでの超回復を遂げた肉体のプレッシャー。それは、ガイルがかつて死闘を演じた上位竜すら凌駕するほどの圧倒的な『暴力の予感』だった。
「ひっ……!」
「並ぶのか、並ばないのか。どっちだ?」
「な、並びますぅぅ……っ!」
歴戦のA級冒険者が、涙目で列の最後尾へと小走りで向かっていく。
ライザのスパルタ教育と、過剰なタンパク質摂取によって鍛え上げられたアルクス・ビルダーズは、今や帝国最強の『行列整理(警備)スタッフ』として機能していた。
* * *
「へいらっしゃい! コールはどうする!?」
「え、えっと……周りの奴らが言ってる呪文で頼む! 『ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ』だ!」
数時間の行列を経て、ついにカウンター席に辿り着いたガイルと、その隣に座ったお忍びの貴族。
彼らの前に、ドンッ! と暴力的な見た目の『豚神屋』特製ラーメンが置かれた。
「な、なんという下品な見た目だ……草の匂いも強烈すぎる。本当にこれが、食べれば力が漲るという魔法の料理なのか……?」
貴族の男がハンカチで鼻を押さえながら震える。
「御託はいい、食ってみりゃ分かるはずだ!」
ガイルが箸を割り、山盛りの野菜の底から極太のオーション麺(米麦草)を引きずり出し、豪快に啜り込んだ。
隣の貴族も、おそるおそるレンゲで乳化した豚骨スープをすくい、口に運ぶ。
ズズズズッ……。
ゴクリ。
「「…………ッッッ!!!?」」
二人の瞳孔が限界まで開き、全身の毛が逆立った。
「な、なんだこの圧倒的な旨味とアブラはぁぁっ!!」
ガイルが絶叫した。
「シープピッグの分厚いコク! 醤油草の塩気! そしてこのニンニク! 噛むほどに小麦の香りが爆発する極太麺! 俺の全身の細胞が、歓喜の産声を上げているッ!!」
ボワァァァァッ!!
ガイルの体から、黄金色に輝く闘気が、まるで伝説の戦士が覚醒したかのように激しく立ち昇った。限界を超えたカロリーと塩分が、彼の冒険者としてのポテンシャルを一時的に限界突破させたのだ。
「う、美味い……美味いぞぉぉぉっ!!」
隣に座っていた貴族も、もはやマナーも品格もかなぐり捨て、ローブを脱ぎ捨ててYシャツ姿になりながら、汗とアブラにまみれて一心不乱に麺を啜っていた。
「私の領地で出る最高級のフルコースより、この下品な一杯の方が何百倍も美味いではないか! なんという悪魔の食べ物だ!! 給仕! この『ブタ』とやらを追加だ! あと、この黒い液体(黒烏龍茶)もよこせぇぇ!!」
「あいよォッ!!」
僕は笑顔で追加のチャーシューを乗せ、100均の黒烏龍茶のペットボトルを差し出した。
ガイルも貴族も、最後の一滴までスープを飲み干し、ドンブリをカウンターに置くと、天を仰いで大きく息を吐き出した。
「「……昇天った……」」
身分も、職業も関係ない。
この『黄色い看板』の前では、全ての人間が平等にカロリーの奴隷となるのだ。
「ふははははっ! タロウ様、素晴らしいですぞ! 帝都の貴族連中が、我先にと金貨を落としていきます!」
裏口で売上を計算しているセバスが、かつてないほどの笑顔で札束を数えている。
「タロウさん……お水、追加しておきますね」
「自警団の連中も、警備の合間に賄いを食べてさらにバルクアップしているわ。……もう、私の剣技指導なんて必要ないかもしれないわね」
甲斐甲斐しくコップに水を注ぐサリーと、少しだけ遠い目をしているライザ。
そして、厨房の隅(特等席)では、ルチアナが「ストゼロ追加ー! 今日はニンニク少なめアブラマシマシで!」と、完全に常連のジロリアンと化していた。
帝国の猛者たちを次々とアブラの海に沈め、魅了していく『豚神屋』。
辺境のアルクス領は、今や帝国全土から腹を空かせた猛者たちが集結する、世界一騒がしく、そして世界一美味い『聖地(ジロリアン帝国)』として、不動の地位を築き上げてしまったのだった。




