31、どこまでも最低な母親
夫人の性格を考えたら、その可能性も考慮しておくべきだった。娘だけを、幸せにしたいと思う人間ではないからだ。
私は勝手に、オリビア様も私と同じなのだと勘違いしていた。
「何を言っているの……? 私は、あなたなんて知らないわ!」
オリビア様は何も知らない演技を続けているけれど、先程夫人を睨み付けていた顔は、全てを知っていたのだと物語っていた。
いつから……? 夫人は私とオリビア様を入れ替えた後、王宮には近付かなかった。オリビア様との接点なんて、なかったはず……
たった一度だけ、オリビア様に近付く機会があったことを思い出した。それは、学園のダンスパーティーの日だ。
オリビア様をいじめたと私を責めた後、母が何をしていたか知らない。あの時、オリビア様に全てを話したのだろう。
停学が明けた後、大人しくなっていたのは、陛下に叱られたからではなく、真実を聞いたからだったのかもしれない。
「……もしかして、陛下もご存知だったのですか?」
「確信があったわけではない。ただ、その可能性もあると思っていた。これでも、オリビアを育てて来た親だからな。お前は、オリビアも知らないのだと疑わなかった。私達も、そう望んでいたのだが……」
陛下は、オリビア様を信じたかったのだろう。
この家族は、どれほど私達を苦しめたら気が済むのだろうか。
オリビア様には、最初からいい印象を持っていたわけではないから、私は大丈夫だ。けれど、陛下や王妃様や殿下にとっては、知りたくなかったことだろう。
「オリビア様、もう演技は結構です。全てを話してください」
オリビア様が知ったのは最近のことで、今更それを知ったからと、陛下に話せなかったという気持ちは分かる。けれど、先程の夫人を睨み付けた目には、罪悪感なんて微塵も感じられなかった。
「……レイチェル様なら、分かるでしょう? 私は、ただ動揺して……」
私達が入れ替わっていたからと、同じ境遇だったわけではない。私に同意を求めても無意味だ。
「その女は私の母だと名乗り、近付いてきた。私に感謝しろと言ったわ……冗談じゃない! いっそ死んでくれたら良かったのよ! 私は、何も悪くない。エリックも、分かってくれるでしょう?」
私の同意を得られないと分かると、エリック様に縋り付いた。
「君は、どこまでも嘘吐きなのだな。君の口から出る言葉は、どれが真実なのかも分からない。これ以上、僕を巻き込まないでくれ」
オリビア様を見下ろす目は、ものすごく冷たい。
「エリック……? 私を見捨てるの? 私はあなたを、愛しているの! あなたさえいてくれたら、何もいらないわ!」
オリビア様の必死な言葉は、エリック様の心には響かなかった。エリック様はオリビア様の手を振り払い、無言でホールから出て行った。
あなたさえいてくれたら……そう思っていたなら、エリック様にだけは真実を話すべきだった。一途なところは父親似で、狡いところは母親似だったのかもしれない。
エリック様を追いかけようとしたオリビア様は、兵に止められた。
「離してよ! エリック! 待って! 行かないでー!!」
オリビア様はもう、ただの被害者ではなくなった。
それにしても、夫人は本当に意地が悪い。あのままオリビア様は何も知らないと思わせておけば、娘だけは無事で済んだのに……
自分のことしか考えていないから、娘だけが無事なのが許せなかったということか。
「クライド伯爵夫人、なぜオリビア様に話したのですか? オリビア様の婚約を発表する姿を見て、幸せそうなオリビア様が妬ましかったのですか? あなたは、本当に腐っている……」
エリック様の姿が見えなくなり、オリビア様はまたその場に崩れ落ちた。
「レイチェル……あなたは、十七年も私の娘だったじゃない。育ててあげた恩も忘れて、私を責めるなんていいご身分ね? ああ、王女様だったっけ。あははっ! 王女を私は毎日虐げてやった! 泣きそうな顔を見ると、優越感を得られたわ。日に日に王妃に似ていくあなたを虐げるのは、何より快感だった!」
私を見ながら、狂ったように話し出す。
あまりに狂気じみていて、ざわめいていたホール内が静まり返った。
夫人はまだ、私はあの頃のままだと思っている。
「それで? 私があなたを恐れているとでも?」
私はもう、弱くない。あなたが育てた娘は、あなたを地獄に突き落とす存在だ。