EP 27
圧倒的な蹂躙。これが今の『僕たち』だ
ヴォルフさんが手配してくれたギルド専用の早馬(魔力で強化された軍馬)を飛ばし、僕たちは半日足らずで辺境のポポロ村へと辿り着いた。
だが、村の入り口である丸太の防護柵には、すでに絶望的な光景が広がっていた。
「押し返せ! 柵を抜かれたら、村の女子供が食われるぞ!!」
「駄目だサンガさん! 数が多すぎる!!」
血まみれの剣を振るうサンガさんと、数人の村の自警団。
その目の前には、土煙を上げて押し寄せる数十頭……いや、百頭近い『ウルフ』の群れだった。
かつて僕とサンガさんが二人がかりでようやく一頭を仕留めた、あの恐ろしい魔獣。それが、波のように防護柵へ殺到している。
一頭の巨大なウルフが柵を飛び越え、負傷して膝をついたサンガさんの喉元へ牙を剥いた。
「お父さんッ!!」
馬から飛び降りたサリーが、悲痛な叫びを上げる。
「させないっ……! 『100円ショップ』!!」
僕は走りながらスキルを起動し、ポケットから三つの防犯グッズを引きずり出した。
100均の**『超大音量(130デシベル)防犯ブザー』**。そのピンを全て引き抜き、全力で群れの中心部と、サンガさんに飛びかかろうとしたウルフの足元へ投げつけた。
ピロピロピロピロピロピロピロピロッ!!!!!
ビイィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!
「ギャンッ!?」
「キャウゥゥゥンッ!?」
人間の耳でも鼓膜が破れそうになるほどの暴力的な電子音。
聴覚が人間の何倍も鋭敏なウルフたちにとって、それは脳を直接殴られるような強烈なスタン(気絶)攻撃に等しかった。
群れの動きが完全に止まり、ウルフたちが苦痛に身悶えして地面を転げ回る。
「な、なんだこの音は……!? タロウか!?」
耳を塞いで蹲っていたサンガさんが、目を見開いて僕たちを振り返った。
「サンガさん、下がって!! サリー、今だ!」
僕の合図と共に、サリーが一歩前に踏み出した。
かつては村の誰かの後ろに隠れて震えているだけだった、心優しい薬師の少女。だが今の彼女は、自らの意思で杖を握り、愛する故郷を守るための『力』を宿している。
「私がお父さんを……村を守ります! 『光風刃』!!」
サリーが杖を振り下ろす。
次の瞬間、圧縮された光と風の魔力が鋭い不可視の刃となり、広範囲のウルフの群れを次々と切り裂いていった。
「ギャンッ!」「グオォッ!」
鮮血が舞い、最前線にいた十数頭のウルフが一度に吹き飛ばされる。
「さ、サリー!? お前、いつの間に攻撃魔法なんて……!」
愛娘の放った圧倒的な火力に、サンガさんが腰を抜かさんばかりに驚愕する。
「驚くのは後にしなさい、サンガのおじ様」
涼やかな声と共に、赤髪のポニーテールが風に舞った。
ライザだ。彼女はすでに、音で動けなくなっているウルフの群れのど真ん中に、音もなく足を踏み入れていた。
「あとは私が『整地』するわ。――秘剣・『閃光』」
タンッ、と乾いた足音が響く。
ライザの姿が赤い残像となって、ウルフたちの間をジグザグに駆け抜けた。
数十頭のウルフが、何が起きたのかも理解できないまま硬直する。
カチッ。
ライザが剣を鞘に納める硬質な音が響いた瞬間。
ズズンッ……! と、数十頭のウルフが一斉に真っ二つに両断され、血の海を作って崩れ落ちた。
「……信じられねぇ。たったの三人で、あの群れを……」
自警団の男たちが、震える声で呟く。
残った数頭のウルフが、恐怖に駆られて森へ逃げ帰ろうと背を向けた。
僕は静かに弓を構え、100均の『単眼鏡』越しに、逃げるウルフの急所を的確に射抜いていく。
「シュッ!」「シュッ!」
「キャンッ……」
一矢たりとも外さない。逃亡を企てた最後の一頭が地面に倒れ伏し、森の入り口に完全な静寂が戻った。
「お父さん! けがはないですか!?」
サリーが杖を放り出し、サンガさんの元へ駆け寄って『ヒール(回復魔法)』をかける。
「お、おお……サリー。お前、本当に強くなったんだな」
サンガさんはサリーの頭を撫でながら、信じられないものを見る目で僕とライザを見た。
「タロウ、お前もだ。あの奇妙な音の出る道具といい、無駄のない弓捌きといい……。それに、ライザ。お前さんの剣は、親父さん(ヴォルフ)の現役時代を彷彿とさせる凄まじさだった」
「当然です。私はタロウを守り、世界を守る剣ですから」
ライザが、微かに胸を張って答える。
わずか数分の出来事だった。
かつては絶望の象徴だったウルフの大群を、僕たちは文字通り『圧倒的な蹂躙』で制圧してしまったのだ。帝都での過酷な試練と、強力な投資(魔法と100均アイテム)を経た今の「チーム・タロウ」にとって、普通の魔獣の群れなど、もはや脅威ですらなかった。
「……よかった。これで、村は安全――」
僕が弓を下ろし、安堵の息を吐こうとした、その時だった。
『……グルルルルルルル……』
足元から、地鳴りのような低い音が響いた。
ハッとして地面を見る。
先ほどライザとサリーが切り捨て、僕が射抜いた数十頭のウルフの死骸。
その死骸から流れ出た大量の血が、地面に染み込むことなく、まるで意志を持っているかのように一箇所へと集まり、ドロドロと泡立ち始めていたのだ。
「なんだ、これ……!?」
「タロウ、下がって!! 尋常じゃない魔力よ!!」
ライザが血相を変え、再び剣を抜き放つ。
泡立つ血溜まりの中で、真っ二つにされたはずのウルフの肉体と骨が、粘土のようにぐちゃぐちゃと融合していく。
周囲の温度が、急激に上昇し始めた。
熱い。息を吸い込むだけで肺が焼け焦げそうになるほどの、異常な熱量。
やがて、その巨大な血と肉の塊の中から、爛々と輝く『紅蓮の眼』が僕たちを睨み下ろした。




