EP 12
商隊長ゴルスと、最強チートの恐るべき代償
「いやぁ、本当に助かった! 兄ちゃんのあの狙撃がなけりゃ、今頃俺たちはオークの胃袋の中だったぜ!」
ロックバイソンの定期バスが街道に降り立つと、ゴルド商隊の指揮官・ゴルスが馬を寄せてきて、満面の笑みで頭を下げた。
立派な鎧に身を包み、歴戦の商人にして戦士の顔つきをしている。
「いえ、僕もたまたま通りかかっただけですから。無事で何よりです」
僕は引きつりそうになる頬の筋肉を必死に抑えながら、無難な返事を返した。
「謙遜するなよ! あの距離からオークの目を正確に射抜くなんて、エルフの凄腕か、帝都の特務部隊クラスだぜ」
ゴルスは豪快に笑いながら、ふと視線を僕の手元――弓へと落とした。
「……にしても、お前さん、妙な格好だなぁ。見たことのない上質な布地だ。それに、弓に変な黒い筒がくっついてるが……魔導具の一種か?」
ギクリ、と心臓が跳ね上がった。
ゴルスの目は、恩人を見る目から一瞬だけ、価値ある獲物を値踏みする『商人』のそれに切り替わっていた。
弓にガムテープでぐるぐる巻きにされた100均の『単眼鏡』。アナステシア世界において、遠くの景色をこれほど鮮明に拡大できるガラスレンズの技術は、超一級品のオーパーツに等しい。
「あ、あはは! こ、これはただのお守りみたいなもので! 師匠から譲り受けたガラクタですよ!」
「ほう、ガラクタねぇ。……まぁいい! 今日は急ぎの積み荷があるんで長話はできねぇが、俺はゴルド商会のゴルスだ。ルナミスに来ることがあったら、ぜひ商会本部を訪ねてくれ。たっぷりと礼をさせてもらうぜ!」
ゴルスは片目をウインクすると、馬の首を返して商隊へと戻っていった。
再び歩みを進めるロックバイソンの客室で、僕はどっと噴き出した冷や汗を拭いながら、座席に深く沈み込んだ。
(……やばい。やばいやばいやばい)
「タロウさん? どうしたんですか、顔色が悪いですけど……」
「サリー……僕、とんでもない思い違いをしてたかもしれない」
僕は両手で顔を覆った。
帝都ルナミスに行けば、この『100円ショップ』のアイテムで大儲けできる。無邪気にそう考えていた。だが、先ほどのゴルスのギラついた目を見て、経済学部生としての冷静な思考が急速に警鐘を鳴らし始めたのだ。
ゴルド商会は、大陸屈指の大企業だ。情報のネットワークも資金力も、一介の大学生が太刀打ちできるレベルではない。
もし、僕が何のツテも後ろ盾もないまま帝都に入り、100均のプラスチック製品やライター、ましてや単眼鏡なんてものを売り捌き始めたらどうなる?
『このガキ、どこからこんな未知の魔導具を仕入れてきやがった?』
当然、商会や帝国の貴族たちに目をつけられる。
そして、僕に戦闘能力(魔法や闘気)が皆無だとバレた瞬間――。
(拉致されて、地下牢に監禁される……!)
暗い地下室で、首に鎖を繋がれたまま、来る日も来る日も権力者のために『100均アイテム』を出し続ける奴隷生活。
逆らえばサリーの命はないと脅され、ただひたすらに現代の便利グッズを異世界に吐き出すだけの、文字通りの『自動販売機』にされてしまう未来が、ありありと脳裏に浮かんだ。
「ブルッ……」
想像しただけで全身に悪寒が走った。
「タロウさん!? 本当に大丈夫ですか? 回復魔法、かけましょうか?」
「ううん、怪我じゃないんだ。ただ……これからどうしたら良いのか、ちょっと迷ってて」
100円ショップのスキルは、強力すぎる。
強力だからこそ、それを隠れ蓑にするための「強力な盾」と「正当な理由」が必要なのだ。僕のような馬の骨がポッと出したオーパーツではなく、誰もが納得し、おいそれと手を出せない強力な『ブランド(後ろ盾)』が。
頭を抱える僕を見て、サリーは小首を傾げた後、ポンッと手を叩いた。
「困っているようですね。……では、帝都に着いたら、まずは冒険者ギルドの『ヴォルフ』さんにご相談してみましょう!」
「ヴォルフさん?」
「はい! 私のお父さんの、冒険者時代の先輩なんです。すごく偉いギルドマスターさんで、きっと私たちの力になってくれますよ!」
冒険者ギルドのマスター。
その響きに、僕は一筋の光明を見た。
国家や商会にも属さず、武力で独立した組織のトップ。もしその人を取り込むことができれば、僕の『自動販売機化』は防げるかもしれない。
「サリー……君は天使だ!」
「えっ!? て、天使族のハーフとかじゃないですよ私!?」
顔を真っ赤にして慌てるサリーを見ながら、僕は帝都での第一目標を「商売」から「冒険者ギルドとの交渉」へと軌道修正した。
この命がけの異世界経済サバイバル、絶対に僕のペースで盤面を支配してやる。




