EP 26
ヴォルフの重い警告。「戦場を変える力」
「……岩山が一つ、跡形もなく消し飛んだだと?」
帝都ルナミスの冒険者ギルド中央本部。
防音の施されたマスター執務室で、報告を受けたヴォルフは、顔の傷をヒクつかせて絶句した。
デスクの上に置かれた『必殺の矢』の残りの数本を、まるで猛毒の塊を見るかのような鋭い目つきで睨みつける。
「はい。詠唱も魔力消費も一切なしで、着弾と同時に極大の爆発を起こしました。正直、僕自身もあそこまでの威力になるとは思っていなくて……」
僕は引きつった顔で答えた。隣に立つサリーとライザも、荒野での惨状を思い出したのか、青ざめた表情で無言のまま頷く。
沈黙が執務室に降り降りた。
歴戦のA級冒険者であり、数多の死線を潜り抜けてきたヴォルフの顔から、いつもの豪快な笑みは完全に消え失せている。
「……そうか。そんな威力が……」
ヴォルフは重々しく息を吐き出し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、僕の目を真っ直ぐに射抜き、地を這うような低い声で宣言した。
「太郎。お前は、その『必殺の矢』を使う事を禁ずる」
「な、何故!?」
僕は思わず声を荒げた。
「これがあれば、どんな魔獣が相手でもサリーたちを安全に守れる! これからの帝都での戦いを生き抜くための、最高の切り札じゃないですか!」
反論する僕に対し、ヴォルフはバンッ! とデスクを強く叩いた。
びくり、とサリーの肩が跳ねる。
「太郎! お前はまだ、自分の生み出したモノの『意味』を分かっちゃいねぇ!」
ヴォルフの隻眼が、怒りとも恐怖ともつかない感情に揺れていた。
「いいか。そんな理不尽な威力がある物を作るには、お前が出す『未知の素材(ジャンク品)』と、アナステシア世界の『魔法素材』、そしてガンドフの『神業』……この三つが完璧に揃う必要がある。……言ってる意味が分かるか?」
ヴォルフは必殺の矢を一本手に取り、忌々しそうに見つめた。
「これはな、もう個人の『武力』や『魔導具』の範疇じゃねぇんだ。剣の修練も、魔法の才能も、すべてを無に帰す。誰が撃っても確実に広範囲を消し飛ばす……これは『戦場を変えてしまう兵器』だ」
戦場を変えてしまう。
その言葉の重みに、僕は息を呑んだ。
「もし、この矢の存在が帝国の軍部やゴルド商会に知れたらどうなる? 奴らは血眼になってお前とガンドフを捕らえ、量産させようとするだろう。そして、人間同士の戦争にこれが使われれば……数万の命が、一瞬で塵になる」
ヴォルフの言葉に、ライザが静かに目を伏せた。
彼女が荒野で言っていたことと全く同じだった。力には、それに相応しい責任と覚悟が伴う。圧倒的すぎる暴力は、抑止力どころか、新たな悲劇の引き金にしかならない。
「お前の『守りたい』って気持ちは痛いほど分かる。だがな、太郎。お前がその力に頼り切れば、お前自身が世界を壊す『災厄』になっちまうんだ」
ヴォルフは矢をデスクに戻し、ふぅ、と深く長く息を吐いた。
「この件は、ギルドの最高機密事項とする。ガンドフにも口止めしておく。……太郎、どうしてもという時以外、この矢の使用は絶対に禁ずる。俺からの厳命だ」
「……分かりました。ヴォルフさんの言う通りです」
僕は深く頭を下げた。
自分の頭の良さに酔い、化学の知識とジャンク品で兵器を作り出した結果がこれだ。僕は、一歩間違えれば、この世界を滅ぼす「死の商人」になるところだったのだ。
「分かってくれればいい」
ヴォルフの顔に、ようやくいつもの少し呆れたような笑みが戻った。
「しかし、全く……サンガの奴、とんでもねぇ爆弾を押し付けてきやがったぜ。お前ら、しばらくは目立つ行動は控えて――」
バンッ!!
その時、執務室の分厚い扉が勢いよく開かれた。
「マスター! 緊急事態です!!」
血相を変えたギルドの受付職員が、転がり込むように入ってくる。
「どうした、騒々しい」
「緊急の討伐依頼が掲示板に張り出されました! 場所は……辺境の『ポポロ村』近郊の森! ウルフの大群が異常発生し、村に迫っているとの事です!!」
「なんだと!?」
ヴォルフが目を見開く。
「ポポロ村……お父さんの村が!?」
サリーが悲鳴のような声を上げた。
さっきまでの兵器の恐ろしさについての議論は、一瞬で吹き飛んだ。
僕たちの始まりの場所であり、大切な故郷が、未曾有の危機に瀕している。
「……タロウさん、ライザちゃん!」
サリーが、杖を強く握り締め、涙目になりながらも強い決意を込めて僕たちを見た。
「行くわよ、サリー。私たちの大切な場所を、魔獣なんかに奪わせはしない」
ライザが鞘を鳴らし、闘気を高める。
僕も、背中の弓を強く握り直した。
「直ぐ様、その依頼を受けます! 僕たち『チーム・タロウ』が、ウルフの群れを殲滅する!」




