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三章「独りじゃないと思いたくて」改稿Ver.2

 雪に沈む戦場で、私はただ一人、生きていた。

 姫様の“居場所”を守る、それだけが最優先事項だった。


 しかし、研究者が押したボタン。

 あれを受けたメインプログラムが、強制停止を実行している。

 姫様が搭載したLyricが停止すれば私は……恐らく、二度と目覚めることはない。


 任務開始から7日間。


 雪の中でも居室のような佇まいの木々。

 その間を高速で走る私は、手にした槍を構える。

 敵兵の弱点をメインプログラムが解析する。


 敵は、歩兵三体の戦車が一つ。

 

 素早く近付き歩兵のメインコアを確実に貫く。

 突き抜けた槍に付着した燃料や潤滑油が垂れる。

 ぐったりと、動かなくなるロボットに構わず。


 残り二体と戦車一つ。

 ただ、敵の排除を考える。


 【解析完了】


 Lyricのおかげで、メインプログラムを自在に制御できる。

 そのメインプログラムが敵の弱点を教えてくれた。


 駆動する関節は滑らかに動く、まだ戦える。


 敵の戦車が砲塔をこちらに向けた瞬間、足元の雪が爆ぜた。

 私はその気流を読んで側面へ滑り込む。

 一瞬の刃。敵のメインコアを貫いた。


 反撃の爆音を響かせる砲弾の嵐。

 弾道軌道をメインプログラムが的確に教えてくれる。

 味方ごと私を攻撃してきた歩兵のロボットたちの連携。

 

 間一髪。防護シールドに阻まれた剣の一撃。

 返す突きに敵のメインコアが貫かれる。


 素早く抜き去り、戦車へと肉薄する。

 軽々と跳躍して敵の射程限界を超えて戦車の燃料タンクを破壊。

 貫いた時に出た火花が、引火し。

 爆発が起きる。


 勝ったのは私だ。

 爆発に吹き飛ばされながらも、拾い上げた勝利。

 自身の損傷具合は軽微。


 まだ戦える。

 

 戦いを少しでも優位に立つために使えるものを探す。

 敵兵たちの残骸の中。

 オイルとは違った液体がカメラに映る。


 敵戦車の残骸の中に、かすかな呼吸音。

 オイルと血が混ざった液体が、白い雪を黒く染めていた。


 「投降を勧告します。あなたたちは負けました、すぐに――」


 言葉を話している途中で、男は静かになっている。

 暫し待っていても反応が帰ってこない。

 死んでしまったのか?


 男に近付き脈拍を測定する。


 とくん……とくん……。


 まだ生きている。

 ……私は、助けるべきなのか?


 “ありがとう”より、“ごめん”


 恐らく、姫様は考えるよりも先に行動して怒られなさい。

 そういった意味なのかもしれませんね。


 レーダーハッキング……成功。


 私は男を抱えて、すぐに来る敵の進行ルート上にわざとらしく置く。

 応急処置もしてある。


 去り際。

 

 「あんた……人間なのか……?」


 少々、私が発している機械音がうるさかったのかもしれないです。

 しかし、男の言葉が、姫様を褒めているように聞こえて嬉しかった。


 「ごめん」

 

 このタイミングで言うのが正しいのだろう。

 姫様が望んだ言葉。

 でも……今の私は、本当に“ごめん”と感じていたのだろうか?


 私は……。


 ハッキングしたレーダーに敵兵が認知圏内に来たことを警告する。

 

 ここで戦う必要はない……今は帰ろう……。


 そう思って元の防衛ラインに戻った。

 レーダーを確認するが敵兵の追跡はない。


 ひと時の平和が訪れた。

 

 誰も来ない。誰も話さない。

 雪が、音もなく私の装甲に降り積もっていた。


 そんな日が来るとは思っていなかった。

 思い返せば、私の傍にはいつも姫様がいた。

 会話しない日がないくらいに語り合った。


 けれど、あの時の姫様がどうにも引っかかってしまう。

 私は……あの感情が何なのか分からない。


 姫様が私のシステム更新をした翌日に泣いていることは知っていた。

 でも、あの時――窓から見えた姫様の涙は。

 それとは別物だと思う。


 分からない。

 話したい。

 姫様。


 いつも新しいことを笑いながら、意地悪な時もあるけど、真剣に教えてくれる。

 何もない白い世界が孤独を自覚させた。


 何か、何かしら触れられる……感じれるものはないかと探す。

 

 あった……木の後ろ。


 小さな花びらが縮こまっている。

 希望の花「スイセン」

 姫様が、一番好きな花だ。


 一輪の花を手に取る。

 花弁を優しく、丁寧に、一つ一つほぐしていった。


 姫様の長い髪を思い出して、ススキを撫でる。

 小さな姿を思い出して、雪人形を作る。

 一番好きな笑顔はどこか不格好なのに、満たされる気がした。


 雪人形に向かって子守唄を歌った。


 音は……儚く散っていく花のように落ちていく。


 Lyricが静かに起動音を鳴らしている。

 この感情を保存される価値があったらしい。

 それはどこか、安堵しているような……泣いているような音に聞こえた。


 歌が終わる。


 ——姫様。


 痕跡になるものを残してはいけないことは分かっていた。

 だけど、この雪人形だけは消したくなかった。

 切なく降り積もる雪が眩しい君になっているのだから。

 

 自分にとっての暖炉の火を受けながら静かに朝を迎える。


 朝日が、積もった雪を溶かしていく。

 身体が熱を帯びていく。

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