EP 11
ロックバイソン・バスの道中と、ゴルド商隊の危機
「ドォォォォン……ドォォォォン……」
ポポロ村を出発して二日目。
巨大な岩牛『ロックバイソン』の背中に揺られながら、僕とサリーは帝都ルナミスへと続く街道を進んでいた。
「タロウさん、見てください! あんなに遠くまで平原が続いてますよ!」
窓から身を乗り出すサリーの亜麻色の髪が、風に揺れて良い匂いを運んでくる。
バスの客室は木造で少し軋むが、ロックバイソンの歩みは驚くほど安定しており、乗り心地は悪くない。何より、魔獣避けの香炉が焚かれているため、安全で快適な旅だった。
「本当だ。このまま何事もなく帝都に着けばいいんだけどね」
僕は微笑みながら、こっそりとスキルウィンドウを開いて残高を確認した。
【残高:12,300円】
道中の暇つぶしに出した100均の『トランプ』や『知恵の輪』で200円ほど使ったが、まだまだ弾薬は十分にある。
順調な旅。そう思っていた矢先だった。
「ヒィィィンッ!!」
「おいおい、冗談じゃねえぞ! しっかり捕まってな!」
御者のおじさんの焦った声と共に、ロックバイソンが急ブレーキをかけた。
慣性の法則で前のめりになりそうになったサリーの肩を支え、僕は慌てて窓の外を確認した。
「……タロウさん、あれ!」
数百メートル先の街道。
そこに広がっていたのは、十数台の巨大な幌馬車を連ねた商隊と、それを包囲する緑色の濁流――数十体にも及ぶ『オーク』の群れだった。
「オーク……ゴブリンより二回りも大きくて、腕力は熊以上だってサンガさんが言ってた魔獣だ」
商隊の幌馬車には、黄金色に輝く天秤のマークが描かれている。
間違いない、大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の輸送隊だ。
護衛の傭兵たちが剣や槍を振るって必死に防衛線を張っているが、オークの怪力と分厚い脂肪の前に、徐々に押し込まれている。
商隊の中心で、立派な鎧を着た大柄な男が声を枯らして指揮を執っていた。
「陣形を崩すな! 荷馬車を盾にしろ! 応援の飛竜騎士が来るまで持ち堪えるんだ!!」
男の悲痛な叫びが響く。だが、オークの一体が護衛の盾を強引に弾き飛ばし、商隊の内側へと雪崩れ込もうとしていた。
このままでは突破される。そう直感した瞬間、僕は動いていた。
「サリー、援護魔法の準備! 御者のおじさん、バスをあそこの小高い丘に寄せて止めてくれ!」
「ば、馬鹿野郎! 巻き込まれたらこのバスも岩牛ごとスクラップにされちまうぞ!」
「大丈夫です、僕がここから撃ち落とします。ロックバイソンなら、ちょっとのオークの攻撃は弾けるはずだ!」
僕の気迫に押されたのか、御者は「……チクショウ、死んでも知らねえぞ!」と叫びながら丘へバスを寄せた。
僕は窓を全開にし、サンガさんから譲り受けた愛弓を構えた。
距離は約100メートル。
相手は分厚い筋肉と脂肪に覆われたオーク。普通の矢を胴体に当てても、致命傷にはならない。ならば、狙うべきはただ一つ。
(……『100円ショップ』起動!)
僕は瞬時にスキルを展開し、『100均の単眼鏡(ピント調節機能付き)』と、『スマホ用望遠レンズ』を取り出し、ガムテープで弓のフレームに固定した。
即席の『スナイパースコープ付きの弓』の完成だ。
「……風速、約2メートル。左から右。ロックバイソンの背中の高さが、最高の狙撃台だ」
呼吸を止める。
単眼鏡のレンズ越しに、オークの醜悪な顔が鮮明に映し出された。
護衛の傭兵にトドメを刺そうと、オークが巨大な棍棒を振り上げた、その瞬間。
「シッ!」
ヒュォォォッ!!
放たれた矢は風を切り裂き、オークの『右目』に寸分の狂いもなく深々と突き刺さった。
「グギャアアアアアッ!?」
眼球を貫かれたオークが、激痛に棍棒を取り落としてのたうち回る。
「次!」
流れるような動作で二の矢、三の矢をつがえる。
分厚い脂肪に覆われていない弱点。目、喉、そして巨大な体を支える『膝の裏(関節)』。
僕の放った矢は、次々と最前線のオークたちの急所を的確に射抜いていく。
「グオォォ!?」
「ガッ、ギビィッ!」
突然、見えない位置からの正確無比な狙撃を受け、オークたちの動きがピタリと止まり、パニックに陥った。
その硬直という千載一遇の隙を、商隊の指揮官である男は見逃さなかった。
「今だ! 押し返せええっ!!」
ゴルスと呼ばれたその男の号令と共に、傭兵たちの一斉反撃が始まった。
目に矢を受けて視界を奪われ、膝を射抜かれて機動力を失ったオークたちは、もはやただの的だった。傭兵たちの剣と槍が次々とオークを屠り、形勢は一気に逆転した。
「グ、グギャァァァ……」
数分後、たまらず背を向けた残党が森の奥へと逃げ去り、街道には静寂が戻った。
「……ふぅ。よし、全弾命中だ」
僕は張り詰めていた弦を緩め、大きく息を吐き出した。
サンガさんの地獄の特訓と、100均の『望遠レンズ』のおかげで、僕の狙撃精度は異世界の弓使いの常識を遥かに超え始めていた。
「すごいです、タロウさん! あの距離から、あんなに正確に……!」
サリーが目をキラキラさせて僕の腕を掴む。
窓の下を見ると、ゴルド商隊の指揮官・ゴルスが、血糊を拭いながら丘の上のバス(ロックバイソン)を見上げていた。
彼と、単眼鏡を構えたままの僕の視線がバッチリと交差する。
「お前さん……!」
ゴルスが、大きな声でこちらに呼びかけてきた。
「妙な格好だなぁ! 弓に変な筒がくっついてるが……まぁいい! 助かったぜ、凄腕の兄ちゃん!」
ゴルスが豪快に笑いながら、親指をグッと立てて感謝を示してきた。
護衛の傭兵たちも、こちらに向かって剣を掲げて歓声を上げている。
人助けができた。それは素直に嬉しい。
だが――。
ゴルスが僕の『即席スコープ付きの弓』に向けた、商人のギラリとした鋭い目を、僕は見逃さなかった。
(……マズい)
僕は引きつった笑顔で手を振り返しながら、内心で滝のような冷や汗を流していた。




