EP 19
サリーの決意と、5万円の攻撃魔法(初期投資)
アーマード・ボアの討伐報酬は、破格だった。
冒険者ギルドの換金カウンターで手渡されたのは、分厚い札束。Bランク魔獣5頭分の素材と討伐報酬を合わせ、なんと『80万円』という大金がチーム・タロウの懐に転がり込んだのだ。
「すごい……こんな大金、ポポロ村の村長の月収より多いんじゃ……」
「ギルドのドワーフ名義で流す予定の『100均グッズ』の売り上げがなくても、帝都で十分生きていけそうね」
札束を前に目を丸くするサリーと、腕を組んで感心するライザ。
僕も、手渡された福沢諭吉の群れを見てホッと胸をなでおろした。これで当面、僕の財布の残高(スキル発動の弾薬)に困ることはない。
だが、大金を手にして喜ぶ僕たちの中で、サリーだけがどこか浮かない顔をしていた。
「……タロウさん。私、行きたいところがあるんです」
ギルドを出た後、サリーがギュッと杖を握りしめながら、決意を秘めた瞳で僕を見上げた。
* * *
サリーに案内されてやってきたのは、第2階層の魔法区にある『王立魔導書院・特約店』だった。
店内には古びた羊皮紙の匂いと、微かな魔力の粒子が漂っている。ガラスケースの中には、様々な属性の魔導書や、使い切りの魔法スクロールが所狭しと並べられていた。
「サリー、ここは……」
「タロウさん、私……『攻撃魔法』を習得したいんです」
サリーの言葉に、僕は驚いて目をパチクリとさせた。
彼女の適性は回復と支援だ。後方支援としてはすでに一級品だが、自衛のための攻撃手段は持っていない。
「昨日の戦いで、はっきりと分かりました。タロウさんの知略と、ライザちゃんの剣術。二人の力は圧倒的です。でも、もし二人の罠や剣を抜けられた敵がいたら……今の私じゃ、足手まといになるだけです」
サリーは唇を噛み締めた。
「私も、タロウさんの隣で戦える力が欲しい。ただ守られるだけの薬師じゃなくて、タロウさんの背中を守れる魔法使いになりたいんです!」
彼女の真剣な訴えに、ライザも静かに目を伏せて頷いた。
「……確かに、これからの戦いは苛烈になるわ。サリーが自衛以上の火力を持てば、戦術の幅は劇的に広がる。でも、サリー。攻撃魔法の習得には、適性に応じた高位の魔導書と、術式を魂に刻み込むための『スクール(短期講習)』が必要よ。費用は馬鹿にならないわ」
店番をしていたローブ姿の老婆が、ニヤリと笑ってカウンターから身を乗り出した。
「赤髪の剣士の言う通りさ。このお嬢ちゃんは風と光の適性が高い。それを生かした中位攻撃魔法『光風刃』の魔導書と、あたしの特別講習……合わせて『5万円』ポッキリだ。どうするね?」
「ご、5万円……!?」
サリーが絶望的な声を上げた。
ポポロ村の金銭感覚からすれば、5万円は途方もない大金だ。今回の報酬が80万あったとはいえ、パーティの共有財産から個人のスキルアップに5万も引き出すのは、真面目な彼女には酷な額だった。
「……うぅ、やっぱり高すぎますよね。私、もっとお金を貯めてから――」
「はい、5万円。ちょうどここにあります」
僕が躊躇いなくカウンターに諭吉を5枚並べると、サリーとライザが同時に目を剥いた。
「た、タロウさん!? ダメです、そんな大金! 私個人のわがままに……!」
「わがままなんかじゃないよ、サリー」
僕は慌てるサリーの肩に手を置き、真っ直ぐに彼女の目を見た。
「これはチームの生存確率を上げるための、立派な『初期投資』だ。サリーが攻撃魔法を覚えてくれれば、僕がトラップを仕掛ける隙をさらに安全に作れるし、ライザの負担も減る」
経済学部生として、そしてこのパーティのリーダーとして断言する。
たった5万円で、優秀なヒーラーが砲台の機能まで兼ね備えるのだ。これほど費用対効果(ROI)の高い投資はない。
「タロウさん……」
サリーの大きな瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「私……絶対に無駄にしません。この力で、タロウさんのこと、絶対に守ってみせますから!」
「頼りにしてるよ」
老婆の案内で、サリーは店の奥にある儀式部屋へと入っていった。
数時間後。
「……終わりました!」
部屋から出てきたサリーの杖の先端には、微かにだが、鋭い光の風が渦巻いていた。
術式の刻印による疲労で肩で息をしているが、その顔は自信に満ち溢れている。
「すごいわ、サリー。たった数時間で術式を定着させるなんて。……タロウ、あなたの初期投資、どうやら大成功みたいね」
ライザが腕を組みながら、感心したように口角を上げた。
「あはは、そうだね。これで僕の『100均トラップ』とサリーの『魔法』を組み合わせたコンボも作れそうだ」
「はいっ! どんな敵でも、私がタロウさんの道を切り開きます!」
満面の笑みで杖を掲げるサリー。その横で、ライザが鞘を鳴らして闘気を高める。
帝都ルナミスの魔法区の片隅で、僕たちのパーティは真の意味で完成した。
知略、剣術、そして魔法。
あらゆる手札を揃えた僕たちの前に、帝都の暗部が静かに、だが確実にその口を開けようとしていることなど、この時の僕たちはまだ知る由もなかった。




