EP 13
漢たちの夜の逃避行。いざ、帝都のネオン街へ
カトリ……。
執務室の机から、羽ペンが力なく転がり落ちた。
「……終わらない。いくらハンコを押しても、税収と特産品の出荷依頼の山が……減らない……」
目の下にどす黒いクマを作った初老の執事、セバスが、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。
アルクス領の急激な発展は、凄まじい経済効果と同時に、セバスへの『過労死レベルの事務作業』をもたらしていた。
「温泉……エルフのネーチャン……私の、青春……」
ついに幻覚を見始めたのか、セバスがヨダレを垂らして突っ伏した、その時。
「おいセバス! 生きてるか!」
バンッ! と扉を開けて、僕とゴルス、ガンドフの三人が執務室に転がり込んできた。
「タロウ様……申し訳ありません、本日の決裁はもう……」
「仕事の話じゃない! 遊びに行くぞ!」
「……はい?」
僕は声をひそめ、ニヤリと笑った。
「ここ最近、領地のインフラ整備に兵士の特訓(マッスル化)で、僕ら男衆はずっと働き詰めだった。ライザのスパルタ警備網のせいで息も詰まるし、たまには羽を伸ばしたくないか?」
「ガッハッハ! 坊主の言う通りだ! 金なら腐るほどあるんだ、帝都でパーッと豪遊しようぜ!」とゴルス。
「俺様も、あの『すまとふぉん』の図面通りに機械を組むのに疲れたところだ。強いエールが飲みてぇ!」とガンドフ。
そして、僕たち三人は、地獄の底から這い上がってきた亡者のような顔のセバスに、決定的な一言を放った。
「目的地は、帝都第1階層。最新の『エルフ・キャバクラ』だ」
「…………ッ!!!」
ガタッ! と音を立ててセバスが立ち上がった。その瞳には、かつてないほどの強烈な生命力の炎が宿っている。
「行きます。何が何でも行きます! さぁ、あの恐ろしいお嬢さんたち(サリーとライザ)に見つかる前に、早く裏口から出発を!!」
こうして、僕たち『漢の欲望・四人衆』の夜の逃避行が幕を開けた。
* * *
「ガタゴト……モォォォォン……」
僕たちが飛び乗ったのは、巨大な岩の角を持つ牛型魔獣が牽引する『ロックバイソン定期バス』の夜行便だ。
スピードは遅いが、その圧倒的な巨体のおかげで魔獣に襲われる心配がなく、車内では安全に酒が飲める。
「かんぱーい!!」
僕たちは客車の後部座席を陣取り、100均で出した『プラスチック製コップ』に、ガンドフが持ち込んだ度数25度の『芋酒』をなみなみと注いで乾杯した。
男だけのバカ話に花を咲かせながら、バスは夜の街道を帝都ルナミスへと進んでいく。
そして、深夜。
きらびやかな魔導石のネオンが輝く、帝都第1階層の歓楽街。
『いらっしゃいませー♡ ご主人様たち、ご案内しまーす♡』
豪華な扉を開けると、そこは文字通りの『楽園』だった。
透き通るような白い肌、尖った長い耳、そして露出度の高いきらびやかなドレスを纏った本物のエルフのお姉さんたちが、甘い香りと共に僕たちを出迎えてくれた。
「あぁぁぁ……っ!! これです! 私はこのために、血を吐く思いでハンコを押し続けてきたのですぅぅ!!」
セバスが、両脇にエルフをはべらせて号泣している。完璧な執事の面影など微塵もない、ただのスケベなオヤジだ。
「おい坊主! 見ろ、あっちにはドワーフのネーチャンもいるぞ! 筋肉がたまんねぇな!」
「ゴルス、お前は本当にブレないな……って、タロウ様! お酌ありがとうございますぅぅ♡」
ゴルスとガンドフも、大声で笑いながら浴びるように高い酒を飲んでいる。
「ふふふ……これぞ異世界テンプレ。男のロマン……」
僕も(健全な男子大学生として)、隣に座ってくれたエルフのお姉さんの耳の長さに感動しながら、地球のコールを教えたり、100均の『手品グッズ』を披露したりして、夜の帝都を大いに満喫した。
政治も、魔獣も、陰謀も、ここにはない。
あるのは酒と、笑いと、男たちのしょうもない絆だけだ。
* * *
翌朝。
チュンチュンと小鳥が鳴く、爽やかなアルクス領の朝。
「うぅ……頭が痛ぇ……」
「飲みすぎました……でも、後悔はありません……ええ……」
完全に二日酔いでフラフラになった男四人が、抜き足差し足で、こっそりと領主の館の裏口へと近づいていた。
服には香水の匂いが染み付き、セバスの首筋にはうっすらと赤い口紅の跡がついている(一体何をしたんだ)。
「よし、みんな静かに。ライザたちが起きる前に部屋に戻って、シャワーを――」
僕が裏口のドアノブに手をかけた、その瞬間。
ギィィィィィィィッ……。
ドアが、内側からゆっくりと開いた。
「「「「…………」」」」
そこには。
完全に無表情のまま、刃こぼれ一つないピカピカの愛剣をスッと構えたライザと。
同じく無表情のまま、杖の先端から特大の『プロミネンス・バースト』の火球をチリチリと燃え上がらせているサリーが、仁王立ちしていた。
館の周辺の気温が、氷点下まで下がったような錯覚に陥る。
「……おかえりなさい、タロウさん。昨日の夜からずっと探していたんですよ? どこに行っていたんですか……?」
サリーの声は優しかった。優しすぎて、逆に死を覚悟するほど恐ろしかった。
「タロウ。あなたの服から、ひどく安っぽくて……下品な香水の匂いがするわね。それに、セバス。その首の痕は、なにかしら?」
ライザの剣から、かつて魔狼を後退させた『闘気』がゴォォォッと噴き上がり始めた。
「ち、ちが……! 違うんだライザ、サリー! これは、その、視察! そう、領地の発展のために帝都の経済状況を……!」
僕が必死に言い訳を試みた瞬間。
「言い残すことはそれだけですか? ――消し飛びなさい!!」
「問答無用!! 秘剣・『閃光』!!」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
その日の朝、アルクス領に巨大な爆発音と、剣の風切り音、そして男たちの断末魔の悲鳴がこだました。
どんなに魔獣を倒し、領地を発展させようとも、怒れるヒロインたちには絶対に勝てない。男たちは物理的にも精神的にもボロボロになりながら、その世界の真理を魂に刻み込むことになったのだった。




