EP 13
圧倒的帝都ルナミスと、一握りの希望
「……嘘だろ。これが、人間の国……?」
ロックバイソンの定期バスが街道の終点に差し掛かった時、僕は窓から身を乗り出して絶句した。
視界を覆い尽くすほどの巨大な防壁。それはただの石積みではなく、エルフのガラス細工のように滑らかで、幾何学的な魔力回路が青白く発光している。
さらに空を見上げれば、都市全体をドーム状に覆う半透明の『防空魔導障壁』が陽光を反射して煌めき、その内側を数匹のワイバーン(飛竜)が旋回しながら警戒にあたっていた。
ここが、マンルシア大陸における人間勢力の最大拠点。
弱者が知恵と数で強者を喰らうために築き上げた超巨大要塞、ルナミス帝国・帝都ルナミスだ。
「すごい……! 王都には小さい頃にお父さんと一度来たきりでしたけど、やっぱり圧倒されますね!」
隣でサリーが目を輝かせている。
だが、僕の心を満たしていたのは感動よりも「畏怖」だった。
バスを降り、帝都の正門へと向かう。
門番に身分証がないことを伝えると、「なら臨時入市税として一人500円だ」と無愛想に手を差し出された。
僕は財布から500円玉を2枚取り出して渡す。日本の硬貨が、この重武装の騎士のポケットにチャリンと吸い込まれていく光景には未だに慣れない。
門をくぐり、第3階層と呼ばれる商業・平民区に足を踏み入れると、そこは凄まじい熱気と喧騒のるつぼだった。
「はいらっしゃい! 焼きたてのピラダイの串焼き、一本800円だよ!」
「肉椎茸の極厚ステーキ串はいかがか! 闘気モリモリ湧いてくるぜ!」
行き交う人々は皆、足早で活気に満ちている。魔闘剣士らしき武装した集団や、荷車を引く商人たち。ふと見上げた巨大なガラス張りのビルの頂上には、黄金の天秤のマーク――ゴルド商会のエンブレムが傲然と輝いていた。
(……この巨大な社会の歯車に、僕みたいな丸腰の大学生が放り込まれたらどうなる?)
想像するだけで胃が痛くなる。
僕の『100円ショップ』のアイテムは、この世界の技術レベルを軽く凌駕するオーパーツの山だ。だが、それを証明する後ろ盾も、自分を守る武力もない。
もしこの街のど真ん中で100均の『チャッカマン』や『タッパー』を売り歩けば、数時間後には裏路地に引きずり込まれ、ゴルド商会か悪徳貴族の地下牢行きだ。
「……タロウさん?」
不安で立ち止まってしまった僕の袖を、サリーがそっと引いた。
彼女の小さな手が、僕の震える指先をぎゅっと握りしめてくれる。
「大丈夫です。タロウさんは一人じゃありません。それに、目的地はもう決まっているじゃないですか」
「サリー……。そうだね、まずは……冒険者ギルドだ」
サリーの言う通りだ。
彼女のお父さん、サンガさんが別れ際に「どうしても困ったら、俺の昔のツレを頼れ」と、しわくちゃの紹介状を押し付けてくれた。
宛名は、冒険者ギルド中央本部のマスター『ヴォルフ』。
国家や商会のような「利益」や「権力」で動く組織ではなく、個人の武力と義理人情で成り立つ冒険者ギルド。そのトップに立つ人物の懐に飛び込むこと。
それが、僕がこの帝都で『自動販売機』にならずに生き残るための、唯一にして最大の賭けだった。
「行きましょう、タロウさん! 冒険者ギルドの中央本部は、あの大通りの先です!」
サリーに手を引かれながら、僕は帝都の石畳を踏み締めた。
尻ポケットの財布には、約1万2000円分の残高と、日本円の現金が少し。
そして僕の頭の中には、100円ショップの全商品リストという名の『異世界経済の破壊コード』が詰まっている。
大通りの突き当たり。
他の建物とは明らかに異質な、魔獣の骨や無骨な鉄塊で装飾された巨大な建造物がそびえ立っていた。
入り口には、全身傷だらけの獣人の戦士や、杖を持った目つきの鋭い魔法使いがたむろしている。
「ここが、冒険者ギルド……」
中からは、怒声と笑い声、そしてジョッキがぶつかる派手な音が漏れ聞こえてくる。
僕は深呼吸をし、意を決して、その分厚いオーク材の扉を両手で押し開けた。
僕の異世界サバイバル・第二幕。
その命運を懸けた、最強の交渉の幕開けだ。




