EP 16
結成祝い! 肉椎茸ステーキと、親不孝な財布
ギルドマスターの執務室を出た僕たちは、帝都ルナミスの大通りを歩いていた。
「……というわけで、今日から私たちがあなたの専属護衛パーティよ、タロウ」
「ええっと……よろしく、ライザ」
前を歩くライザは、背筋をピンと伸ばし、周囲への警戒を怠らない。その隙のない歩き方は、まさに洗練された剣士そのものだ。
その後ろを、サリーが嬉しそうに小走りで追いかけている。
「ライザちゃんとまた一緒にいられるなんて、すっごく嬉しいです!」
「ふふ、私もよ、サリー。昔みたいに泣き虫じゃないみたいで安心したわ」
生真面目で凛としたライザだが、幼馴染のサリーに向ける表情は驚くほど柔らかく、どこか姉が妹を可愛がるような優しさに満ちていた。
(……完璧超人に見えるけど、意外と身内には甘いタイプだな)
「さて、タロウ。これからの作戦会議も兼ねて、まずは結成祝いの食事にしましょう。帝都の案内は私に任せて」
ライザの先導でやってきたのは、大通りから少し入った場所にある、レンガ造りの小綺麗なレストランだった。
「いらっしゃいませ! おや、ライザ様。本日は珍しくパーティの方とご一緒で?」
「ええ。今日は一番良いお肉と、それに合うお酒を人数分お願い」
席につくなり、ライザが淀みなく注文を済ませる。
やがて、ジュージューと食欲を刺激する凄まじい音と共に、鉄板に乗ったメインディッシュが運ばれてきた。
「お待たせいたしました! 当店自慢の『肉椎茸の極厚ステーキ』でございます!」
「うわぁ……! いい匂い!」
サリーが目を輝かせる。鉄板の上には、まるで高級和牛のシャトーブリアンのように分厚く、それでいて表面にうっすらとキノコの網目模様が残る、巨大な肉の塊(?)が鎮座していた。
「さぁ、冷めないうちにどうぞ」
促されるまま、僕はナイフを入れた。表面はカリッと香ばしく、中は信じられないほど柔らかい。
一口頬張った瞬間、僕の脳天を強烈な旨味が突き抜けた。
「……っ!! なにこれ、めちゃくちゃ美味い!」
食感は完全に極上の牛肉。口の中でとろけるような脂の甘みがあるのに、噛めば噛むほどキノコ特有の強烈な旨味成分(グアニル酸)がブワッと溢れ出してくる。
さらに添えられた『ソーリーフ(ソースの味がする葉っぱ)』を巻いて食べると、濃厚なソースの風味が加わって、もうフォークが止まらない。
「ふふ、気に入ってくれたみたいね。これは『米麦草』から造られたエールよ。乾杯しましょう」
木製のジョッキを掲げるライザ。
アナステシア世界では16歳で成人。当然、サリーもライザも堂々とお酒が飲める年齢だ。僕もジョッキを合わせ、冷えたエールを喉に流し込んだ。
麦の香ばしさと、米のすっきりとした甘みが同居した、これまたとんでもなく美味い酒だった。
「はぁ〜……生き返る。でもライザ、このお店、すごく高いんじゃ……」
僕はふと、経済学部生としての冷静な計算を取り戻し、冷や汗をかいた。
ポポロ村のサンガさんから聞いた相場によれば、黄昏の森周辺でしか採れない高級食材『肉椎茸』は、市場価格で1傘5,000円は下らない。
それをこんなに分厚いステーキにして、しかも米麦草の高級エールまで頼んでいる。
(僕の財布の残金は、約1万2000円……。一人前のステーキ代すら怪しいぞ!?)
食後の満足感から一転、会計の恐怖に顔を引きつらせる僕を見て、ライザはクスリと微笑んだ。
「心配しないで、タロウ。今日は結成祝いよ。私の奢りだから」
「えっ、いいの!? でも、いくらBランク冒険者とはいえ、こんな高級店で……」
「大丈夫よ。ちょうどいい『資金』が手に入ったから」
生真面目な顔のまま、ライザは懐から分厚い最高級の革財布を取り出し、テーブルの上にポンと置いた。
その財布には、見覚えのある傷と、熊の爪のような無骨な装飾が施されている。
「……ライザ。それ、もしかして」
「ええ。お父様の財布を拝借してきました」
「…………はい?」
僕とサリーの動きが、完全にフリーズした。
「ほら、お父様が言っていたでしょう? 『タロウを守ることは、世界を守ることだ』って。世界を守るための必要経費なのだから、ギルドマスターであるお父様が出資するのは当然の義務だわ」
「いやいやいや!! いくらなんでも理屈が強引すぎるだろ! それ完全に窃盗だからね!?」
ツッコミを入れる僕をよそに、ライザは涼しい顔で店員を呼び、財布の中から躊躇なく『1万円札』を数枚抜き出して会計を済ませてしまった。
「さぁ、行くわよタロウ、サリー。明日は早いんだから、今日は早く宿を取って休みましょう」
「ちょ、待って! ギルドの方角から、すっごい怒声が聞こえるんだけど!?」
「気のせいよ。さ、早く」
凜とした立ち姿で、一切の悪びれる様子もなく歩き出す赤髪の剣士。
「騎士道に反する」とか言いながら、自分の親の財布はノータイムでスる。この生真面目なんだかポンコツなんだか分からないアンバランスさに、僕は強烈な目眩を覚えた。
(……ヴォルフさん、アンタの娘、ある意味最強だよ)
遠くギルドの方角から「俺の財布がねぇぇぇ!!」という熊の咆哮が聞こえた気がしたが、僕たちは早足でその場を後にした。
* * *
ライザの親不孝なスポンサード(?)により極上の食事にありついた僕たちは、僕の残金を守るため、大通りから少し外れた第3階層の『安宿』にやってきていた。
素泊まり、一泊2000円。
「あー、ごめんなさい! 今日は混んでまして、相部屋の大きめのお部屋しか空いてないんですよ」
宿の女将さんが申し訳なさそうに鍵を差し出す。
「構いません。私たちは護衛ですから、タロウと同室の方が都合が良いわ」
「わ、私も賛成です!」
ライザとサリーが即答し、僕たちは一つ屋根の下……というか、一つ部屋の中に押し込まれることになった。
部屋には、ベッドが3つ並んでいるだけ。
当然、年頃の美少女2人と同じ空間だ。
「ふぅ。じゃあ、まずは鎧を脱ごうかしら」
「私も、少し着替えますね。タロウさん、ちょっと後ろ向いててください」
ガチャン、とライザが胸当てを外し、サリーが服のボタンに手をかける。
カサッ、という衣擦れの音と、女の子特有の甘い匂いが狭い部屋に充満し始めた。
「〜〜〜ッ!!」
喧嘩もしたことがない、当然彼女もできたことがない僕の理性が、警報をけたたましく鳴らし始めた。
このままこの部屋にいたら、護衛される前に僕の心臓が爆発してしまう!
「そ、そうだ! 僕、ちょっとお風呂行ってくるよ!」
「え? タロウ、宿のシャワーじゃなくて公衆浴場に行くの?」
「う、うん! 帝都の大きなお風呂に入ってみたくて! じゃあね!」
僕は真っ赤な顔で脱兎のごとく部屋を飛び出し、夜の帝都の街角へと逃亡した。
尻ポケットの財布には、さっきこっそりチャージして出した『100均のトラベルセット』がシャラシャラと鳴っている。
この後、この100均のシャンプーが、彼女たちを狂わせる「秒の強奪事件」を引き起こすことになるとは、まだ知る由もなかった。




