14、王妃にそっくりな令嬢
「気のせいか、オリビアがずっとレイチェルを見ているようだが……」
気のせいなんかじゃない。ずっと、視線を感じている。
「ものすごく、勝ち誇った顔をしていますね……」
エリック様は私のものと、言いたいのだろうか。正直、エリック様になんの未練もないのだけれど。
「関わらない方がいいな」
ディアム様が私の手を取り、その場を離れようとすると、オリビア様とエリック様がこちらに近付いて来た。
「レイチェル様!」
そして、呼び止められてしまった。このまま立ち去りたい気持ちでいっぱいだけれど、仕方なく笑顔を作って振り返る。
「はい?」
関わりたくなかったけれど、名前を呼ばれてしまったのだから、無視をするわけにもいかない。
たった今オリビア様は婚約を発表し、そのまま私に話しかけて来た。みんなに注目されている状態で、あからさまに王女殿下を無視は出来なかった。
「本当に、ごめんなさいね? エリックはレイチェル様の婚約者だったというのに、今は私の婚約者になりました。恨まないでくださいね? 私、レイチェル様から嫌がらせされたことは、全て忘れようと思います。辛かったけれど、今はエリックが側にいてくれますから」
開いた口が塞がらないとは、このことをいうのだろうか。停学処分まで受けたというのに、まだ私に嫌がらせをされたという神経が分からない。そこまでしても、エリック様を手に入れたかったということなのだろうけれど……
「謝る必要は、ありません。お二人は、とてもお似合いだと思います。では、失礼しますね」
オリビア様のことはさらに嫌いになったけれど、これから起こることを考えたら怒る気にもならない。
私の言葉が意外だったのか、オリビア様はそれ以上何も言って来なかった。エリック様は何か言いたげにこちらをみていたけれど、私達はそのままその場を離れた。
「ずいぶんと、大人な対応だったな」
「私は大人ですよ。知りませんでした?」
オリビア様から離れられたことに安心して、母がすぐ側まで来ていたことに気付かなかった。
「レイチェル」
名前を呼ばれて、身体がこわばる。この感じは、振り返らなくても怒っているのだと分かる。
「お母様……」
振り返ると、母は貼り付けたような笑顔で私を見ていた。
「そちらの方は?」
ディアム様が隣りにいるから、笑顔を作っているようだ。作り物の笑顔を崩さず、視線がディアム様に向けられる。
「こちらはクラスメイトの、ディアム・モートン様です」
「そう、モートン公爵家の方ですか。娘と少し話がしたいのだけれど、お借りしてもよろしいかしら?」
「ですが……っ」
止めようとしたディアム様の袖を、母に見えないように引っ張る。『母親が娘と二人で話したい』と言っているだけなのに、拒絶したら不審に思われる。小さく「大丈夫です」と告げ、母のあとをついて行く。
ディアム様には心配かけてしまうけれど、先程オリビア様を見ていた母の様子からして、私達が入れ替えを知っていることには気付いていない。それでも私に怒っているということは、オリビア様が言っていた、私に嫌がらせされたということに対してだろう。殴られるくらいは、覚悟しなければならない。
会場から出て中庭に出る。
母はキョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないことを確認してから話し始める。
「先程、オリビア様が仰っていたことは本当なの? まさか、一国の王女様に嫌がらせしたなんて、あなた正気なの!?」
その一国の王女と自分の子を入れ替えたあなたに、言われたくなんかない。けれど、今の言葉で気付いていないことが分かった。
「私は、嫌がらせなんてしていません……」
何を言っても、無駄なのは分かっている。
「黙りなさい! いったい何様なの!?」
母は手を振り上げ、私の頬に向かってその手を振り下ろした……
「なっ……!?」
振り下ろした母の手を、頬に当たる寸前でディアム様が掴んでいた。
「何をなさっているのですか?」
怒りを含んだ声に、母を睨みつける眼差し。大丈夫だと言ったのに、心配でついてきてくれたようだ。
「こ、これは躾です! 王女様に嫌がらせするような娘を、叱るのは当然でしょう!?」
「レイチェルは、嫌がらせなどしていない。俺が、保証する。それとも、俺を信じないのか?」
獲物を追い詰めるような鋭い視線に、母はうろたえている。ディアム様の初めて見る表情に、彼が本気で怒っているのだと感じた。
「……わ、分かりました。信じます」
モートン公爵家を敵に回すようなことは、さすがに出来なかったようだ。
母はそのまま会場に戻り、二人きりになった。
「……バカか……」
「え?」
「君は、バカか!? 殿下にも、俺から離れるなと言われただろう!?」
「……申し訳ありません。ですが、母は気付いていませんでした。疑われない為には、母の言う通りにした方がいいとお……」
その瞬間、気付いたらディアム様の腕の中にいた。
「ディアム様……?」
私を抱きしめる腕が、震えている。
「怖かった……君に何かあったらと、すごく怖かった。頼むから、無茶はしないでくれ……」
震えた声が、震えた腕が、私のことをどんなに心配してくれていたのかを教えてくれる。
「ごめんなさい」
腕の中から逃れようと思えば出来たけれど、そうしなかった。彼が落ち着くまでは、もう少しこのままでいよう。
◇ ◆ ◇
レイチェルとクライド伯爵夫人、そしてディアムが会場から出た後、貴族達はレイチェルの噂をしていた。
オリビアがレイチェルに話しかけた時に、貴族達の目に映ったレイチェルの姿が、あまりにも王妃に似ていたからだ。
「あの令嬢は、いったい……」
「あれ程似ているのは、どういうことなのだろうか?」
王妃にそっくりな令嬢、だが今まで見たこともなかった。レイチェルが貴族達の目に触れたのは、これが初めてだったからだ。
オリビアは王妃にも国王にも、似ていない。今までは、それを不思議に思う者はいなかった。『わがままな王女』くらいにしか、思っていなかった。それが、レイチェルの存在で変わり始める。