表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/64

第八章


 洗濯場に行き、洗濯物を預けてアイリス姫の私室へと戻ってきたルナは、扉の前で慌てた様子のマリアに迎えられた。


「大変よルナ! アイリス様が!」


「どうしたの?」


 実はイルムヒルデ夫人との邂逅で精神的に疲労していたルナだが、何事もないようにマリアに尋ねる。


「当然王妃様がやって来て……」


 ルナはちらりとアイリス姫の私室の扉を見る。


 何か声が漏れる。


 どうやらサルーンから、無理矢理部屋に連れ戻されたらしい。


「アイリス様、酷く怒ってらっしゃったわ」 


 と、激しい怒鳴り声と大きな音がアイリス姫の私室から漏れ出す。


 呼吸を止めるマリアに構わず、ルナは「失礼致します」と、部屋の扉を開く。 



 酷い光景だった。



 アイリス姫が自室の本やらを、先程であった痩せた女性に投げつけている。


 アレッタやベラは部屋の隅で怯え身を寄せ合い、イルムヒルデ夫人は冷ややかな目で、暴れる娘へ視線を向けていた。


「うるさいっ! あなたなんかの言うことは聞かないわ!」


 アイリス姫は激しく怒っていて、顔を赤くしヒステリックに女性へ怒鳴る。


「いい加減にしなさい、アイリス!」


 イルムヒルデ夫人は一喝し、アイリス姫の動きを止めた。


「無茶な勉強時間を設けられるのは、今まであなたが遊んでいたからよ」


 そして痩せた鷲鼻の女性を示し、


「ブッフバルト夫人はわたくしが幼い頃に、わたくしの侍女をしていた方よ。今後は彼女にあなたの教育を任せます。身分に関係なく、ブッフバルト夫人に従いなさい」


「でもお母様! 私フィレント語なんて出来ないわ! 今はプロシア語を学んでいるの!」


 それは確かだ。


 アイリス姫は歌の一件以来、プロシア語を熱心に習い始めている。


「聞きなさい、アイリス」


 イルムヒルデ夫人の口調は、金属のように冷ややかだ。


「あなたももうすぐどこかの王族に嫁ぐ身なのよ。あなたはわたくしの生まれたプロシアへ、と考えていたけど、オルタルナの王族にあなたにちょうど良い方がいるの。オルタルナ人に嫁ぐなら、フィレント語は必要なのよ」 



「え」とアイリス姫の動きが止まる。



 ルナは彼女の瞳が揺れているのが分かった。


 アイリス姫は怯えている。


 恋も出来ない自分の運命に、だ。


「ブッフバルト夫人はわたくしの語学の先生でもあったの。だから全てを任せれば大丈夫だわ。良い、ブッフバルト夫人の言うことは絶対、それは王族のあなたでもよ」 


「でも……お母様」


 だがイルムヒルデ夫人は、これ以上の娘との会話は無駄と判断したようだ。


「お母様!」と呼ぶアイリス姫を無視し、彼女に背を向け、部屋から出て行った。


 さっとルナは道から退いて頭を垂れるが、彼女の前を通る際、イルムヒルデ夫人の瞳がちらりと動き、あの視線で確認しくる。


 今のルナにはどうでも良かった。  


「良いですかアイリス様」 


 ブッフバルト夫人は一つ咳払いをすると、アイリス姫に言い含めるように口を開く。


「王妃様はいつでもアイリス様のことをお考えです。今度のことでも、アイリス様なら大丈夫と判断なされたのです。どうかその信頼にお答え下さい」


 見え見えの懐柔策だ。


 案の定、アイリス姫は一ミリの感銘も受けなかったようだ。


「さあ」とブッフバルト夫人の手がアイリス姫の方に近づくと、ぴしゃりとそれを彼女は弾く。


「触らないで! あなたなんかには従わない」


 一瞬、ブッフバルト夫人のこめかみに浮く血管が、蠢いた。


「……結構です。ならば私なりのやり方をするまでです」


 ブッフバルト夫人は大きく頷き、床に散らばる本やらを指さす。


「アイリス様、これらを拾って下さい……拾いなさい」


 口調が厳粛で神経質な女教師のものとなった。


「いやよっ!」


 アイリス姫はまだ机の上にある本を、ブッフバルト夫人に投げつけた。


 ブッフバルト夫人に対し、完全拒否の立場を貫いている。


「わかりました。では使わせて頂きます」


 ブッフバルト夫人は無表情になると、コンパスのように半回転し、部屋から出て行く。


「う、ううう」


 アイリス姫は机に突っ伏し泣き出し、マリアを含む侍女達は、呆然と突っ立つことしか出来ずにいる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