9、ダニエル殿下
王妃様が私を見て驚いたのは、私が王妃様によく似ていたからだろう。両親にもキャロルにも、似ていない理由が分かった。
母は私とオリビア様を入れ替えてから、王宮に行くことをやめた。王妃様に罪悪感を抱いている……なんてことは、母の性格からして有り得ないから、入れ替えたことを気付かれたくないという理由なのだろう。
「私のことを気遣ってくださるのは嬉しいのですが、このままではいけません。今まで騙していた私が言うのもなんなのですが、ドアの落書きの件もありますし、オリビア様がレイチェル様に何をなさるか心配でなりません……」
「私は、そんなに弱くないわ。もう幼い頃の、泣くことしか出来なかった私じゃない。父と母は、絶対に許さないから安心して? ケリーには、これまで通り私の侍女でいて欲しい」
どうにかケリーを説得して、今まで通り侍女でいてくれることを了承してもらった。
今日は色々あり過ぎて疲れてしまったから、早めに眠ることにした。予想もしなかった真実を聞かされ、本当の母にも会った。頭の中がぐちゃぐちゃで、眠れないかもしれないと思っていたけれど、案外すぐに眠りについていた。思っていたよりずっと、神経が図太いらしい。
「レイチェル様、おはようございます」
「おはよう、ケリー」
清々しい朝に、昨日のことは夢だったのではと思えて来る。けれど、夢なんかじゃない。
十六年も、ケリーは苦しんで来た。入れ替えるように命じた母が、許せない。
「酷い顔……泣いたの?」
まぶたが腫れて、赤くなっている。
「真実をお話しすることが出来て、気が楽になったようです。少し涙腺が、緩くなってしまいました」
ケリーは今、三十六歳。結婚もしないで、ずっと私の側にいてくれた。自分の幸せを全て捨てて、私のことを守って来てくれた。幸せになってもらいたいけれど、今のこの状況では無理だろう。ケリーの幸せの為にも、入れ替え問題を何とかしなくてはならない。
あれから一週間が経ち、オリビア様の停学期間が開けたけれど、不気味な程に大人しくなっていた。エリック様も、あれから何も言ってこない。
クラスメイト達からの悪口や陰口もなくなり、平穏な日々を送っていた。
「何だか不気味ね……」
デイジーも、私と同じことを思っていたようだ。あのオリビア様が、反省したとは思えない。王妃様は、『本人にも謝らせる』と仰っていたけれど、謝って来る素振りは全くない。王妃様はきっと、謝るように言ったのだろうけれど、オリビア様が謝るとは思っていなかったから期待はしていない。
「また誰かが被害者にならないのなら、不気味でもこのままがいいな」
「平和になったことだし、レイチェルに婚約者もいなくなった。つまり、俺とデートしても何も問題はないということだな」
ディアム様は、子供のような無邪気な笑顔を見せながらそう言った。
「デートは、他の方としてください」
「ずっと思っていたが、俺にだけ冷たくないか? こんなにレイチェルを想ってるのに……。まあ、そういうところも魅力だが」
ディアム様は、変わっている。冗談なのか本気なのかも、たまに分からなくなるけれど、きっと彼なりに元気付けようとしてくれているのだろう。
「冷たくはありませんよ。ディアム様には、いつも感謝しています」
それは本心だった。私と普通に接してくれるのは、デイジーとディアム様だけだ。
「感謝は、態度で示すものだ。だから、デートを……」
「嫌です」
デートなんて、そんな気分にはなれない。入れ替え問題の件の解決策が、何も見つかっていないからだ。それにまだ、誰かを好きになるなんて出来そうもない。
「ディアム様、レイチェルは私のものです。手を出したら、その綺麗なお顔が真っ赤に染まることになりますよ。ふふふっ」
デイジーが、また悪い顔になっている。何度見ても、慣れそうにない……
「怖っ……! だが、恋は試練がある程盛り上がるものだ! かかって来なさい」
デイジーに負けじと、挑発するディアム様。二人は案外、気が合いそうだ。
それから一ヶ月が経ち、オリビア様が大人しくしていた理由がやっと分かった。
今日、この国の第一王子であるダニエル殿下が他国から帰国され、学園の寮にお戻りになるそうだ。兄が戻るまで、大人しくしていたのだろう。兄に泣き付くのか、兄に自分を良く見せる為かは分からないけれど、平穏な日々はここまでということだ。
ダニエル殿下は、私の兄ということになる。例え私が妹だと話せなくても、お会い出来るのが不安でもあり楽しみでもある。