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二章「温もりに触れた日」改稿Ver.2

蛇足や冗長な言い回しを削ったリソースをもっと伝えたい部分に注ぎました。

ご感想、ご指摘、批評から酷評までコメントやメッセージをお待ちしております。

よろしくお願いします。

「行かないで……いかないで……」

 

 力なく、抵抗せず、軍人風の男たちに腕を引きずられて少女は車に積まれる。

 車の窓から外を見る。ロボットはもう見えない。

 それでも、雪が降る中にいるかもしれないと軌跡を探していた。


 少女にとって、二度目の別れが――あの日のことを思い出させた。


 私が生まれてからの一年で、身長は研究者の半分ほどになっていた。

 最初はそれが普通だと思っていた。

 女の研究者の言葉も。


 「デザインチャイルド……ロボットと大差ないわね。いや、ロボットよりも手間がかかる……今日のエサよ」


 限定的で飼われていた頃の私。

 無能、あらゆる点で、しかも完璧に。


 出されたエサは茶色でペースト状。

 それを食べると、逆らえない眠気に襲われる。

 手についた茶色が石の床を着色する。


 頬が冷たく、硬いものに沿うように触れている。

 朦朧とする意識の中で、壁の隙間に潜んでいた虫が興味深そうに見ている。

 そんな気がした。


 目が覚めると誰もいない。

 血のついたメスと、電子機器だけが置かれた寂しい部屋。

 天井の角に付けられたスピーカーから、今後の授業についての説明があった。

 

 中央に置かれた一台のパソコン。

 使い方を私は知っている。

 教えてもらってないことも、何故か知っていた。


 違和感を首元に感じた。

 それが、何かも想像がついていた。

 震える手で触る。


 それは、パソコンと同じような何かの差し込み口だった。

 

 私の中で何かが囁く。

 感情は“ノイズ”。愛着は“バグ”。

 血の付いたメスから、落ちた血が白い床を染めるように。

 私も何かに染まっているような。


 自分が消えそうだと、思った。


 ある日、初めて部屋のドアが開いた。

 現れたのは一体のロボット。

 ロボットが持っている二つの椅子に、私とロボットが座るように指示があった。


 スピーカーの次の指示でロボットから伸びたコードが、私の首元と繋がる。

 差し込まれた途端に全身から温度が消えた。

 感覚もない。


 何も、感じない。

 

 ロボットを見る。

 私と同じ、作られた存在。

 友達になれるかな。

 そんな思いでロボットに声をかける。

 

 「……さむい、ね」


 金属の手が、そっと私の手を握った。

 冷たかった。でも……温かかった。


 「ありがとう……」

 

 声に出したとたん、舌が痺れた。

 友達になれた気がした。

 そのときだった。


 空気がズレる。


 一瞬の静寂。

 椅子から倒れるロボット。

 その頭部には、穴が開いていた。


 倒れたロボットがまた、手を差し伸べてくれる。


 ドアが開く音が聞こえた。

 軍人風の男がロボットに近付く。


 構えた銃から打ち出され、ロボット頭部が撃ち抜かれた。

 ロボットから一切の反応が消えて残骸になった。


 あの時の……だらりと力を失った腕が、人よりも人らしく思えて今でも忘れられないーー忘れてはいけないことだった。


 研究者たちの声が交錯する。


 「なぜだ!?なぜ感情が逆流した!? 解析不能だ!ログには何と書いてある!!」

 「……“助けたい”と……自己判断したようです……ありえない……」

 「感情を理解するAIが、感情を持つなど許されない……すぐにスクラップにしろ!!」


 彼らの言葉が、酷く醜く感じた。

 私は聞こえない声を聞くように最後までロボットの亡骸に触れていた。


 ——ごめんね。

 巻き込んで……ごめんね。


 その日、私は一日中泣いた。

 今まで「泣く」ことすら、許されていなかったのに。

 

 この時の深い罪悪感と後悔が、私を強くさせたのは間違いない。

 無能のままであることを嫌った瞬間でもある。


 それからというもの、私は感情というものに向き合い続けた。

 ただの命令や指示だけではなく、「想い」によって動く存在を夢見て。


 あの日のロボットを生き返らせたくて。


 「……人よりも“感情を持ったロボット”がいたら、私はーー」


 誰に向けたのでもない独白。

 そして、長い時間をかけて設計したひとつのシステムが、実を結んだ。


 ——感情記録ユニット:Lyricリリック


 それは、日常の中で交わされた言葉、音、表情から感情を記録し、模倣し、再構築する小さなプログラム。

 切なさ、幸福、怒り、寂しさ——名もない感情を、一つずつ、音符のように記録していく。


 そして、あのロボットを忠実に再現した。

 ハルと名付けたロボットにだけ、それを搭載した。

 自分の手で育てる、世界で一体だけの“心に近づくロボット”。


 「私のことを許してくれる?」


 Lyricを更新するたびに言うセリフ。

 ハルはいつも同じことを言う。


 「もちろんです。あなたについて何か「許す」必要があることを覚えていません」


 その言葉が、私への贖罪。

 言われれる度に……胸が……苦しくて……耐えられなくなる。

 そして、更新した翌日は必ず。

 枕を乾かす。


「……ハル。私のことは、姫様って呼んでね」


「了解しました、姫様」


 少し照れながら、ユキは微笑んだ。

 理由はただ一つ。幼いころから読みふけっていた童話に出てくる、忠実な騎士様のように思えたから。


 “私を連れていって”


 そんな淡い憧れを、名前に込めたかった。


 ——でも。


「ありがとう、より先に“ごめん”を言えるようにしてね」


 私は、よくそう言っていた。


 だって、それは——


 私が“感情”を与えたのは、救いなんかじゃない。

 これは罰だ。——私のせいで壊れた、あの子への。


 十字架を背負うことで、あの子を忘れられない証拠になる。


 誰にも知られぬよう、ユキはLyricの奥底に、ひとつの秘密を組み込んだ。

 それは、抑制システムを無効化する“禁じられたコード”。


 つまり、やろうと思えばハルは命令なんか聞かなくてもずっと、最初から自由に生きられる。


 私を恨んで……その時が来たときに、彼が“自分の意志で動けるように”。

 そして、私の代わりに“ごめん”を言えるように。


 今日もハルを見つめる。

 彼の目が、少しだけ柔らかく揺れた気がした。

 そこに愛があったと感じた。


 「ハル。愛してる」


 「——それは、感情でしょうか?」


 「うん。私の、大事な気持ち」


 ハルの胸部ランプが小さく明滅する。

 Lyricが——私の声に、感情を記録していた。

 ログを見た時の気持ちは今でも忘れらない。


「あと少し……あと少しで、人間になれたのにね……ハル。生きて帰ってきてよ」


 車が目的地に着く。軍人風の男が、私の髪を乱暴に引っ張るその時まで。

 ハルのことを想った私は自分の最後を乗り越えるべく。

 大人の顔に戻った。


 ——たとえ届かなくても、私はまた言いたい。

 あの言葉を、あの子に。

 「……愛してる」って。

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