表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/6

第五話 身体の在処

「身体の場所に、心当たりはあるのか?」

 単刀直入にファンケルが尋ねたのは、その三日後の昼間の、ダルキアン家の客間。

 人身売買組織の問題が片付き、その礼としてまどかの胴体の捜索に協力することになったのだ。

「とりあえず、綺麗な場所にあると思うんですよね」

「綺麗な場所」

「私、潔癖症なので。汚い場所にはないかと」

「綺麗な場所な…」

 まどかの返答にファンケルは困ったような声を漏らす。

「それでいて人目につかない場所…」

 ガーベラも腕を組んで悩んだ。

 未だ騒ぎになっていないってことは、そういうことなんだろうし。

「うーん」

「該当箇所が多すぎる気がするな。抽象的すぎる」

「そうですかねえ」

 まどかはテーブルの上でのんびり言っているが、ガーベラは「いや、抽象的すぎるよ」と思った。不意にファンケルが立ち上がる。

「ひとまず、探しに行ってみるか」

「え? どこにですか?」

「地道に探す。憲兵隊は足を使ってなんぼだ」

 ソファの背もたれにかけていた上着を手に言ったファンケルに、まどかがふよりと浮かんで、

「さすがこの世界の警察。格好良いですねえ」

 と賛辞を送った。




 そんなわけで、馬車で街を片っ端から探し回ったが、結果は思わしくない。

 ふとファンケルが「試しに行ってみたいところがある」と口にしたため、馬車で移動中だ。

「そういえば、君はミュンヘル殿下のことはもういいのか?」

 向かいに座ったファンケルの問いかけに、ガーベラは一瞬悩んで、そのまま言うことにした。

「あ、…はい。

 実は、嘘を吐きました」

「え?」

「傷心でって、やつ。

 それは傷つきましたけど、なんか、もういいやってなっちゃったんです。

 そんな人に嫁ぎたくない、って。

 …薄情、ですよね」

 自嘲したガーベラに、ファンケルは笑みを浮かべた。優しい表情だ。

「そんなことはない。

 君がされたことを思えば、そう考えて当然だ」

 そう、彼は当たり前に言ってくれる。

「むしろ良かったよ」

「よかった?」

「君がいつまでもミュンヘル殿下のことを引きずっていたら、腹が立つじゃないか。

 いじめる奴が得をする社会なんて、ろくなもんじゃない」

 そうわずかに声に怒りをにじませて言い、ファンケルはガーベラを真っ直ぐ見つめて柔らかく笑う。

「だから、君はもう悲しまなくていい。

 それを君に許していい」

 可哀想な令嬢だと、新聞には載せられた。慰めの手紙も沢山来た。

 パーティーへの招待状も。

 でもそれは本当に、心からガーベラのことを心配してのものじゃない。

 ガーベラの失恋話を面白おかしく聞きたいという、ただの興味。好奇心。

 でも、悲しんでいないのはおかしいから、悲しまないのはおかしいから、自分は可哀想な令嬢でいなければいけないのだと思っていた。

 なのに、ファンケルだけが言う。そんな風にならなくていいと。

 どうして、この人にはわかってしまうんだろう。

「私、ファンケルさんみたいな人を好きになればよかった」

 そう本心から思ってふわりと顔をほころばせる。

 それにファンケルは息を呑んで、そのままわずかに硬直すると、

「参ったな」

 そう零して、口元を覆う。

「君は、もう少し警戒心を持ったほうがいい」

「え」

「仮にも密室に二人きりなんだ。ほら」

 言うなり、ファンケルは立ち上がってガーベラの顔の横に手を突いて覆い被さる。

「緊張しないか?」

「え、あ」

 至近距離にある整った精悍な顔に、心拍数が上がる。

「ファンケル、さん」

 うわずった声が漏れた。顔が熱い。だが、

「呼ばれて飛び出てジャジャンジャーン!」

 頭上に突如出現して謎の言葉を発した生首に、ガーベラは心臓が止まるかと思ったしファンケルは息を止めた後、そのままがくん、と肩を落とした。

「二人きりじゃありませーん。まどかさんがいまーす」

「そう、だったね」

「忘れてましたね。ひどいですガーベラ」

「ごめんごめん」

 あまり拗ねた様子もなく言うまどかに、ガーベラはひとまず謝る。

「…呼んでない」

 ぼそっと、呟いたファンケルの表情は憮然としている。

「おや、恨めしげな声ですねえ王立憲兵隊隊長殿?

