21、計画実行
ディアム様は、私の婚約者役を喜んで引き受けてくれた。
商人の話では、母は宝石を見た瞬間から目を輝かせていたそうだ。しかも格安と聞いて、すぐに購入を決めた。ガードナーさんのことは安全だと思っている今、お茶会に出かけて行くだろう。こんなに早く隣国で流行りの宝石を用意出来る有能な商人を、紹介してくれたデイジーに感謝だ。
少し不気味なのは、噂を聞いたというのに、母が私に何もして来ないことだ。学園にいるから手を出せないのだとしても、何も言って来ないのは想定外だった。
お茶会当日、母はこれでもかというくらい着飾ってお茶会に出かけて行ったと、クライド伯爵邸を見張っていた兵から知らせが届いた。
クライド伯爵邸から馬車で三十分程の場所で待機していた私達は、その知らせを聞いてクライド伯爵邸へと向かった。
「どうしてそんなに、嬉しそうなのですか?」
伯爵邸に向かっている馬車の中で、ディアム様はずっと嬉しそうにニヤニヤしている……ではなく、微笑んでいる。
「愛する人のお父上に挨拶に行くのだから、嬉しくないはずがないだろう?」
「これは、演技ですよ? それに、クライド伯爵は本当の父ではありません」
「もちろん、分かっている。だがこれは、本当のお父上に挨拶する前の予行演習のようなものだ」
この前、陛下の前で私のことを愛してると言ってしまったことを忘れたのだろうか。予行演習どころか、本当の父にはすでに想いを告げているように思うけれど……
「ディアム様らしいですね」
「惚れた?」
急に真剣な目で見つめて来るから、ドキッとしてしまう。しかも、顔を覗き込みながらそう言うから、今絶対顔が赤くなっている自信がある。
「惚れません!」
そう言いながら、窓の外に視線を向ける。
ディアム様の言葉は、時々心臓に悪い。たった一言で、心臓がバクバクしてしまう。こんな時、どうしたらいいのか分からなくなる。
散々からかわれながら、ようやくクライド伯爵邸へと到着した。ここからが大事だというのに、ドッと疲れてしまった。
「お父様はどこ?」
邸に入り、使用人に父の居場所を聞く。
「レ、レイチェル様!? お戻りにならならなられたのですね! 旦那様は、しししし執務室におられます!」
思った通り、父は仕事をしているようだ。
噂を聞いたからか、使用人の態度が今までと違う。その噂が真実かも分からないのに、慌て過ぎだ。
「それなら、お父様に伝えてくれる? 婚約したい方を紹介したいので、リビングに来て欲しいと。あぁそれと、その方はディアム・モートン様だとお伝えして」
「は、は、はい!」
使用人は、執務室へと急いで伝えに行った。
「ディアム様、行きましょう。あの……どうされました?」
邸の中に入ってからあんなに嬉しそうだったディアム様が、なぜか不機嫌になっていた。
「……この邸で、レイチェルが酷い目にあわされてきたのかと思うと腹が立つ。幼いレイチェルも、俺が守りたかった」
不機嫌だったかと思うと、今度は泣きそうな顔をする。
確かに、この邸には辛い想い出しかない。けれど、今はすごく幸せだからか、邸にいても何も怖くない。
リビングのソファーに座り、父を待っていると、何人もの使用人がこっそり私達を見に来ていた。こっそり……のつもりなのだろうけれど、人数が多過ぎて気配で丸わかりだ。
「レイチェル、お帰り!」
ディアム様の名前を先に伝えていたからか、満面の笑みを浮かべながら父がリビングへとやって来た。
「お初にお目にかかります、ディアム・モートンと申します。お会い出来て、嬉しいです」
父の姿を見た瞬間ソファーから立ち上がり、丁寧に頭を下げる。先程までの雰囲気とはまるで違っていて、ディアム様のあまりの変わりように驚く。陛下の前でさえ、こんなにきちんとしていなかった。ディアム様が、本気で演技をしてくれているということだろう。
「まさか、モートン公爵のご子息がレイチェルと婚約をしたいとは……こんなに嬉しいことはない! まあ、座りたまえ」
上機嫌な父を見るのは、エリック様との婚約が決まった時以来だった。本当の娘ではなくても、道具として使える物は使うということだろう。
「お父様に喜んでいただけて、とても嬉しいです。お母様にもご紹介したいのですが、どちらにいらっしゃるのでしょう?」
いないのは分かっているけれど、私達がいないと知っていることを、父は知らない。怪しまれないように、さりげなく聞く。
「ああ、サラはお茶会に出かけてしまったんだ」
「そうですか……残念です。ですが、お母様は一度ディアム様にお会いしていますし、婚約のことはお父様からお伝えいただけますか?」
「一度会っているとは?」
父に、ディアム様のことを話さなかったようだ。
「学園のダンスパーティーの日に、お母様はディアム様とお会いしています。それよりお父様、妙な噂が広がっているのをご存知ですか?」
父は今、入れ替えのことを思い浮かべているだろう。
「噂……とは?」
必死に知らないフリをしているけれど、額に汗が滲んでいる。けれど、私が伝えたいのはその噂ではない。
「王宮の主治医をしていた、ガードナーさんという方の噂です」