EP 18
伝播する呪文。「ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ」
アルクス領の中心広場。
かつては寂れ、領民たちが泥水を啜ってため息をついていたその場所は、今や全く別の熱気に包まれていた。
「……次の方、どうぞ!」
「お、おう! 頼むだ男爵様! 『ヤサイマシマシニンニクアブラカラメ』だぁぁっ!」
「あいよォッ!!」
僕は額の汗をタオルで拭いながら、100均の湯切りザル(テボ)を力強く振った。
黄色い看板を掲げた『豚神屋』の前には、朝から晩まで長蛇の列ができていた。
初日こそ、その暴力的な見た目と強烈な豚骨臭に尻込みしていた領民たちだったが、マッスル兵士たちや駄女神ルチアナが涙を流して昇天する姿を見て、好奇心(と食欲)を抑えきれなくなったのだ。
「ズルズルズズッ! ぶ、ぶはぁっ! 味が濃ぇ! なんだこの草の辛味は! だが……箸が止まらねぇだ!!」
農作業で疲れ切った村の男が、目を血走らせてワシワシと極太麺を頬張る。
「あらやだ、アブラが甘くて美味しいわぁ。私、お肉追加でお願いね」
近所のおばちゃんが、分厚いシープピッグのチャーシューに食らいつきながら、顔をほころばせる。
「うめぇぇぇっ! 毎日芋しか食ってなかったから、塩分が体に染み渡るぅぅっ!」
若者たちがドンブリに顔を突っ込み、一心不乱にスープを啜る。
僕が提供する一杯のラーメンは、過酷な辺境の暮らしを激変させた。
重労働の後に食べる、圧倒的な塩分とカロリー、そしてニンニクのパンチ力。それは彼らの疲労を瞬時に吹き飛ばし、明日への強烈な活力を生み出す『魔法の薬(合法麻薬)』として機能したのだ。
そして、いつしか領民たちの間では、奇妙な『挨拶』が定着し始めていた。
「おうヨサク、今日は畑仕事どうだった?」
「ぼちぼちだ。お前はこれから『豚神屋』か? コールはどうする?」
「今日は疲れたからな。『ヤサイマシマシアブラカラメ』でガッツリいくぜ!」
「……ねぇ、タロウさん」
少し離れた場所で、サリーが鼻をつまみながら呆れたように呟いた。
「村の子供たちまで、呪文のように『ニンニクマシマシ』って言いながら遊んでるんですけど……。これ、教育上大丈夫なんでしょうか?」
「ふふふ。英才教育さ。彼らが大人になる頃には、立派な『ジロリアン(豚神屋の狂信者)』に育っていることだろう」
僕は寸胴鍋のスープをかき混ぜながら、悪魔のように微笑んだ。
「それにタロウ。この領地全体が、常にシープピッグのアブラと強い草の匂いに包まれてるわよ。風下にいると、匂いだけで胸焼けがするわ」
ライザも剣の柄に手を置きながら、深いため息をついた。
「匂いじゃない、香りだよライザ。それに、悪いことばかりじゃないぞ」
僕は厨房から、広場の隅を指差した。
そこには、ゴルスが手配した巨大な木箱が積まれ、次々と飛ぶように売れていく謎の黒い液体の入ったボトルの山があった。
「あれは……タロウさんが『100円ショップ』で出していた、『黒烏龍茶』?」
「そう。ラーメンを食べた後の罪悪感(脂肪の吸収)を打ち消す、究極の免罪符だ。ラーメンと一緒に売ることで、利益率が跳ね上がるんだよ」
「……あなたは本当に、商魂たくましいというか、なんというか……」
豚神屋のラーメンと、食後の黒烏龍茶。
この完璧なコンボは、アルクス領の経済をさらに爆発的に潤していくことになった。
「タロウ様! 大変ですぞ!!」
その時、執務室から書類の束を抱えたセバスが、猛烈な勢いで走ってきた。
彼はすっかり二日酔いから回復し(ラーメンを三杯食って超回復した)、有能な執事の顔に戻っていた。
「どうした、セバスさん。また税収の計算が合わないのか?」
「違います! 豚神屋の噂が……ゴルド商会の行商人たちを通じて、帝国全土に恐るべき速さで広まっているのです!」
セバスは興奮で片眼鏡を震わせながら、書類をバンッと広げた。
「近隣の領主や、帝都の貴族、さらには『未知のバフ(身体強化)料理』があると聞きつけた凄腕のA級冒険者たちが、こぞってこのアルクス領へ向けて出発したとの情報が入りました! その数、数百人規模です!!」
「えっ」
僕はテボを持ったまま、動きを止めた。
「数百人……? それ、全部ラーメン目当ての観光客ってことか?」
「はい! もはやこれは単なる飲食店の騒ぎではありません! 帝国の一大ムーブメント……『ラーメン・ツーリズム』の勃発でございます!!」
セバスの叫び声に、僕はゴクリと生唾を飲み込んだ。
僕の魂のソウルフードが、ついに国境を越え、異世界全土の胃袋を支配する時が来たのだ。
「……よし。受けて立とうじゃないか。ガンドフさん! ゴルスさん! 厨房の拡張工事と、シープピッグの大量買い付けだ! 帝国中の猛者たちを、アブラとニンニクの海に沈めてやる!!」
僕の野望の炎が、寸胴鍋の火力と共に、さらに高く燃え上がった。




