第六話 さようなら、そしてこんにちは
「王城の中……!?」
「はい。書庫に行った時、わずかですが胴体があるような感覚を覚えました」
真剣な顔をして告げたまどかに、ガーベラは青くなる。
「探しに行こうとしたのですが、書庫から更に奥には結界が張ってあって、行けないのです」
「ど、どうしよう…。王城の中になんて、どうやって入ったら」
それはつまり、ガーベラが王城に入らないと、まどかは王城の中に入れないということだ。
「仕方ないな」
「なにか手段があるんですか?」
ふう、とため息を吐いたファンケルに、ガーベラは視線を向ける。
「ああ、あまり使いたくはない手段だが、やむを得まい」
その言葉にひとまず安堵する。そう言うなら、方法があるのだ。
「ガーベラ」
不意に扉をノックされ、両親に呼ばれてガーベラはファンケルに断ると部屋を出る。
二人きりになった室内で、ファンケルはまどかに静かに尋ねた。
「それで、大丈夫なのか?」
「なにがですか?」
「胴体とそんな長期間離れたままで。
あんたは明らかに人間の範疇から外れているが、一応人間なんだろう?」
「ひどい言い草ですが、まあそうですね。一応人間です」
まどかはテーブルの上に載ったまま、柔和に微笑んでいる。
「なら」
「確かにこんなに長期間、離れたままなのは初めてですから。
もしかしたら、命の危機があるかもしれませんね」
そう、なんてことはないように口にした。
その翌日だ。
オスマン城の王妃の私室で、柔らかなふわふわの金髪の淑女がガーベラとファンケルを出迎えて微笑んだ。
「いらっしゃい。ファンケルとその婚約者さん」
そう言ったのはこの国の王妃陛下。ガーベラは今更にやっと気づいていた。
(そうだ…! アーバインってどっかで聞いたと思ったら公爵家だ!
そして現王妃陛下の家! つまり、ファンケルさんは王妃陛下の甥御さん…!)
「よかったわぁ。心配していたのよ。
ファンケルと来たら仕事一筋でどんなにお父様たちが縁談を持って来てもけんにほろろ。まるで相手にしないんだもの」
席に座るよう勧められ、ガーベラはやや青くなりながらファンケルの隣に腰を下ろす。テーブルを挟んで座った王妃が、侍女の運んできた紅茶とお茶菓子を前に笑う。
「まあ、それは心惹かれる女性に出会っていなかったからですよ。王妃陛下」
「じゃあつまり、ガーベラさんがその心惹かれる女性なのね?」
その言葉にドキリとしてしまう。
「ええ、そうですね。
どんなときでも他人のために一生懸命で、素敵な女性だと思います」
い、いや本気にするな。これもまどかさんの身体を探すための嘘。本気にするな私。
「嬉しいわぁ。これでやっとファンケルの子どもの顔が見られるのね」
冷静を装おうとしたガーベラだったが、その言葉に思わず噴きだしてしまう。
「叔母上。気が早いですよ」
「あらぁ、遅いくらいよ?」
苦笑したファンケルの言葉に王妃はおっとりと答える。
そこで侍従が室内に入ってきた。
「王妃様。国王陛下から手紙が」
そう言って手に持った手紙を王妃に手渡す。
王妃は座ったまま、侍従が渡したペーパーナイフで手紙の口を切った。
「少し待ってね」
そう言って紙面に目を走らせ始めた王妃の隙を突いて、ガーベラは小声で隣のファンケルに話しかける。
「い、いいんですか?」
「なにがだ?」
「あんな嘘吐いちゃって。私は今更どんな傷が名前についても気にしませんが、ファンケルさんは違うでしょう。
こんな地味な伯爵令嬢が婚約者だなんて」
「どうかな」
自分は今更どんな傷が名前につこうが気にしないが、ファンケルは別だろう。
そう思ったがファンケルは真面目な顔で、
「俺はそうは思わないが。
あんたは王太子の婚約者にすら選ばれた女性だ。相手に不足はないだろう?」
と告げる。
「ファンケル、さん?」
心拍数が上がる。頬を朱に染めたガーベラの肩にファンケルは腕を回すと、耳元で囁いた。
「あんたは、自分の魅力をもうちょっと知ったほうがいい」
その言葉に息を呑む。
「なぁに? 仲睦まじいわねぇ」
「おや、失礼」
王妃の声でハッと我に返ったガーベラに対し、ファンケルは気にした様子なく腕を離す。
「陛下はなんと? 外遊中でしょう?」
「今日には帰城するそうよ。その連絡ね。
私はお出迎えの準備をしなきゃ」
「では我々はこれで失礼を」
「ええ。あまりお話出来なくて寂しいわ。またいらしてね」
素早く立ち上がったファンケルに次いで、ガーベラも立ち上がる。
王妃はおっとりしたまま、そう微笑んだ。
廊下に出て、ファンケルは小声で呟く。
「これで首尾良く見つけていればいいんだがな」
「ウーララ☆」
その矢先、ぽんっと宙にまどかが現れた。
「噂をすればだな。見付かったか?」
「在処はわかったんですが、実は、…結界が張られていて近づけないんです」
「結界? 王城の結界は門のところにしか」
「いいえ、国王の私室のそばに、もう一つあるようなんです。
入るのを阻む結界ではなく、近づいたことを知らせる結界が。
ただ私は結界があるというだけで阻まれてしまうので、私に縁のある誰かがそこに入らないことには…」
まどかの言葉に、ファンケルは参ったように顔に手を当てる。
「なんてこった。国王の私室のそばなんて、俺でも行けないぞ」
冷や汗が伝う。思い出したのは昨日、ダルキアン伯爵家でのまどかの言葉。
アーバイン卿との婚約話ではないかと期待する両親を宥めた時に聞こえてしまったのだ。
『確かにこんなに長期間、離れたままなのは初めてですから。
もしかしたら、命の危機があるかもしれませんね』
「ごめんなさい。ファンケルさん」
「どうした?」
ぼそっと謝ったガーベラにファンケルが目を瞠る。
その顔を見て困ったように笑った。
「私、やっぱりすごい馬鹿みたいです」
そう言うなり、ガーベラは絨毯の敷かれた床を蹴って走り出した。
「おい! っくそ!」
ファンケルの焦った声が聞こえる。
わかってる。こんなことしたら最悪処刑だって。
でも、まどかが死ぬのは嫌だ。
だから、大事な友達のために、精一杯のことをさせて欲しい。
あの日、たったひとり私のために動いて、助けてくれた人のために、なにかを。
「おい、何者だ! 止まれ!」
通路の先にいた衛兵が、走ってくるガーベラを見て声を荒げる。
それを見て、ガーベラは魔法の呪文を唱えた。
いつも、自分を救ってくれた魔法の呪文を。
「しまっちゃ、え!」
瞬間、衛兵たちの背後から出現した手が衛兵を地中へと引きずり込む。
「もう、ガーベラのお馬鹿さん!」
焦燥したまどかの声が聞こえる。
そのまま、結界の張られている中へと倒れ込む。
魔力の才能があまりないガーベラでも、結界の位置はわかった。
よかった。これでまどかは身体の元に行けるはず。そう思った矢先、槍を突きつけられる。騒ぎを聞きつけてやってきた衛兵たちだ。
だがすぐに、伸びてきた腕に抱き寄せられていた。
「待ってくれ。彼女は俺のためにやったんだ」
「これは、アーバイン卿…!?」
ガーベラを抱き寄せていたのは、ファンケルだった。
死の恐怖すら感じていたのに、ファンケルの腕の中にいると途端にそれが消える。
「それは、一体」
「それは、その、…俺との結婚の許可を得るために、陛下の認可が必要だと」
ガーベラを抱いたまま告げたファンケルに、ゆったりと歩いてきた王妃が微笑んで、後ろからついてきた男性に話しかける。
「だということですが、この勇敢なお嬢さんと我が甥御の結婚の許しをいただけますか?
国王陛下」
王妃の隣に佇むのは若き国王だ。彼は苦笑し、
「全く、惚れた男のために命を懸ける女性は嫌いではないが、過ぎると蛮勇になるぞ。
ダルキアンのお嬢さん?」
と窘めた。
「も、申し訳ありません」
「決を下す。
我が名において、ガーベラ・ダルキアンとファンケル・アーバインの結婚を許可するものとする!
これでいいかな?」
最後はお茶目に微笑んだ国王に、ファンケルは安堵の息を吐いて、
「はい。温情、感謝致します。偉大なる陛下」
と答えた。
「全く、心臓が潰れるかと思ったぞ」
王城をあとにした二人は、オスマン城のそばの道で話していた。
「ごめんなさい…」
ファンケルの心配はもっともだと謝ったガーベラに、ファンケルは苦笑し、
「だが、そういう人のためにひたむきになれる君を好きになったんだから仕方ないな」
「…え」
零された言葉に、ガーベラは呼吸を一瞬止めた。
「あの、ファンケル、さん。じゃなくて、アーバイン卿…、それ、どういう」
「名前」
「へ」
「名前がいい。
今までと、同じがいい」
そう告げる、自分を見つめるファンケルの表情はいつになく真剣で、温かい。
速くなっていた心拍数が、逆に落ち着いていく。
「ファンケル、さん…?」
「言うのが遅くなった」
そう口にして、ファンケルはガーベラの目の前に傅くと手を取った。
「あんたが好きだ。ガーベラ嬢。
俺と結婚して欲しい」
その言葉に息が止まる。徐々に頬が熱を持った。
「それ、嘘なんじゃ」
「俺は、一度も嘘だなんて言ってないぞ?」
「…っ」
ああ、どうしよう。泣きそうだ。嬉しくて。
「返事をどうぞ? レディ」
「…っはい」
涙を零して頷いたガーベラに、ファンケルも立ち上がってその目元を指で拭う。
その瞬間だ。
「あー、もういいムード! 人がせっかく心配したのに!」
と頭上に出現したまどかの生首に、ファンケルの目が胡乱になった。
「そっちこそいいムードを台無しにするのやめてくれないか?」
「私を放ってプロポーズなんかしてるあなたが悪いんです」
非難がましいファンケルの言葉にもまどかはなにやらぷんすこしている。
「で、身体は見付かったのか?」
「ええ、まあ」
憮然としたまま頷いたまどかの身体が、その場に出現する。
白いワンピースを身に纏った身体はほっそりとして、雪のような肌だ。
とん、とヒールを履いた足が地面に立った。
「えへへ、こうして会うのは初めてですね。
改めまして、久遠寺まどかです」
そう挨拶して微笑む姿は、文句の付けようのない深窓のご令嬢だった。
「こうして見ると、あんた普通に美人なんだな」
「ですよね。すごい美人です」
「えっへっへ、そうでしょうそうでしょう。
影の薄さを除けば儚げ美人と定評のあるこのまどかさんですから…っ」
二人の純粋な賛辞に自信たっぷりに笑っていたまどかだが、不意にぽろっと頭が胴体から外れて転がったので二人は心臓が止まりそうになる。
「!?」
「まどかさん!?」
「おいどうした!?」
「あ、いえ、しばらく胴体と離れていたせいでくっつきにくくなっているみたいで…」
ひょい、と胴体が転がった頭を拾ってまたくっつける。それにファンケルは脱力して、
「そんな接着剤じゃあるまいし…」
と呟いた。
「まあ、とにかく胴体は見付かったので、私はこれで失礼します」
まどかは優雅にスカートの裾を摘まんで一礼する。
(あ、そうか。これでさよならなんだ…)
「まどかさん!」
勇気を出して名前を呼んで、衝動のままに抱きつく。
「ありがとう! 会えてうれしかった!」
「えへへ、奇特なお嬢さんですね。私に会ってそう言うなんて」
まんざらでもなさそうに微笑んで、ガーベラの背を抱き返すと、まどかは優しく囁いた。
「是非とも幸せになりなさい。君のような優しい子は幸せにならないと嘘です」
そう祈るように言って、ファンケルを見上げる。
「ファンケル、任せましたよ」
「ああ、任された」
「では、名残惜しいですがこの辺で」
まどかはガーベラの身体を離すと、晴れやかな笑顔で、
「さようなら、異世界の友達!」
と手を振ってその場から、幻のように消えたのだった。
そんな感動的な別れを迎えた翌朝、枕元に生首を発見して叫ぶと思った。
「ま、まどか、さん?」
「やあ、昨日ぶりですね」
「ど、どうして、帰ったんじゃ」
声が震える。どうしよう。また会えて嬉しい。嬉しいけど心臓に悪い。
「ええ、帰ったんですけど、やっぱりあなたのことが心配になりまして。
少なくともあなたが無事結婚するまでは、放っておけないなあと」
「つまり…?」
ガーベラの声ににじんだ感情は、期待と不安の両方。
生首は枕元でぺこりと一礼する。
「また当分の間、よろしくお願いします!」
そんなわけで、ガーベラと首なし令嬢の日々は、まだまだ続く、のだった。




