EP 15
オーション粉と醤油草。神のスープの完成
アルクス領、領主の館の裏庭。
ガンドフが耐火煉瓦で急造した巨大なカマドの上で、100均の『特大寸胴鍋』が地獄の釜のようにグツグツと煮えたぎっていた。
「くっ……! な、なんだこの強烈な獣の匂いは……!?」
「タロウ、あなた本当に食べ物を作っているの!? 鼻がどうにかなりそうよ!」
ゴルスがかき集めてきたシープピッグの大量のガラ(骨)と、分厚い背脂。
それを数時間ぶっ通しで強火で煮込み続けると、周囲には暴力的なまでの豚骨臭が充満し始めた。ライザとサリーはたまらず鼻をつまんで遠巻きに見ているが、僕のテンションは最高潮に達していた。
「これだよこれ! この匂いこそが『二郎系』の魂! ガラから出た髄のエキスと、背脂が溶け合って完璧に乳化してる証拠だ!」
僕は大きな木べらで寸胴の底からガラをかき混ぜながら、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
スープの土台は完璧だ。次は、味の決め手となる『カエシ(醤油ダレ)』の作成である。
「出番だぞ、醤油草!」
僕は太い茎を持つその異世界の植物を、100均の『万能すり鉢』の中でゴリゴリとすり潰し、力強く絞り上げた。
滴り落ちる、漆黒の樹液。
舐めてみると、強烈な塩気と、脳を直接殴るようなアミノ酸の旨味の塊だった。地球の濃口醤油に勝るとも劣らないポテンシャルだ。
ここに、100均の調味料コーナーから出した『うま味調味料(魔法の白い粉)』をバサバサと惜しげもなく投入し、みりん風調味料で微かな甘みを足して煮詰める。
「よし、カエシも完成! あとは『麺』だ……!」
僕はエプロンで手を拭いながら、コタツで寝ていた駄女神から巻き上げたスマホに向かって叫んだ。
「頼むぞ、賢者君! 『米麦草』を使って、地球の強力粉『オーション』の成分を完全に再現する製粉比率と加水率を計算してくれ!」
『ピピッ。米麦草の胚乳部分のグルテン含有量を解析。……計算完了。水分量を極限まで減らし、100均の【重曹】をかん水代わりに代用することで、強力粉特有のゴワゴワとした食感と小麦の香りを再現可能です』
「お前、本当に神だな(ルチアナよりよっぽど)!!」
僕は賢者君の弾き出した完璧なレシピに従い、米麦草の粉と水、重曹を力任せに練り上げた。
水分の少ない生地は石のように硬いが、そこは僕のステータス(農作業とサバイバルで地味に鍛えられた筋力)でカバーする。
まとまった生地を、100均の『手回し式パスタマシン』のローラーに何度も通し、分厚い帯状に延ばしていく。
そして、カッター部分を通してハンドルを回すと――。
ズルズルズルッ!
「おおおおっ!!」
パスタマシンの下から現れたのは、茶色みがかった、縮れの強い極太の平打ち麺だった。
この凶暴な見た目。指で触れた時の、跳ね返すような弾力。
間違いなく、僕が愛してやまない『ワシワシ麺』そのものだ。
「よし、全てのパーツが揃った……!」
僕はドンブリ(もちろん100均の特大ラーメン鉢)に、漆黒のカエシと白い粉を入れ、寸胴から黄金色に乳化した熱々の豚骨スープを注ぎ込んだ。
そこに、隣の鍋で茹で上がった極太麺を湯切りしてブチ込む。
トッピングは、ゴルスが集めてきた『ネタキャベツ』の茹で野菜だ。
(ちなみに茹でられる直前、「待って! 村の肉屋の親父、実はカツラなのよぉぉっ!」と叫んでいたが、無慈悲に熱湯へ沈めた)
麺が見えなくなるほど山盛りにされたキャベツの上に、雪のように白く輝くシープピッグの背脂をチャッチャと振りかける。
そして最後。頂上に、粗く刻んだ大量の『生ニンニク』を無造作に叩きつけた。
「完成だ……」
僕は震える両手で、そのドンブリを持ち上げた。
スープの表面には分厚い油膜が張り、圧倒的なジャンクの香りが鼻腔を貫く。
「い、一体なんなの、その山みたいな料理は……」
「お肉の匂いと、強い草の匂いが混ざって……なんだか、見ているだけで胸焼けが……」
ライザとサリーがドン引きしているが、知ったことか。
僕は割り箸を割り、野菜の山をかき分けて、底から極太麺を引っ張り出した(天地返し)。
飴色のスープを吸って黒光りする麺に、たっぷりの背脂とニンニクを絡ませて、一気に啜り込む。
ズズズズズズッ!!!
「…………ッ!!!」
咀嚼した瞬間。
オーション粉(米麦草)の暴力的な小麦の香りとワシワシとした食感が歯を押し返し、そこに醤油草のキレのある塩味、シープピッグの背脂の暴力的な甘み、そして生ニンニクの強烈な辛味が、口の中で特大の爆発を起こした。
美味い。
美味すぎる。
これは料理ではない。カロリーと塩分による『合法の麻薬』だ。
「……うぅっ」
僕は箸を持ったまま、ポロポロと大粒の涙をこぼした。
「タ、タロウ!? どうしたの、毒でも入ってたの!?」
ライザが慌てて駆け寄ってくる。
「違うんだ、ライザ……。俺の魂が、救済されたんだ……」
異世界に来てからの苦労、魔獣との死闘、領地経営のプレッシャー。
その全てが、このニンニクとアブラの暴力によって綺麗に洗い流されていく感覚。完璧すぎる再現度だった。
「よし!!」
僕は涙を乱暴に拭い、ドンブリを空にすると、厨房から外に向かって高らかに叫んだ。
「この領地に、新たな伝説を打ち立てるぞ! ガンドフさん、広場に店を作る! 黄色い看板のペンキを用意してくれ! 店の名前は――『豚神屋』だ!!」
ちょうどその時。
「ひぃ……ふぅ……限界だ……塩分と、タンパク質を……」
ライザの地獄の特訓と、サリーの超回復ループによって極限まで追い込まれ、心身ともに飢えきっていた『アルクス・ビルダーズ(筋肉自警団)』の面々が、練兵場からフラフラと歩いてきていた。
僕の最強のラーメンと、極限の空腹を抱えたマッスル兵士たち。
運命の出会いは、もう目前に迫っていた。




