26、準備は整った
「死んだことにとは、ずいぶんと思い切ったことを考えたな……」
「私にとってケリーだけが、家族だったのです。彼女を守る為なら、何だっていたします」
陛下は少し考えた後、ゆっくりと口を開く。
「分かった。その者に、新たな身分を用意しよう。そうでもしなければ、我が娘は私を許してはくれなさそうだしな」
気まずそうに微笑みながら、私の願いを聞き入れてくれた。
「陛下、感謝いたします!」
もし受け入れてくれなかったら、泣き落としするつもりだった。『十六年もの間、私が実の娘だとお気付きにならなかったのですか!?』と。もちろん、気付くはずがなかったことは分かっている。学園に入るまで、陛下や王妃様、殿下にもお会いする機会などなかったのだから。オリビア様がわがままだからとか、家族の誰にも似ていないからという理由で、我が子ではないと思うような方達ではないのだから、入れ替えられたなんて夢にも思っていなかっただろう。それでも、ケリーを守る為なら何でもする覚悟だった。陛下に酷いことを言わずにすんで、ホッと胸を撫で下ろす。
「陛下……か。まだ、父とは呼んでくれないのだな」
「陛下、残念ですがそれはまだですね。殿下でさえ、未だに殿下のままです。レイチェルは頑固ですので、諦めてください」
ケリーの件を陛下が受け入れてくれて安心したのか、ことの成り行きを見守っていたディアム様が口を開いた。
「ダニエルもまだなのか!? だが、あやつはずいぶん前からレイチェルの側にいるではないか。私だって、レイチェルの力になりたいとずっと思って来た。少しくらい、この父を頼ってくれてもいいではないか」
頼ってもらえなかったことがずっと寂しかったのか、いじけてしまったようだ。泣き落とし作戦は、本当にしなくて良かったと思った。
陛下の意外な一面を見ることが出来て、愛されているのだと実感することが出来た。
「そのように仰っていただき、感謝いたします。それでは、さっそく頼ってもよろしいでしょうか?」
オリビア様の誕生日パーティーの日に、全てを明らかにする許可を得る。陛下は、今年のオリビア様の誕生日パーティーを中止しようと考えていたけれど、開催していただくよう説得した。
どうしてその日を選んだのかというと、その日が始まりだったからだ。その日この王宮で、私とオリビア様の人生が変わった。それを正すには、ちょうどいい機会のように思えた。そしてこの場所で、母に最大の復讐をする。天国から地獄へと、真っ逆さまに落ちてもらう。
陛下の協力を得ることができ、私達は寮へと戻る。
ダニエル殿下は、捕まえた人達から自供を次々に引き出してくれている。
ケリーの手紙、ガードナーさんの供述、商人が母と交わした契約書、母が殺害依頼したという男達の供述。これだけあれば、母は逃げることなど出来ないだろう。父の関与は、母が証明してくれる。なぜなら、母は父を恨んでいるからだ。母のことだから、自分が罪を犯したのは父のせいだとでも思っているだろう。全て自分がしたことだということを、思い知らせる。
その日の夕方、陛下の使いの方がケリーをこっそりと王宮へ連れて行った。いつまでも寮に隠れてはいられないからと、別の戸籍を用意するまでは王宮でかくまってくれるとのことだ。
侍女がいないと不便だろうからと、ディアム様が新しい侍女を用意してくださっていた。まるでこうなることを分かっていたかのような素早い対応に、ディアム様は意外と頭が切れる方なのではないかと感心させられる。
ここまで、長かった。
たくさんの方達に力を借りて、ようやくここまで来ることが出来た。
オリビア様の誕生日パーティーは、一週間後に行われる。陛下は中止しようと思っていたから、まだ招待状は送っていなかった。けれど、誕生日パーティーは毎年行われていたのだから、今招待状が届いたとしても、たくさんの貴族達が出席してくれるだろう。