EP 11
初収穫!お喋りキャベツと聖女の鉄槌
アルクス領に赴任して数週間。
100均の『農業用ビニールシート』と、AI賢者君が弾き出した完璧な配合の『化学肥料』を用いた全天候型農園は、早くも最初の収穫期を迎えていた。
「おおーっ! 見てよサリー、ライザ! 見事に育ってる!」
「すごいですタロウさん! 葉っぱがツヤツヤで、はち切れそう!」
広大なビニールハウスの中で、僕たちは豊かに実った農作物を見て歓声を上げていた。
今日収穫するのは、アナステシア世界特有の奇妙な野菜の一つ、『ネタキャベツ』だ。面白いゴシップ(ネタ)を喋れば喋るほど美味しくなるという、バラエティ番組のような生態を持つ葉物野菜である。
「よし、さっそく収穫してみよう。100均の『万能包丁』の切れ味、見せてやる」
僕は袖を捲り上げ、丸々と太った立派なネタキャベツの根元にスッと刃を当てた。
その瞬間。
『ヒィィィッ!? ま、待って待って! 斬らないでぇぇっ!』
キャベツの葉がブルブルと震え、人間の口のような裂け目が現れて甲高い声で叫び出した。
「おっ、喋った! さぁ、命乞い代わりに極上のネタを披露してみろ!」
僕はニヤリと笑い、包丁を寸止めする。
ネタキャベツは必死に葉っぱをバタつかせ、大声で叫んだ。
『あ、あるわよ! 特大のスクープが! 領民から『聖女様』って崇められてる、そこの清純派で清楚なサリーちゃんの秘密!!』
「……えっ? わ、私ですか?」
突然話を振られ、サリーが目を丸くする。
キャベツは止まらない。
『昨日の夜中のことよ! サリーちゃん、みんなが寝静まった後に、館の裏庭でこっそり自分の下着を洗って干してたの! しかもその柄、子供みたいなピンクの『イチゴ柄』だったのよぉぉぉーっ!!』
ピタッ。
ビニールハウスの中の空気が、完全に凍りついた。
「…………っっっ!!?」
サリーの顔が、耳の先から首の根元まで、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。
「い、イチ、イチゴ柄の、ぱ、ぱん……っ!?」
「ほーう。ピンクのイチゴ柄、ねぇ……」
「タロウ。それ以上口を開くと、私の剣があなたの首を刎ねるわよ」
僕が思わず感心したような声を漏らすと、横にいたライザが冷や汗を流しながら僕の口を物理的に塞いできた。
『ど、どう!? これ特大のスクープでしょ!? 面白いでしょ!? だから私を食べるのやめ――』
「……ふふっ」
キャベツの命乞いを遮るように、静かで、しかし底知れぬ恐怖を孕んだ笑い声が響いた。
見ると、サリーがうつむいたまま、両手で杖を強く、ミシミシと音を立てるほど強く握りしめている。
「サ、サリー……? 大丈夫? キャベツの言うことなんて誰も信じないから……」
僕が恐る恐る声をかけると、サリーはゆっくりと顔を上げた。
その瞳からは光が完全に消え失せ、代わりに、かつて魔狼と対峙した時すら見せなかった『純粋な殺意』が宿っていた。
「ええ。嘘つきな悪いお野菜には、お仕置きが必要ですよね……?」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
サリーの華奢な体から、凄まじい熱量の魔力が渦を巻いて立ち昇る。
彼女の得意な魔法は『光』と『風』のはずだった。だが、極度の羞恥心と怒りによって限界突破した魔力は、彼女に隠された新たな属性を強制的に引き出していた。
「タロウ、伏せて!!」
危険を察知したライザが、僕の首根っこを掴んでビニールハウスの外へと全力でダイブする。
「この世から消えなさい。――『プロミネンス・バースト(極大爆炎)』!!」
サリーが杖を振り下ろした瞬間。
ドガガガアアアアアアアアアンン!!
「ギャアアアアアアッ!?」
キャベツの断末魔と共に、ビニールハウスの一部を吹き飛ばすほどの巨大な火柱が天高く舞い上がった。
……数分後。
土煙が晴れた畑には、見事なすり鉢状のクレーターが穿たれていた。
そしてその中心には、外側の葉は黒焦げになりながらも、中まで完璧に火が通ってトロトロになった『極上の焼きネタキャベツ』が、香ばしい匂いを漂わせて転がっていた。
「……」
僕とライザは、無言のまま焼きキャベツを一口かじった。
「……甘い」
「……ええ。とろけるような甘さと、深いコク。間違いなく特級品だわ」
命を削った(というか本当に削られた)特大のスクープを披露したキャベツの味は、筆舌に尽くしがたいほどの美味だった。
しかし、僕たちはその感想を大声で言い合うことはできなかった。
クレーターの縁に立つサリーが、まだ杖の先からプクプクと煙を上げながら、般若のような笑顔で僕たちを見下ろしていたからだ。
「タロウさん、ライザちゃん? もしこのこと、他の誰かに一言でも言ったら……次は二人のお口を、こんがり焼いちゃいますからね? ふふっ」
「「はい、絶対に誰にも言いません(誓います)」」
僕とライザは、土下座の勢いで深く頷いた。
豊穣のアルクス領。そこは、優しい聖女様が最も恐ろしい『火力』を秘めている、世界一平和で危険なスローライフの舞台だった。




