第五十二章
グロッソはフィリッポが瞼を閉じると、安堵した。
万事偉そうなフィリッポを、実は彼は嫌っている。
しかし、戦家業で疲れ切った彼には、フィリッポの護衛の仕事は楽で良かった。
何にしろ、女を抱きたければ、フィリッポのマッチ工事用で働く少女を狙えば良いのだ。
グロッソの頬が醜く歪む。
彼女たちは勿論酷く抵抗するが、それも余興の一つとして楽しんでいる。
収入を得るにはマッチ工場で働かねばならないし、そもそも力の差があり過ぎる。
その後に、少女達の涙が流れ、時には思い詰めて自害する娘もいるが、彼にはどうでも良い。
フィリッポの家業のキモである、人材の信用について、担っているのは彼だ。
ちらりと目を落とすと、彼の腰に下げているロングソードが存在を主張してくる。
人の屋敷で簡単に窃盗をしてしまう連中を、この剣をちらつかせて従わせている。
それでもバカをしでかすものを、皆の前でなぶり殺したこともある。
暴力の制裁。
それがあるから、フィリッポの集めた貧しいものたちは、黙って素直に従う。
数日前も、仕事で訪れた家の煙突を掃除するついでに、銀の食器に手を出したガキどもを、彼は斬り殺した。
死体は敢えて晒すように、道端に放ってある。
知るものが見れば、背にむちを喰らったような衝撃を受けるだろう。
だがそれで、規律は保たれている。
ではそれで、良し、なのだ。
信用され、仕事があり、金が稼げるなら、何人かの人死には許容すべきだ。
フィリッポにえげつなくピンハネされているが、無収入よりはマシだ。
そう、マシなのだ。
グロッソは明るい馬車ランプをじっと見つめた。
彼とフィリッポはオルタルナの田舎出身。同郷の出だ。
だからフィリッポは彼に声を掛けたのだろうし、グロッソは乗った。
今の仕事も金にも満足している。
では、グロッソはフィリッポを守らなければならない。
気に喰わない奴だ、としても。
そうすることで彼は日の当たる道で平穏に、豊かに暮らせるだろう。
馬車が止まり、御者が扉を開く。
グロッソは、
「大将、つきましたぜ」
とフィリッポに告げ、片手にランタンを持ち馬車から降りた。
目の前に闇が広がったが、グロッソにとっての暗黒はこれではない。
「……そうか」
眠い目を擦りながらフィリッポが下車し、馬車が走り出す。
後は彼を妻子が待つ屋敷まで、足元を照らして守れば、今日の仕事は終わりだ。
その傍らのフィリッポが大きなあくびをした。
その時、彼の首に何かがくるくると巻き付いた。
「ぐっ!」
フィリッポが踏みつぶされたカエルのような声を上げた。
「大将!」
グロッソが素早く近づきランタンで確認するが、フィリッポの太い首に、何か細い糸のようなものが何重にも絡まっている、としか分からない。
「誰だ?」
慌てて辺りを見回すと、少し離れた位置に人影があった。
糸はそこから伸びている。
「てめえ! 何のつもりだっ!」
グロッソは愛用のロングソードを抜いて、その人物に斬りかかった。




