35、エリックの手紙
誕生日パーティーの日から、エリック様は学園に登校していない。セイン侯爵はオリビア様との婚約を喜んでいたのに、オリビア様が王女ではなかったと分かった途端、エリック様を責めているそうだ。学園に通わせても、『王女でなくなった途端、オリビア様を捨てた』という噂が流れていて、他の婚約者を見つけるのは困難だとセイン侯爵は判断したのだろう。
しばらくして、エリック様から私宛に手紙が届いていた。
『レイチェル、本当にすまなかった。君に拒絶されて、僕は取り返しのつかないことをしたのだと思い知った。君に出会った頃は、どんなことをしても君を救いたいと思っていた。あの頃は子供で、君を守ると言いながら、僕には何も出来なかった。小さな手がボロボロになって行くのを見るのが辛くて、君に何もしてあげられない自分が情けなくて……自分自身が、ちっぽけな存在なのだと打ちのめされた。学園に入学してから、オリビアが僕を頼ってくれるのが嬉しかったんだ。君は一人で頑張ろうとして、僕を頼ってはくれなかったから。いつしか、オリビアが君と重なるようになって行った。君に出来なかったことを、オリビアにならしてあげられる。病弱なオリビア……それは、僕の承認欲求を満たす為の存在だったのかもしれない。だからオリビアが嘘を言うはずがない、僕を騙したりなんてしないと思い込んでいた。愛する人はたった一人だったのに、僕は君を傷付けてばかりだった。救いたかったのも、必要とされたかったのも、愛されたかったのも、レイチェル……君だけだったのに。
オリビアとキャロルが、〖誰かの役に立ちたい〗と国境近くの修道院に行ったことを聞いた。それを聞いて、僕も純粋に誰かの役に立てたらと考えた。僕が出来ることなんて小さなことだろうけど、国を守る騎士になりたいと思う。これから、騎士学校に入学するつもりだ。
君を守るのは僕ではなくなってしまったけれど、生涯君だけを愛し続けて行く。レイチェル、幸せになるよう心から願っている』
エリック様も、自分の道を見つけたようだ。
こんなことになってしまったけれど、エリック様には感謝している。彼がいなかったら、学園に通うことも出来なかったかもしれない。学園に通うことが出来なかったら、今の私はいないのだから。
「デイジーが婚約!?」
嬉しそうに、婚約の報告をしてくれたデイジー。相手はお兄様……ではなく、パーカー様だった。
「ダニエル殿下は、レイチェルしか見えていないじゃない? それは私も嬉しいけれど、女としては愛されたかったの。パーカーの見た目は昔と変わってしまったけれど、面影は残っている。最近の彼は私しか見ていないみたいだし、仕方ないから婚約してあげることにしたの」
「おめでとう、デイジー! 本当に良かった!」
驚いたけれど、パーカー様はデイジーを本当に愛しているのだと感じる。二人が幸せなら、私も嬉しい。
でも今の話を聞いて、お兄様の方が心配になって来た。婚約者がいてもおかしくないのに、私ばかりに構っていたら誰も婚約なんてしてくれない。
「よし! 俺達も、婚約しよう!」
ディアム様は、毎日この調子だ。
婚約したくないわけではないけれど、私は王女としてこの国の為に何もしていない。このまま、ディアム様の婚約者になってしまってもいいのか悩んでいた。
「隣国との争いが、なくなったら考えます」
隣国との争いが、ずっと気になっていた。けれどこの一言が、ディアム様にやる気を出させてしまったようだ。
「それなら、いい考えがある! 隣国との争いもなくなり、俺とレイチェルが心置きなく婚約が出来る!」
その方法は、あまりにもシンプルなものだった。けれど、上手く行くとは限らない。
「上手く行くでしょうか?」
「隣国との争いが続いているのは、両親のせいでもあるからな。俺も、いつか何とかしたいと思っていた。レイチェルとなら、それが出来るような気がする」
ディアム様のお母様であるロレイン様は、隣国ガルコスの王女様だったそうだ。だがガルコス王は、長年争い続けたこの国の公爵であるディアム様のお父様との結婚に反対した。
ロレイン様は結婚以来国に戻ることもなく、疎遠になっているそうだ。
元々争っていた両国ではあったけれど、ロレイン様が諦めずにガルコス王を説得してくれていたら……と、ディアム様はずっと考えていた。
「私も、ディアム様となら出来るような気がして来ました。ガルコスに、行きましょう!」
こうして私達は、休暇を利用してガルコス王国に行くことになった。