 男の嫉妬は見苦しいですよ」

 宙を泳ぎながらくすくす笑うまどかの髪が揺れる。

「うるさい」

 ファンケルはそれを忌々しそうに見やって吐き捨てた。

 嫉妬? って、なんの嫉妬だろう?

 そうガーベラが首をかしげた矢先、馬車が停まる。

「とにかく、君の身体を探しに行くんだ」

「ここは…」

「オスマン城だ」

 馬車の扉を開けたファンケルの肩越し、見えた王城にガーベラは驚きで倒れそうになった。




 オスマン城書庫。ここは王族の関係者ならば立ち入り可能な区域だ。

 しかし、国王に進言が許されており、王城に立ち入り出来るって、ファンケルはどれだけ高位の貴族なんだ、とガーベラは不安になってきた。

 そんな人を連れ回していいんだろうか。

 そう悩みながら怪しまれないように本を手に取りながら、書庫の中を歩き回る。

 だがやはり、まどかの胴体はない。

 ため息を吐いて、魔術の本に手を伸ばしページを開く。

「なにを読んでいるんだ?」

 不意に影が差して、顔を上げるとファンケルが隣に立っていた。

「まどかさんの体質のこと、どこかの書物に載っていないかなって。

 なにかわかれば、胴体を探す手がかりになるかも」

「君は」

 驚いたように息を呑んで、それから参ったように笑ったファンケルがすっと手を持ち上げる。ガーベラの髪に触れ、慈しむようなまなざしで見つめる。

「本当に、他人のためにどこまでもひたむきになるな」

 その言葉と手つきに、心臓がどくんと音を立てた。

 だが、

「ジュベール王子の暗殺の手はずは整っているな?」

 不意に聞こえてきた話し声に、ガーベラは息を呑んだ。

 ファンケルがすぐに「し」と人差し指を口に当てて息を潜める。

「今のミュンヘル王太子の状態はうってつけですからな。

 頭の回るほかの王太子に代わられては困る。

 なんのためにミスティア男爵令嬢を近づけたと思っているのか」

「それって、まさか最初からミュンヘル殿下を傀儡にするため…っ」

 思わず声を出してしまったガーベラの身体を、ファンケルが抱き寄せて口を塞ぐ。

「馬鹿。声を出すな」

 そう小声で耳元で言われて、我に返った。

 許せなかったのだ。

 たとえ籠絡されたのはミュンヘルだとしても、それが最初から仕組まれていたことならば。

「誰かいるのか?」

 ガーベラの声が聞こえたのか、話し声の主が声を張り上げる。

 棚の奥で、二人は身を寄せ合って息を殺している。

 ファンケルの心臓の音が速い。そういえば、男性に抱き寄せられるなんて初めてだ。

 身体の大きさが、あまりに自分と違いすぎて、落ち着かない。

 ミュンヘルはそんなに自分と差がなかったように思ったのに。

「…気のせいか」

 男が小さく呟いたのを聞いて、ガーベラがほっと安堵の息を吐いた矢先だ。

 頭上に浮かんできた黒い羽根の球体の男の使い魔が、キキーッと声を上げた。

「なるほど。ここか」

 足音が近づいてくる。ややあって姿を見せたのは、恰幅の良い60代ほどの男性だ。

「おやおや、誰かと思えばファンケル・アイバーン殿。

 なぜこんなところに?」

「いやあ、お久しぶりです。

 ジェスター大臣。

 恋人とのデートで来たんですがね、…まさかあんな話を聞いてしまうとは」

 ガーベラを背後に庇って不敵に返したファンケルに、ジェスターはにやりと笑う。

「おや、恋人とは、微笑ましい。

 ですが、その蜜月もここまでですな。

 あなたには、恋人ごと消えて──」

「悪い子は、しまっちゃえ」

「は?」

 ぼそっと呟いたガーベラに、ジェスターが怪訝な顔をする。

「なにが言いたいのかな? お嬢さ──」

「は~い、異世の魑魅魍魎の餌コースでーす」

 瞬間、ジェスターの頭上に出現したまどかが髪を踊らせて笑った。




 ジュベール王子の暗殺を企むジェスター大臣は、異世送りの後、すっかり精神錯乱状態になった後で戻された。

 彼の屋敷から暗殺を企む証拠や毒物が発見されたからだ。

 もちろん捜査したのはファンケル率いる王立憲兵隊である。

 王族の暗殺未遂。極刑は免れないだろうとファンケルが言っていた。

 その報告をしに来たファンケルとガーベラがいるダルキアン伯爵家の応接間で、まどかは宙に浮かびながらこう言った。


「私の身体の在処がわかりました」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