EP 4
ポポロ村の日常と、僕のスキルは経済を壊すかもしれない
サンガ村長の手のひら返しにより、僕はポポロ村の村長宅の客間へと通されていた。
木造の素朴な家だが、掃除が行き届いていて居心地が良い。
「ささっ、タロウ様! 辺境の村ゆえ気の利いたものはございませんが、どうぞお召し上がりくだされ!」
食卓に並べられたのは、ホカホカと湯気を立てる黄色い芋の山と、緑色のペースト状の何かだった。
その向かいでは、サリーが「チョコレート……ふふっ、甘かったぁ……」とまだ夢見心地で頬を緩ませている。
「いただきます。……このお芋は?」
「『太陽芋』です! 植えてから1ヶ月で収穫できる、この村の特産品なんですよ。そっちの『マヨ・ハーブ』をすりつぶしたペーストをつけると美味しいですよ!」
マヨ・ハーブ。そのふざけたネーミングに嫌な予感を覚えつつ、僕は芋に緑のペーストをたっぷりと乗せて口に運んだ。
「……うんっ!? まんまマヨネーズじゃん!!」
「マヨネー……ズ?」
「あ、いや、なんでもない」
酸味とコク。完璧なマヨネーズの味だった。
(あのジャージ女神、異世界を創る時に調味料の概念までサボりやがったな……!)
ルチアナの顔を思い浮かべて呆れつつも、味は最高だ。僕はあっという間に太陽芋を平らげてしまった。
食後の芋酒をチビチビと舐めながら、サンガが揉み手をして本題を切り出してきた。
「いやぁ、それにしてもタロウ様のような身なりの良い御方が、どうしてこんな辺境の森へ? あの『ピン札の1万円』……王都のゴルド商会本店か、はたまた帝都の貴族様のお使いで?」
「……えっと」
僕は持っていたお茶のコップを落としそうになった。
今、このおっさん、なんて言った?
「待って。1万円って言った? この世界の通貨って……」
「へ? ええ、円ですが。硬貨が1円から500円まであって、紙幣が1000円から1万円まで。タロウ様がお持ちだったのは、我々庶民には滅多にお目にかかれない、折り目一つない美しい『1万円札』で……」
「…………」
僕は無言で尻ポケットの財布を開いた。
中には、さっきの残りの千円札数枚と、小銭。そして、バイトの給料日に下ろしたばかりの1万円札。
地球の財布の中身が、そのままこの世界で通用する。
「ちなみにサンガさん。この太陽芋って、市場で買うといくらくらいなんですか?」
「おやつ用にふかした小ぶりのものなら、屋台で1個50円ですね。安宿の素泊まりなら1泊2000円といったところですな」
(……完全に日本の物価だ)
僕は経済学部で学んだ知識をフル回転させた。
パンが100円、宿が2000円。ならば僕の財布にある現金だけでも、この村なら数日は余裕で暮らせる。
だが、僕の真のアドバンテージは『現金』ではない。
「……サンガさん。ちょっと失礼します」
僕は客間に戻ると、一人でこっそりと『100円ショップ』のスキルウィンドウを開いた。
先ほどの戦闘で300円消費し、残高は700円。
僕は部屋の隅に置かれていた「欠けた鉄のナイフ(村の備品)」を手に取り、スキルの投入口に押し当ててみた。
『ピコン♪』
【素材を査定します……査定額:300円。チャージしますか?】
「……なるほど。この世界の不要品や魔獣の素材を売れば、ポイント(円)としてチャージできるのか」
僕はチャージをキャンセルし、今度は100均の『商品リスト』をスクロールした。
地球では当たり前の光景。だが、ここが「魔法がある代わりに、文明レベルが中世から近世程度」の世界だと仮定すると、このリストはオーパーツ(場違いな工芸品)の山だ。
例えば、『プラスチック製のタッパー』。
軽くて、腐らず、水を通さない密閉容器。ガラスや陶器、木箱しかないこの世界で、この素材は革命的だ。
例えば、『ステンレス製のハサミ』。
ドワーフが鍛え上げた名剣でなくとも、地球の工業力で作られた刃物は、錆びずに圧倒的な切れ味を誇る。
そして先ほど使った『チャッカマン』。
魔力消費ゼロで、誰でも確実に炎を出せる魔導具として売り出せば、いくらで売れる?
(……100円の原価で出したものを、この世界の富裕層やゴルド商会に1万円、いや10万円で売れるかもしれない)
背筋にゾクッと悪寒が走った。
僕は喧嘩もしたことがない、ただのコンビニ店員だ。だが、100均の在庫管理と、経済学の知識、そしてこのスキルがあれば。
「……僕のスキル、下手したらこの大陸の経済をぶっ壊せるぞ」
薄暗い客間で、僕は一人、スキルウィンドウの青い光に照らされながらゴクリと唾を飲み込んだ。




