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第二話 しまっちゃうお姉さん

 ガーベラは朝から憂鬱だった。


 見ず知らずの生首に、身体探しをお願いされました。


(えっ、どういう状況?)


 真面目にそう思った。思った。大事なことなので二度言った。

「ほらー、意識を飛ばさない」

「あ、ごめんなさい」

 ベッドの上に座ったまま、目の前でぷんすこしている生首に謝る。

 そう、まだ状況説明の最中でした。

 しかし、人間とは順応する生き物だなあとガーベラは思った。

 血を見るだけでも駄目だった自分が、生首を目の前にして冷静でいられるなんて。

 ていうか、昨日理屈は聞いたけど、と思って手を伸ばすと生首を抱えてひっくり返す。

 首の断面は、まるで人形のようにつるりとしている。

 グロテスクな断面ではないし、血なんて一滴も見えない。

「理屈は聞いても原理が理解出来ないんだよなあ…」

 しみじみと遠い目で呟いてしまったガーベラだった。

「こらこら、人の頭を無遠慮に扱わない」

「あ、ごめんなさい」

 謝って頭をシーツの上に降ろしてから、あ、私さっきと同じ言葉言ったな?と思う。

「そ、それで身体を探して欲しい、って」

「そう、私の胴体。この世界のどこかにあると思うんだけど」

「この世界のどこかって、すごくざっくりしてるんだけど…。

 この国の外だったら私わからないよ…」

 どうもこの生首は異世界から来たらしいが、この世界というのはざっくりしすぎだ。

 まあ異世界、というのはこの生首が言う「異世=神様の世界」とは別物だってことは理解したが。

「大丈夫だと思います。私の頭からあまり離れたところにはいかないはずなので」

「そっか。じゃあ、この国の中にはあるのか…」

 腕を組んで悩んだガーベラだったが、不意に扉をノックされ、慌てて返事をする。

「ガーベラ。話がある。朝食の席でしたいから早くいらっしゃい」

「あ、はい。お父様」

 相手は父親だった。すぐ立ち去っていく足音が聞こえて、ガーベラはほっと息を吐く。

「なんの話だろう」

「まあ十中八九、王太子の話でしょうね。行方不明なわけだし」

「あ、そっか」

 そういえば、婚約破棄の話はまだ広まっていないのか。

 あれ、ミュンヘル王太子はともかく、取り巻きやヘラは。

「取り巻きとあの男爵令嬢もしまっちゃったよ~」

「しまっちゃったか~」

 心を読んだように生首に言われた。そうか。しまっちゃったか。

 じゃあ婚約破棄の話は現状、誰も知らない?

 ミュンヘルが事前にほかの誰かに話していたなら別だけど。

「王太子の行方のことだけど、無難に『知らない』って言っておいたほうがいいと思いますよ?

 そもそもあなたにはその時間、地下室に閉じ込められていたというアリバイがあるわけですし」

「そ、そうだよね」

「その上で、婚約破棄の話はしておいたほうがいいと思います。

 異世をランデブーしてる間にあの馬鹿王太子はかなり漂白されるとは思いますが、それでも王太子があの男爵令嬢に夢中だったのは多くの生徒が知っていることでしょうし、それにあなたも、今更あの王太子に嫁ぎたいですか?」

「絶対いや!」

「でしょう?」

 言われてみてわかった。

 それは、最初こそミュンヘルに相応しい令嬢になろうと努力していた。

 恋すら、していたと思う。あの女に出会うまで、彼は立派な王太子そのものだったから。

 だけどヘラに出会ってしまった。そのあとの彼は、なんの落ち度もないはずの自分を蔑ろにし、あまつさえヘラの吐いた嘘を信じ、自分を加害者扱いして閉じ込めた。

 そんな男の元に、家のためであっても嫁ぎたくない。

 それが自分の正直な気持ちなのだと、今はっきりわかった。

「というわけで、婚約破棄の話は伝えて、傷心の旅にでも出ると嘘を吐けば私の身体を探しに行きやすいでしょう」

「あ、なるほど」

 そっか。その手があったか。

 折しも学園はあと一週間で夏の長期休暇に入る。

 その期間を利用すればいい。

 どこに行くかはまた考えて、ひとまず両親にどう切り出そう。




 結論から言って、両親はそこまで驚かなかった。

 ヘラとの噂は、既に両親にも届いていたらしい。

 両親は「うちの娘がいながら浮気するなんて、こっちから婚約破棄したいくらいだ」と憤ってくれ、いくばか溜飲が下がった。

 長期休暇を利用し、旅に出たいとだけ言えば、ミュンヘルの心変わりがショックなのだろうとは察してくれた。だが、許可は出なかった。

 そんな傷心の娘を一人旅に出すなんて、と反対されてしまったのだ。

 これ、もしや万一のことまで心配されてる?

