第三話 身体探し
さて、生首──もといまどかの胴体を探しにガーベラがその日訪れたのは王都にある大きな公園だった。
長期休暇に入り、あちこち探してみたのだが成果は芳しくない。
そのため目撃証言が多く手に入りそうな公園に来てみたのだ。
「まあ、とはいえ……、首のない女の人の胴体なんかの目撃証言、そう手に入るわけないよね」
ガーベラは公園内を歩きながらため息を吐いた。
ちなみにまどかの頭は抱えた鞄の中に入れてある。鞄のファスナーを少し開けると目が合った。やはり少し怖い。
はあ、ともう一度ため息を吐いた時、肩を叩かれて飛び上がりそうなほど驚いた。
「大丈夫ですか?」
「え、あ」
慌てて振り返ったガーベラの視界に映ったのは、黒い制服を纏った体格の良い男性だ。
この制服は、王国の王立憲兵隊のものだ。
王立憲兵隊は、要は国の犯罪を取り締まる王国直下の組織である。
「なにやらふらふらなさっていたので、なにかあったのかと思ったのですが」
「あ、いえ、あの」
憲兵の言葉に否定しかけて、ガーベラはいや待てよ?と思った。
いっそ聞いてしまえばいいんじゃないか?
王立憲兵隊は王国中の犯罪を調べている。事件性のあるものなら知っているかも、と思ってすぐ、考え直した。
だって、尋ねるとしたらこう聞くことになる。
「頭のない女性の胴体を知りませんか?」
(どこの殺人現場だよ!?)
「…い、いえ、なんでもないです」
結果として、ガーベラは視線を逸らし、そう返すしかなかった。
公園のベンチに腰掛け、またため息。
やはりここにはないだろうか。まあ、そもそもそんな事件性のあるもの、あったら即王立憲兵隊が公園を立ち入り禁止にしているだろうしなあ。
膝の上に置いた鞄のファスナーを開けて、中に収まったまどかに尋ねる。
「ねえ、まどかさん。なにかわからない?」
「わからないからこうしてあなたに探してもらっているわけなんですが」
「いや、なんかこう、惹かれ合う──みたいな不思議な力で、どこにあるかとかわからない?」
こんな異常現象、もとい怪奇現象ならば、お互いに引き合うとかそういったことはないだろうか。そう思って聞いてみたのだが、まどかはなにやら残念なものを見る目をして、
「なにを言っているんですか?
人間の肉体が惹かれ合う? そんな磁石じゃあるまいし、そんなことあるわけないじゃないですか。
とかげの尻尾だって切れたらもう繋がらないんですよ?
人間の肉体が惹かれ合うなんて、そんな超常現象あるわけないでしょう」
異常現象がなんか正論を説いてきた。
(怪奇現象に人間の肉体の仕組みを説かれるなんたる理不尽)
世の理不尽をかみしめていたガーベラだったが、不意にまたぽん、と肩を叩かれて飛び上がった。
「よう、ちょっとお嬢さんいいか?」
「ひゃ、ひゃい…っ!?」
驚きながらも鞄のファスナーを素早く閉めたあたり、自分で自分を褒めたい。
髪が挟まったのか、「痛っ」と声が聞こえた気がしたのは気のせいだ。
振り返ると、白い制服を纏ったまた体格の良い男性が立っている。
短い黒髪、碧い瞳、いかにも誠実そうな、精悍な容姿の美男だ。
だがガーベラはそんな男の容姿に見惚れる余裕はなかった。
「な、なんでしょう?」
「いや、……………君があまりに挙動不審だったから声を掛けたんだが、なにかあったのか?」
「きょ、挙動不審…」
男の言葉にガーベラはちょっとショックを受ける。
そんな不審者に見えていたのか自分は。
「失礼。名乗り遅れた。
俺は王立憲兵隊のファンケル。君は?」
「あ、王立憲兵隊の方だったんですね…」
「ああ。制服が異なるからわからなかったか。
この白い制服は国王直下の部隊のものだ」
「ああ、そういえば見たことあるかも…」
王立憲兵隊の白い制服の部隊。確か、国王が直々に動かすことの出来る部隊だ。
それ故、名家の家督を継ぐことのない子息などが多く在籍するらしいと聞いた。
目の前の男性──ファンケルもそうだろうか。
「それで、君は?」
「あ、私はガーベラ・ダルキアンです」
「ダルキアン伯爵家のご令嬢か。そんなご令嬢が供も連れずなにを?」
質問がまた返ってきた。
返答に詰まる。だってどうあがいても猟奇殺人事件現場。
「…しょ、傷心を、癒やしたくて」
「傷心…、ああ、そうか。ダルキアン伯爵令嬢は王太子の婚約者だったな。
国王の意向で婚約は取りやめになったと聞いたが、それは失踪していた王太子が精神錯乱の状態で戻ってきたからと聞いたぞ?
