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1、愛する人が信じたのは……



王立学園に入学してから、半年が経った。

入学する前は、婚約者のエリック様と楽しい学園生活が送れるのだと思っていた。それなのに……


「オリビア、体調はもういいのか? あまり無理はしないで欲しい」

「大丈夫よ。エリックは、心配性ね」

「君を心配したら、悪いのか? いつでも僕を頼ってくれ」


まるで恋人のような会話をしている二人を見ながら、私は今、どんな顔をしているのだろうか……

教室にいるのが辛くなり、屋上に行こうと階段を上る。誰もいないところに行きたかった。

屋上に上がると、周りをキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認してから大きなため息をつく。


「エリック様のバカ……」


彼は、とても優しい。病弱なオリビア様を、放っておけないのだろう。それは、分かっている。

けれど、少しくらい私の気持ちを考えてくれてもいいのに……


オリビア様は、この国フィルエッタ王国の第一王女殿下だ。入学式で目眩を起こして倒れそうになった時に、偶然エリック様がオリビア様を支えた。その時から、二人でいることが多くなっていった。

エリック様に私という婚約者がいることは、学園の誰もが知っていることだ。けれど、オリビア様は私の存在を無視して、いつも彼の側にいる。


「本当にバカだよな。こんなに可愛らしい婚約者に、そんな顔をさせるなんて」


誰もいないはずなのに、声が聞こえて来て心臓の鼓動が跳ね上がる。

もう一度辺りを見渡してみると、ベンチの背もたれの隙間から、誰かが横になっているように見えた。誰も座ってはいなかったから、見落としていた。


「……いつから、そこにいたのですか?」


顔を見なくても、軽い言い方からクラスメイトのディアム様だと分かる。


「ずっといたよ。なんなら、君が屋上に上ってくる足音も聞こえた」


「分かっていたなら、声をかけてください」


「まさかひとりごとを言い出すなんて思わなかったから、空気を読んで話しかけなかったんだ」


上半身を起こし、背もたれに腕を乗せて頬杖をつきながらこちらを見る。

空気を読んだなら、そのまま知らないフリをして欲しかった。


「聞かなかったことにしてください。では、失礼します」


こんなところで一人で愚痴を言っていたのが恥ずかしくて、一刻も早く立ち去りたかった私は、逃げるようにその場を去った。

焦る私を見てディアム様のくすくすという笑い声が、ドアを閉めるまで聞こえていた。


教室に戻ると、エリック様が私を見つけて微笑んだ。彼の中に、まだ私が居るのだと嬉しくなり、私も微笑み返す。久しぶりに、彼の目に私が映った……


「エリック、少し熱っぽいの……」


彼の目に私が映ったのは、ほんの一瞬だった。

すぐにオリビア様へと視線が移り、もたれかかる彼女の身体を支える。オリビア様は体調が悪いのだから仕方がない……そう自分に言い聞かせるけれど、胸の中がモヤモヤする。そんな自分にも、モヤモヤする。


「医務室に行こう」


オリビア様をイスに座らせて、心配そうに顔を覗き込む。


「隣りに座って、肩を貸して。少しこうしていれば、平気よ」


エリック様を隣りに座らせ、彼の肩に寄りかかるオリビア様。

どうして彼は、オリビア様の言うことを素直に聞くのだろうか。 熱があるなら、医務室で眠った方がいいに決まっている。なんて、思ってしまうのは、私の心が醜いからなのだろうか……

嫉妬なんてしたくないのに、どうしても嫉妬してしまう。こんな自分が、嫌いだ。


私の名は、レイチェル。クライド伯爵家の長女に生まれた。エリック・セイン様とは、五年前に婚約をした。彼とは幼馴染みで、幼い頃から辛いことがあった時はいつも慰めてくれて、いつも側にいてくれた。エリック様から婚約をして欲しいと言われた時、幸せな気持ちでいっぱいだった。だから、学園に入学したらいつも一緒にいられて、更に幸せな日々を送れるのだと思っていた。まさか、こんな学園生活になるとは思いもしなかった。


父も母も、私を全く見ようとはしない。愛されていないのだと気付いたのは、五歳の時だった。五歳の時、一つ年下の妹と私は流行病で死にかけたのだけれど、両親は一度も私の様子を見には来なかった。両親はずっと、妹のキャロルに付きっきりだった。私の看病をしてくれたのは、侍女のケリーただ一人。病が治った後、「お前がキャロルに移した! お前のせいでキャロルが死にかけた!」と父に殴られた。その日からずっと私は、両親にもキャロルにも虐げられて来た。

私にとってエリック様は、婚約者というだけの存在じゃない。家族からも愛されない私を、愛してくれるたった一人の人だ。


「あれはないと思います……」


隣りの席の女子生徒、デイジー様が呆れたようにそう言った。彼女と話すのは初めてではないけれど、私に話しかけて来たのは少し意外だった。

いじめられているというわけではないけれど、『エリック様の婚約者』の私は、みんなから避けられている。誰が見ても、オリビア様がエリック様を慕っているように見えるからだ。私と仲良くしたら、オリビア様に嫌われるとでも思っているのだろう。


「ありがとうございます」


なぜか、お礼を言っていた。

私の気持ちを代弁してくれたみたいに思えて、なんだか嬉しかった。


「レイチェル様って、面白いですね。ふふっ」


ほんの少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑い出した。何が面白いのかは分からなかったけれど、少しだけ仲良くなれた気がした。私って、単純だ。


一日の授業が終わり、一人で寮に帰る。 寮は学園の敷地内にあり、歩いて十分程だ。

今日も、エリック様とお話しすることが出来なかった。毎日近くにいるのに、彼がものすごく遠く感じる。


「レイチェル!」


考え事をしながら寮までの道を歩いていると、名前を呼ばれて足を止める。久しぶりに聞いた、愛しい人が私の名を呼ぶ声だ。


「エリック様……」


彼の顔を見て、嬉しさが込み上げてくる。


「今帰りか? 送るよ」


エリック様は、女子寮の方から来た。オリビア様を寮に送った帰りなのだろう。彼は毎日、オリビア様の送り迎えをしている。


「ありがとうございます」


ほんのわずかでも、彼と過ごせる時間が嬉しかった。


「一緒に過ごす時間が、あまり取れなくてすまない。君に悲しい思いをさせたくはないが、オリビアが心配なんだ。分かってくれ」


女子寮までの短い道のりを一緒に歩きながら、彼の口から聞きたくない名前が出る。一緒に過ごせる貴重な時間でさえ、彼女のことばかり。

そんなふうに言われたら、文句を言うことも出来ない。『私は心配じゃないの?』なんて言ったら、自分が酷い女に思えてしまう。

自分を良く見せたいとか、そんな理由じゃない。オリビア様は身体が弱いのだから、そんな方に優しく出来ないような人間にはなりたくないからだ。


「分かっています。エリック様がお優しいのは、誰より知っていますから」


結局、オリビア様の話をしただけで寮に到着してしまった。


「もう着いてしまったな」


本当に、あっという間に寮に着いてしまった。また彼の口からオリビア様の名が出るような気がして、何か言いたいのに何も言葉が出て来ない。

それでも、今度はいつエリック様と話せるか分からないのだから、気持ちを伝えなければ……そう多い、口を開く……


「エリック様……」

「エリック!!」


私の声に被せるように、オリビア様の声が重なった。


「オリビア? どうしたのだ?」


エリック様も驚いている。少し前に送り届けたのだから、今頃は部屋にいるはずだと思ったのだろう。


「レイチェル様と、ご一緒だったのね……」


なぜか悲しそうに目を伏せ、意味深にそう言う。


「ああ、帰り道で会ったから送って来たんだ」


「……告げ口をするようで嫌だったのだけれど、私……レイチェル様にずっといじめを受けて来たの」


オリビア様は瞳に涙を浮かべながら、とんでもない大嘘をついた。


「何を言っているんだ!? レイチェルが、そんなことをするはずが……」


「私を、信じないの? レイチェル様に、体調が悪いなんて嘘だと言われたわ! エリックは私のことなんて、本当は心配していないとも言われた。それに、私の部屋のドアに『醜い』とか『泥棒』とか書かれていたことも……私、悲しくて……」


いったい、どういうことなのか頭がついて行かない。オリビア様とは、今までほとんど話したことがない。それなのに、いじめたとはどういうこと?

でもエリック様はきっと、こんなの信じない。そう思って彼の顔を見ると……


「レイチェル……君は、なんてことを……」


彼は私を、蔑むような目で見ていた。



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