 いやまあ閉じ込められていた時にその考えはよぎったけども。

 ガーベラは廊下を歩きながら、さて、どうするか、と悩んだ、矢先だった。

「まあ、お姉様ったら余裕の表情。とても傷心の娘には見えませんわ」

「…アマベラ」

 掛けられた嘲笑の言葉に、視線を向けるとガーベラと同じ年頃の少女が立っている。

 ガーベラより華やかな金色の髪を腰まで伸ばした少女は真紅の衣服を身に纏い、意地悪な表情を浮かべている。

 彼女はアマベラ。ガーベラの一つ違いの妹だ。

「もしかして、ミュンヘル殿下の失踪もお姉様の差し金とか?」

「冗談。私にそんな力はないわ」

「ええ、そうでしょうねえ。お姉様は王太子の婚約者だと言うのに魔力も平凡。

 容姿も秀でたところがない有様。

 男爵令嬢ごときに奪われるわけですわ」

 くすくす、と愉快そうに笑うアマベラに胸の柔い部分がじくじくと痛む。

 吹っ切れたわけではない。もう、ミュンヘルへの愛は冷めてしまったけれど、それでも裏切られた悲しみはまだ胸の中にあるのだ。

 アマベラの言葉は的確にその傷口を抉っていった。

 いつからだろう。

 幼い頃から、アマベラは聡い娘だった。

 周囲の空気を読むことが上手く、それ故に自分の姉が大したことがないとすぐ悟ったのだろう。

 彼女はガーベラより容姿と要領が良かった。それだけで自分は姉より優れた人間だと思い、姉を見下すようになったのだ。

「じゃあ、こんなネックレス、要りませんわね」

「ちょ」

 言うなりアマベラはガーベラが首に提げていた小さな石の嵌まったネックレスをわし掴んだ。

 これは学園に入学する前に贈られたプレゼントだ。

 最初はミュンヘルからかと思ったが、ミュンヘルが贈るにしては石が小さすぎる。

 だから家でのバースデーパーティーに呼ばれた誰かからの贈り物だろうと思った。

 貴族の子女子息からのものにしてはあまりに安っぽいプレゼント。けれどその石の不思議な色がガーベラは大好きで、肌身離さず持ち歩くようになったのだ。

 アマベラはガーベラのその様子を見て、それがミュンヘルからのプレゼントだと思ったのだろう。

「やめなさい!」

「いいじゃない。殿下にこっぴどく振られたお姉様にはもう必要ないものでしょう?」

「だからこれは…!」

「きゃあ!」

 このままではネックレスがちぎれてしまう、と制止するために手を持ち上げた矢先だ。

 アマベラがネックレスから手を離すなり自分で自分の顔を叩き、顔を庇うように腕を持ち上げ、悲鳴を上げたのだ。

 その声を聞きつけて両親が駆け寄ってくる。

「どうしたんだ!?」

「お、お姉様が、お姉様が、わたしをぶったの!」

 父の言葉に震える声でアマベラは訴え、涙を瞳に浮かべる。

「なんでそんな」

「わたしが、ミュンヘル殿下からの贈り物を今も持っているお姉様がお労しくて、そのネックレスは見えない場所にしまってしまいましょう、と提案したの。

 そうしたら、わたし、わたしがそのネックレスを盗む気だと思って、お姉様がわたしを…!」

「そんな、またガーベラが」

 父がショックを受けたように零した言葉に、ガーベラは「ああ、またか」と落胆すら覚えた。

 アマベラがこんな嘘を吐くのはなにも初めてではない。何度も、「お姉様にぶたれたの」とそれらしい嘘をでっち上げては両親に訴えた。

 ガーベラの両親は幸いにして善良な人たちだった。娘二人に平等に愛情を注ぐ人たちだった。だがそれがアマベラは気に入らなかったのだ。

 優れた自分こそが一番愛されるべきで、ぱっとしない姉と同程度なんて嫌。

 そう思ったアマベラは、ガーベラが学園に入学した頃からこんな嘘を吐くようになったのだ。

 両親も半信半疑だったようだが、アマベラの嘘があまりに巧みだったこと。演技があまりに上手かったこと。ガーベラがなにもしていないという証拠がなかったことから、最後には「二度とこんなことはするな」とガーベラを叱った。