君に非は、ああ、すまない。そもそも婚約が破談になっただけで普通ショックを受けるものだったな。俺はどうもそのあたりの機微に疎くて」
「あ、いえ…」
なんか勝手に納得してくれたのでひとまず安堵する。
ちなみにミュンヘルやヘラたちは無事に帰って来たそうだが、皆一様に精神錯乱の状態でとてもまともに会話が出来る状態ではないらしい。
まあ、魑魅魍魎の世界に数日放置されたわけだからなあ(遠い目)。
「すまない。若い娘が一人でいるのは珍しいから、危険なので声を掛けたんだ。
断じて君になにか疑いをかけているわけではない」
「そうですか…。ありがとうございます」
「最近、このあたりで失踪事件が相次いでいるんだ。
充分気をつけて、日が高いうちに帰るといい」
ファンケルはそう言うと、「じゃあ邪魔したな」と片手を上げて去って行った。
とりあえずやり過ごせたようで安心する。
「でも、失踪事件かあ…。
まどかさん、しまっちゃってないよね?」
「ひどいですね。私は悪い子しかしまいません」
「だよねえ」
それもそうである。まどかは見た目はこんなだが、悪い人ではない。
なら無実の人を隠したりはしないだろう。
「調べてみますか?」
「え?」
「その失踪事件」
まどかはそう言って、鞄の中で微笑んだ。
公園をまどかの指示で真っ直ぐ歩き、どんどん奥へと。
人気がすっかりなくなってしまった。
生い茂った木々で日中なのに薄暗く、不気味な雰囲気だ。
「さあて、やっと自由の身です!」
まどかが鞄の中から飛び出て、ふわりと宙に浮かんだ。
長い髪が風に泳ぐ。
「まどかさんって、元の世界に帰りたい、んだよね?」
ふと思って尋ねてみる。
「ええ、それはもちろん」
「じゃあ、嫌じゃなかった?
そんな体質を持ってしまったこと」
まどかの説明では、まどかの意思で異世に出入りすることも可能だが、まどかの意思に関係なく異世に迷い込んでしまうこともあるという。
元の世界を愛するならば、それは怖いことではないか。
「全然! 私はこの体質に感謝していますよ。
だって楽しいことがたくさんある。
いろんな人々に会えますから」
だがまどかは明るく笑ってそう即答した。
「それに、だからガーベラにも会えました。
ね、素敵な縁でしょう?」
そう言って微笑んだ姿が、頭だけなのにとても美しくて目を見開いた。
そう、まどかはとても美人なのだ。黒い髪に黒い瞳。まるで黒曜石のような。
白い肌の、綺麗な女性。
「まどかさんって、変わった人」
「ガーベラも変わった人ですよ」
「そう?」
「ええ。だって助けられたからって、こんな化け物みたいな女の手助けをするなんて普通の人じゃあり得ませんよ」
まどかはそう言ってこちらに(頭だけだが)向き直る。
「ガーベラは優しい人ですね」
「……そんな、こと」
優しい、のだろうか。ただ放っておけなかっただけで、見捨てられなかっただけで。
でもきっとまどかの言葉には嘘がないから、信じられる。
「…? まどかさん?」
不意に静かになったので顔を上げて、息を呑む。
まどかの姿がない。代わりに、向こうから近づいてくる不審な男たちの姿。
「小娘一人か? 話し声がしたが…」
「なんでもいい。さらっちまえ。競売の時間に間に合わねえ」
「さて、静かにしようねえお嬢ちゃん」
木陰から出て来た男たちに、ガーベラは後ずさる。
もしかしてこれ、人身売買組織?
ファンケルが言っていた失踪事件は、これ?
なら、
「一つ、忠告しておきます」
「は?」
「なに言ってんだお嬢ちゃん」
にやにやと下卑た笑みを浮かべる男たちに向かって真っ直ぐに言い放つ。
「『悪い子はしまっちゃう』そうですよ?
ある、超常現象曰く」
「そういうことでぃーす☆」
ふおん、と男たちの頭上に浮かんだのは黒い髪の生首の女。
男たちが頭上を見上げて息を呑んだ矢先、男たちの足下から出現した無数の手が男たちの身体を捕らえ、一気に地中へと引きずり込んだ。
とぷん、と音がして男たちの姿は地面の中に消える。
「さて、人身売買組織とは悪い人たちですね。
これは異世の魑魅魍魎の餌コースでしょうか?」
「駄目だよまどかさん。さらった人たちの居場所を吐かせないと、助けられない」
「あ、そっか」
ぽん、とまどかが宙に生み出した両手(魑魅魍魎の)でぽん、と手を打つ。
「異世の魑魅魍魎の餌コースはそれからだよ」
さすがにそこまでの罪を犯したものを庇う気は起きない。
だからそう言ったのだが、その瞬間にまどかが「あ」と声を漏らした。
ぽん、と肩を叩かれる。
「へえ、ちょっとどういうことかお兄さんに聞かせてもらえるか?」
ぎぎぎっとブリキの人形のような動きで振り返ったガーベラの視界で、ファンケルがあくどい笑みでそう言った。




