EP 12
AIの悪魔的メニュー。誕生、最強筋肉兵士
「……ダメだ。これじゃあ、いざという時に領地を守りきれないわ」
アルクス領の練兵場。
館の窓から、自警団の訓練風景を見下ろしていたライザが、深くため息をついた。
彼女の視線の先には、鍬を槍に持ち替えただけの、ひょろひょろとした農民上がりの男たちが数十人。
「ひぃ……ふぅ……」
「もう腕が上がらねぇだよ……」
彼らはライザが課した基礎的な素振りのメニューだけで、すでに息も絶え絶えになり、地面に這いつくばっていた。
「ライザちゃん、厳しすぎますよ。みんな昨日までただの村人だったんですから」
サリーが苦笑いしながら、倒れた男たちに『ヒール』の光をかけて回っている。
「分かっているわ。でも、タロウがこの領地を豊かにすればするほど、必ず外から野盗や、魔獣、……あるいは中央の貴族の刺客が狙ってくる。私の剣だけじゃ、手が回らなくなる日が絶対に来るのよ」
ライザは深刻な顔で腕を組んだ。
「なるほど。じゃあ、彼らを『短期間』で『最強の兵士』に育て上げればいいってことだね?」
僕は、片手に駄女神ルチアナから巻き上げた黒いスマホを持ちながら、二人の会話に割り込んだ。
「タロウ? それはそうだけど、筋肉や体力は一朝一夕にはつかないわよ。地道な訓練と何年もの時間が……」
「地球の科学と、この世界の魔法を組み合わせれば、そんな常識はぶっ壊せるよ」
僕はニヤリと笑い、スマホの画面を操作した。
「頼むぞ、賢者君! 『素人を最短で筋骨隆々の戦士にするための、人体構造に基づいた極限のトレーニングメニュー』を算出してくれ!」
『ピピッ。対象の筋繊維、骨格、および魔力耐性をスキャン。……完了。地球のボディビルディング理論とスポーツ力学を統合し、対象の筋肉を最短で破壊・再構築する【アルティメット・マッスル・プログラム】を提案します。ただし、このメニューは人体に多大な苦痛と負荷を伴うため、通常の生物には実行不可能です』
「通常ならね。でも、ここには『最強の回復役』がいる」
僕の視線の先には、きょとんとしているサリー。
「え? わ、私ですか?」
「そう。賢者君のメニューで彼らの筋肉を限界まで追い込んで意図的に『破壊』する。そして、サリーの魔法でその破壊された筋繊維を『即座に修復』する。つまり――」
「超回復の強制ループ、ね。……なるほど、理論上は可能だわ」
ライザの目に、戦士特有のギラギラとした危険な光が宿った。
「それだけじゃないぞ。筋肉の材料も完璧に用意してある」
僕はスキル『100円ショップ』を起動し、練兵場の隅にドンッ! と巨大なプラスチック容器を山のように積み上げた。
「100均の『大容量プロテイン(ココア味)』と、『鶏むね肉』だ! これを水で割って、訓練後に大量に飲ませる!」
「えっ、でもそれって、みんなすごく痛くて辛いんじゃ……」
サリーが心配そうに呟くが、ライザはすでに練兵場へと飛び出していた。
「野郎ども、立て!! これからあなたたちを、帝国最強の兵団に鍛え直してあげるわ!!」
ライザの号令と共に、地獄の特訓――いや、『筋肉改造手術』が幕を開けた。
* * *
「ふんぬぅぅぅーーっ!!」
「あぎゃぁぁぁっ! 上腕二頭筋が、千切れるぅぅぅっ!!」
練兵場には、阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡っていた。
ライザは賢者君の指示通り、丸太や巨大な岩を使ったスクワット、ベンチプレス、デッドリフトを限界の回数まで強制させた。男たちの筋肉が悲鳴を上げ、ブチブチと筋繊維が断裂する音が聞こえてきそうだ。
「はい、お疲れ様です! 『ヒール』!!」
そこへサリーが駆け寄り、慈愛の光を放つ。
激痛に悶えていた男たちの筋肉が、一瞬にして修復される。
「お、おおっ!? 痛みが消えた……!?」
「休むな! 筋肉が治ったなら次のセットよ!!」
「ひぃぃぃっ!?」
破壊と修復。
地球の理論では数日かかる「超回復」のサイクルを、魔法の力で数十秒に短縮する。
そして、その間に僕がプロテインを流し込み、タンパク質を強制補給する。
破壊→修復→栄養補給。
この恐るべきループを三日間、寝る間も惜しんで繰り返した結果。
「……信じられない。これ、本当に同じ人間なの?」
サリーが口元を押さえて絶句した。
「……すげぇ。体が、羽のように軽いぜ……!」
「岩石だって砕けそうな力が漲ってくる……!」
そこには、ひょろひょろの農民の姿はなかった。
丸太のような腕、盛り上がった大胸筋、鋼鉄のように割れた腹筋。
過剰な超回復とプロテインの過剰摂取によって、自警団の数十人は、全員が見事なボディビルダー体型へと変貌を遂げていたのだ。
その異様な威圧感は、帝国正規軍の精鋭部隊すら凌駕しているように見える。
「完璧だわ。これなら、並の魔獣の群れが来ても素手で捻り潰せる」
ライザが満足げに頷く。
こうしてアルクス領に、筋肉至上主義の最強私兵部隊『アルクス・ビルダーズ』が誕生した。
彼らが後に、帝国中にその名を轟かせる「筋肉の壁」となることを、この時の僕はまだ知る由もなかった。