 信じて欲しかった。愛しているなら信じて欲しかった。

 だが、両親にとっての平等な愛とは二人ともを平等に信じることだったのだ。

「それは本当に愛ですかねえ~?」

 不意に耳を打ったのは、あの怪しい生首の声。

「愛しているなら、嘘を見破って、ちゃんと叱るのも愛でしょう。

 そんなこともわからないお馬鹿さんには部分的異世の旅レッツゴー☆」

 ガーベラにしか聞こえない至近距離での囁きの後、急にアマベラの頭が床に落ちた。

 比喩でなく、鞠のようにぽん、と落ちたのだ。身体を失って。

 鞠のように廊下を転がったアマベラの頭に、両親は腰を抜かした。

 ガーベラは遠い目になって理解した。


(『部分的異世の旅レッツゴー☆』ってこういうこと…!!?)


 つまり、生首はミュンヘルたちのように全身ごと異世にさらったのではなく、アマベラの首から下だけを異世にしまったのだ。

 事実、アマベラの首からは血は一滴も出ていない。

「え、」

「あ、アマベラが!! だ、誰か!」

「アマベラ!」

「え、な、なんで、なにこれ。わたし、いったい、なにが」

 半狂乱になる両親と、首だけになりながらなにが起こったかわからずにいるアマベラ。

 不意に生首が耳元で囁いた。

「まあ、まるで悪魔に取り憑かれたようですねえ。

 嘘を嘘に出来ないなら、真実にしてしまえばいいのです」

 その言葉に一瞬で閃いた。

「ああ、アマベラ!

 だから私が心を鬼にしてきたのに、遅かったのね!」

「え……?」

 しゃがみ込んでアマベラの頭を抱きしめ、叫んだガーベラにアマベラが硬直した。

「ど、どういうことだい? ガーベラ」

「私、見てしまったの。アマベラを見初めた悪魔がアマベラの身体を狙って契約の機会を狙っていたのを。

 この国の神様の教えをご存じでしょう? お父様、お母様」

「あ、ああ。確か、神に乞われし者は永遠の命を捧げられ、悪魔に乞われし者はその身体を奪われ……まさか!?」

 ハッと両親が息を呑む。ガーベラは迫真の表情で頷いた。

 この国の神話の教え、『神に乞われし者は永遠の命を。悪魔に乞われし者は身体を奪われる』。これは悪魔に魅入られれば破滅が待っている、という意味の神を信じろという教えだが、ガーベラはこれを利用することにした。

 悪魔に魅入られれば、身体そのものを奪われる、と。

「たびたび、アマベラは悪魔に身体を乗っ取られておかしなことを言っていたわ。

 だからお願い悪魔よ去って! 妹を返して! と心を鬼にして…なのにこんな…」

「ああ、そうだったのか…。ガーベラ。

 優しいお前のことだ。きっと理由があると思っていたが」

「アマベラが悪魔に魅入られていたなんて…」

 両親はすっかり信じ、涙をにじませている。

 アマベラが「嘘よ! わたしは悪魔に魅入られてなんかいないわ!」と叫ぶがそれを信じる者はいなかった。




「で、アマベラの身体は異世に?」

「ええ。危害は加えないよう魑魅魍魎さんたちには言ってあります」

 自室に戻ってから生首に確認すると、宙にふわんと浮かんで現れた生首が頷いた。

 ちなみにアマベラは修道院に送ろうと両親が言っていた。

 神に祈りを捧げていればいつか身体も帰ってくる、と信じてのことらしい。

 アマベラはガーベラのせいだとかなんとか騒いでいたが、誰も信じていなかった。

「あんな真似が出来るってことは、やっぱりあなたの身体は近くにあるのね」

「おそらくは」

「というか、身体はどこかに行ってるのよね?

 でも今朝、私の口を手で塞がなかった?」

「あれは魑魅魍魎さんの手です」

「うわあ」

 それはなんか嫌だ、と身を引いてしまったガーベラだった。

「でも、あれ、私のため?」

「まあ、嘘で誰かが悪く思われるのは見ていて気持ちの良いものではありませんからねえ」

「まあ、そうね…」

 やっぱりまだ、この生首のことはよくわからない。

 わからないが、悪人ではないのだろう。

「そういえば、私、まだあなたの名前を聞いてない」

 ふと思い出した。そうだ。自分はまだこの恩人の名前も知らない。

 そう言ったガーベラに、彼女は「おやそういえば」という顔をして、

「久遠寺まどかです。まどかと呼んでください」

「まどかさん」

「一応、名家のご令嬢なんですよ。これでも」

「本当にこれでも、がつく状態だね」

 生首の名家のご令嬢とは一体。心底そう思った日だった。


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